第20話 ごめんね浅井

 ライバルは多い。

 でも、浅井は変わらず私の彼氏でいてくれる。

 だからと言って、現状にあぐらをかいているわけにはいかない。

 明日からは全力で浅井の彼女アピールをする。


 ……そう意気込んでいたのは、いいけれど。


「…………」


 ——彼女アピールって、どうやってするの? 何するの?


 分からない……今まで異性と付き合ったことなんてないし、アピールする事なんて考えたこともない。


 ……普通の恋人同士としての振る舞いの最適解すら分からない。


 ……どうしよう。


 今日のお礼を兼ねて、唯一事情を知る優花ゆうかに相談することにした。


『えっ……アピール? なんで今更』


 柿本のこととか、音村さんのこととか、軽く説明すると。


『いやいやいや、アピールするより先にすることあるでしょ? 早く付き合いなよ』

「ちょっと色々あって……なかなか、言い出せなくて」

『乙女かっ!』

「乙女だよっ!」

『あ、そっか……そうだったね』


 友よ……それはどういう意味かね。


『……好きだって分かっててさ、浅井もあんたのこと多分好きじゃん……なんで言わないの? 好きです付き合ってくださいって言ったら全部解決するじゃん?』


 浅井が……私のことを好き。


『私からしたらさ……お前ら早く付き合えよってしか思えないんだけど』

「そっ……そうなの?」

『そうなのっ!』


 浅井にもそれを匂わすようなことを言われたことはある。


 でも……だからこそ、良好な関係だからこそ、余計に勇気がでない。


『ねえいつき、私もひとつ言わせてもらうけどさ』

「……うん」

『……あの時、アキラ様に助けられたのは、樹だけじゃないんだよ? あの時アキラ様に心を奪われたのは、あんただけじゃないのよ?

 樹がそんなんだと……私も我慢しないからね』

「……え」


 ……優花ゆうかも浅井を好きってこと。


『私はあんたと違って、とっくに諦めてたし、浅井がアキラ様って知った途端に態度を変えるのも違うと思ってるから、樹を応援しようと思ってた……でも、いつまでもそんなんじゃ、私も参戦するからねっ!』


 ……優花。

 そっか……優花もだったんだ。


「分かった……私頑張る」

『うん、頑張れ!』

「ありがとうね、優花」

『ちゃんと付き合えたら、いっぱいお礼してもらう』

「……うん、分かった」


 ……優花には背中を押してもらってばっかりだ。


『それはそうとさ……やっぱり少し周りに対するアピールは必要かもね』


 あれ……さっき、なんで今更って言わなかったっけ?


『樹と浅井さ……寺沢てらさわが言いふらしたから、付き合ってるって一気に広まったけど……最近は結構それ、疑われてるんよね』


 え……初耳なんだけど。


「なんでっ!」

『一番は、浅井の呼び方かな。ずっと今村さんだったでしょ? だから委員長も言い寄ってきたんじゃないかな』


 ……全然知らなかった。

 そんな裏事情があったのね。


『まあ、今日のあれで、少し風向き変わるかもしれないけど、いつきもずっと浅井呼びだったでしょ。一緒にいるっちゃいるけど、いちゃついてるところも見たことないし』

「そりゃぁ……私たちはいちゃつくような仲じゃないし」

『分かってる、でもあの動画が出回ってから、浅井、人気あるしね』


 ……確かに……髪がうざいだけで、今のままでも良く見ると素材がいいのは分かるし。


『このままじゃライバル増えるよ!』


 ま……まじか。


「あ……アピールって……どうすればいいのかな」


 話が振出しに戻った。


『やっぱ……ボディータッチじゃない』

「……ボディータッチ?」

『音村って子がやってるじゃん』


 げっ……あんなにベタベタするのか。


「私……あんなにあざとくできないけど」

『別にあざとさはいらないからっ! 樹らしく私の彼氏アピールすればいいんじゃないかな』


 ……私らしくか。


「ありがとう、優花、やってみる!」

『うん、頑張ってね』


 そんなわけで——早速、翌日から浅井に積極的にボディータッチを心掛けた。


 朝の挨拶では「おはようっ! あきら!」声を掛けるだけでなく、バシッと背中を叩いてさり気なくボディータッチ。


「おはよう、いつき……なんか、今日は機嫌良さそうだね」

「そうなのよっ!」


 会話の隙間にはしっかりと肩をバシバシと叩き、さり気なくボディータッチ。


 浅井がボケると「何でやねんっ!」としっかり突っ込みながらボディータッチ。


 背後から声を掛ける時は。


「晃、何してるの?」


 全力で抱きしめて、ボディータッチ、ていうか、むしろ愛の抱擁。


 ——完璧だ。


 完璧な彼女としてのアピールだ。

 その甲斐あってか、誰もに近づいてこなくなった。


 そして昼休み、珍しく浅井が優花を誘い教室を出て行った。


 ……何だろう。

 

 気になったので、2人には悪いと思ったけど後をつけた。


「ねえ、小森さん……俺、なんか樹の気に触る事したかな? そんな話、聞いてない?」

「えっ……な、なんで」

「今日、やたら叩かれるんだ……もの凄い力で、怖い顔して」


 こ……怖い顔。


「ああっ、それね……」

「さっきなんかさ、背後からいきなりスリーパーホールドかけられたんだよっ! 一瞬落ちるかと思っちゃった」

「う……うん、多分機嫌は悪くないんだけど……」

「なんか知ってるの?」

「多分……気合入って、緊張してるんだと思う」

「えっ、なにそれ?」


「…………」


 人間、慣れないことはするもんじゃない。

 優花は要点をはぐらかし、浅井に事情を説明してくれた。


 どうやら私は、緊張で顔が強張り、気合の入り過ぎで、力加減ができていなかったようだ。


 皆んな私の機嫌が悪いと思って、恐れをなして近づいてこなかったみたいだ。

 

 まあ、つゆ払いはできたし、内容はともかく……結果オーライ!?


 でも……ごめんね浅井。


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