第21話 大人だね!

 今日の私はいつもより、身支度に気合が入っている。


 それは……今日、私が浅井の家に初めて行く、記念すべき日だからだ。


 実は我が家に浅井が泊まった日に、部活のない日は、家に夕飯を作りに行くと約束をしていたのだ。


 校外学習のオリエンテーションで部活をサボらせた関係で、予定が先送りになっていたけど、遂にその日が訪れたのだ。


 ——そしてもう一つ先送りにしていたこと……私の想いを伝えること。


 ……あわよくば、今日この日に、私は浅井に告白しようと思っている。


 思うところはたくさんある。


 未だに私は、浅井に気持ちを伝えるのは、身勝手な事だと思っている。

 だから……覚悟を決めてからも、気持ちは揺れまくった。


 だけど……今日を逃すと、もうこの気持ちを伝える機会が、なくなってしまうような気がした。


 そして、有耶無耶のうちに、時間が私たちの関係を、なかったことにするように、感じていた。


 一応、何があってもいいように……下着も気合を入れた。

 あの浅井がいきなり手を出してくるとは思わないけど、私も女の子。

 念には念をだ。


「うわっ! なによいつき……今日のメイク、ちょっと気合入れすぎじゃない……」


 洗面所に入ってくるなり私の変貌ぶりに驚くお姉ちゃん。


「そ……そうかな」

「そうよ、もうちょっとナチュラルにした方が、樹っぽくて可愛いよ」


 確かに……お姉ちゃんの言うように、やりすぎた感はあるけど。


「私が、やってあげるよ。ちょっと大人しくしてて」


 ものの5分で気合が空回りした私のメイクを、お姉ちゃんが手直ししてくれた。


「うん! ばっちりよ!」


 そして……鏡に映った自分の顔を見て、正直驚いた。

 自分で言うのもなんだけど……いつもより、全然可愛く見える。

 さっき自分でやったメイクとは雲泥の差だ。


「ありがとう、お姉ちゃん……凄くいいっ!」

「いいわよお礼なんて、それよりアキラ様によろしくね!」

「え……」

「『え……』じゃないわよ。そんだけ気合入ってるってことは、アキラ様と何かあるんでしょ?」

「いや……何かあるかは分からないけど……」

「とりあえず、パパは誤魔化しといてあげるから、心配しないで」


 まあ……これだけあからさまだと分かるか。


「ありがとう、お姉ちゃん!」

「その代わり、これにサインもらってきて」


 お姉ちゃん愛用のスマホケースを手渡された。

 チャッカリしている。


「ところで樹……」


 お姉ちゃんは、おもむろに私のスカートをめくった。


「…………」

「大人だね!」


 とだけ言って、グッドサインを残してお姉ちゃんは先に家を出た。


 ……とりあえず、下着もお姉ちゃんのお墨付きをいただけた。



 *



 とにかく今日は落ち着かなかった。

 学校でこんなにもソワソワしたのは入学式の日以来じゃないだろうか。


 浅井とも殆ど話さなかった。

 その浅井も、心なしか落ち着きがなかった。


 もしかして、浅井も今日、私が家に行くことを意識しているのだろうか。



 あっという間に放課後——


「ねえあきら、冷蔵庫の中見てきてくれた?」

「うん、見てきた……予想通り空っぽだったよ」

「そう……じゃあ予定通りスーパー寄って行こうか」

「……うん」


 どことなしに、ぎこちない会話だった。


「どうしたの晃……もしかして照れてる?」

「……若干」

「可愛いな晃は」


 そのセリフはブーメランだった。きっと私の方が照れている。その証拠に私は照れ隠しで、浅井の頬を無意識にツンツンしていた。


「何か食べたい物ある?」

「肉?」

「草食系なのに肉が好きなの?」

「うん……脂身は苦手だけど、赤身の肉が好きなんだ」


 少し意外だった。でも……肉って焼くだけじゃん。いや、実際には違うんだろうけど、私にはそんなスキルはないし、肉じゃ手料理感がアピールできない。


「よしっ、じゃあ唐揚げにしよう!」

「えっ」

「何? 不満なの? 唐揚げも肉だよ?」

「不満なんてないよ⁉︎ 唐揚げも大好きだし!」

「じゃあ、問題ないよね!」


 相変わらず押しに弱い。

 そんなところも……大好きだ。

 

 スーパーまでの道中。

 私は思い切って、浅井と手を繋いでみた。

 ……しかも恋人繋ぎで。


 浅井は、びくっと身体を震わせ驚いていた。


「どうしたの? また、照れてるの?」

「……うん」


 浅井は顔を真っ赤にしていた。

 相当照れている。

 その照れはこっちにまで伝染した。


「不思議な人だね、晃って」


 この言葉を最後に、スーパーまで私たちは一言も交わさなかった。


 でも、この無言が……今は心地よかった。

 浅井がじんわり手汗をかいてるのが分かった。

 緊張が伝わってくる。

 ……まあ、私もだけど。


 スーパーまで10分ほどかかる距離なのに、一瞬で着いた気がした。


 手を離すと、浅井は少し寂しそうな顔をしていた。


「大丈夫よ、また繋いであげるから」


 そう言うと、浅井は軽く微笑んでくれた。



 *



 ちゃちゃっと買い物を済ませて到着した浅井の家は。


「うわ……いいマンションに住んでるのね」


 タワマンだった。


「……そうでもないよ、中は普通だよ」


 ……そんなわけないじゃん。


 そして私の予想通り、室内も広くてめっちゃお洒落だった。


「荷物が少ないだけだよ」と浅井は言うけど、生活感溢れる我が家とは明らかに違った。

 さすが『継ぐ音』……ていうか御両親か。

 こんなところに住めるなんて、何をしてる人なんだろう。


 まあ、取り敢えず男の子の家にきたのだ。


「よっしゃ! じゃあ、美味しい唐揚げ作る前に……まず、晃の部屋を物色しないとね!」

「物色って……何もないよ」


 何も無いと言われると、余計に気になるものだ。そして浅井の部屋は何も無いどころか。


「うわっ! すっげー!」


 壁一面にギターが掛けられていた。


「エンドースでメーカーから提供してもらった物が大半だから、殆どタダだよ」


 それが無料っていうのだから更に驚きだ。


「広告の一環らしいよ……契約の事はエージェントに任せてるからよく分からないけど、ウィンウィンって言ってた」


 さすが『継ぐ音』だ。

 浅井の家に来て改めて思った。


「……やっぱりミュージシャンなんだね!」

「一応ね」


 満面の笑みで答える浅井。

 ギターに囲まれていると、いつもの浅井とまた違って見える。


 そんな浅井に私は。


「ねえ後で、一曲聴かせてくれる?」


 贅沢なお願いをしてみた。


「もちろん、まだメンバーにも聴かせていない新曲があるんだ」


 え……メンバーにも聴かせてない曲って?


「……それを聴かせてくれるの?」

「うん……だっていつきの事を想って作った曲だから」

「えっ……」

「後で、聴いてね」

「……う、うん」


 私のためを想って作った曲。

 浅井はとんでもないサプライズを用意していた。

 

 私は嬉しさで涙があふれそうで、それを堪えるのに必死だった。

 

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