第17話 バレてるっ⁉︎

 顔を洗い終わって鏡を見ると、酷い顔をした私が映っていた。

 寝不足だし、さっき泣いちゃったし……まあ、こうなってる事は想定内だった。


 こんな顔で浅井に会えない。

 いつもより少し、濃いめのメイクを施した。特に目元。

 うん……泣いたと疑わない限りは多分大丈夫ってレベルまで仕上がった。


 さすが私。


 泣いたせいか喉が渇いて冷蔵庫に水を取りに行くと、丁度そのタイミングで玄関のドアが開く音がした。


 家族が帰ってきたみたいだ。

 ……先にメイクしててよかった。

 

「おかえり」

「あら、もう起きてたの?」

「うん……さっき起きた」

「さっき? その割にはメイクバッチリじゃない。もう彼氏も起きてるの?」

「ううん、まだ寝て……」


 ……やっべ、ママに言われて思い出した。

 浅井は私の体操着のままだった。


 初対面であの格好は……流石にウチの両親でも引くかも知れない。


「どうしたのいつき?」

「ううん、何でもない! ちょっと起こしてくる」

「え、まだ早いわよ、ゆっくり寝かせてあげたらいいのに」

「いいの、私が起きて欲しいのっ!」


 乾燥機に入れておいた浅井の服を取り、自室へ急いだ。ちょっとシワになってるけど、ピチってる私の体操着よりは全然いい。


 部屋に戻っても浅井はまだベッドの中だった。

 呑気なものだ。


あきら……起きて」

「…………」


 ……反応がない。


 そう言えば浅井は朝が弱いんだった。

 また耳でも攻めてみようか。

 ……でも、浅井の喘ぎ声が聞こえたら、もっとまずいわよね。


「晃……早く起きて」

「…………」


 お布団をゆさゆさして、優しく起こしてあげた。


 それでも、起きなかった。

 ……どうしよう。


「着替えないと大変だよ……うちの家族帰って来てるから」


 ボソッと今の状況をもらすと。


「おっ、おはよう!」


 浅井は慌てて飛び起きた。

 ……えっ、もしかして寝たふりしてた?


「おはよう晃」


 つーか……さっきも起きてたとか言わないよね?

 

 キス……したのバレてないよね!?

 告白……聞かれてないよね!?

 泣いたの……バレてないよね!?


 目が合うと浅井は、なんとも言えない表情を浮かべた後、赤面して目を伏せた。


 バレてるぅ——————————っ!


 これ……絶対バレてるよね!?

 どこから?

 どこからバレてるの?


 ついさっき、正直に話して謝ろうと決めたばかりなのに、私はそれを聞き出せなかった。


 私は臆病者だ。


 ……でも、家族が帰ってきたしっ!

 ……2人っきりの時にちゃんと話すしっ!

 必死に自分に言い訳して……言い聞かせて……我ながら情けない。

 

 まあでも、今はまず……浅井の格好が優先だ。

 

「挨拶するでしょ?」

「もちろん!」


 浅井は即答だった。


 今村刺繍入りの浅井も見納めかと思うと、少し寂しい気がした。


 そんなことを思いながらぼーっと浅井の着替えをながめていると。


「な……何かな?」


 何かなって、これはあれか……自分が見られてると思って勘違いしているのか。

 自意識過剰だな……もちろん乗ってあげるよ。


「いや〜、相変わらずいい身体してると思って……つーか、恥ずかしいの?」

「う……うん」


 恥ずかしいんだ……やっぱ浅井は可愛いな。


「もう、昨日全部見ちゃったよ?」

「いや、でもあれはお風呂だし」


 なんとなく分かる理屈だけど……女子かっ!


「じゃぁ、今もお風呂に入ってると思えばいいんじゃない?」


 何か言いたそうだったけど、浅井はそのままささっと着替えた。

 

 ……それにしても。


「髪ボサリ過ぎだね、セットしてあげるよ」

「……お願いします」


 くくっていたはずのヘアゴムがいつの間にか外れていた。

 浅井は昨日、鏡も見ず適当にくくっていたけど、今日は私がブラシを使って完璧なマンバンヘアーにセットしてあげた。


「やっぱ、セットすると男前だね! いつもやりたくてウズウズしてたんだ〜」


 ヤバい……本当にイケメンだ。

 これ本当に1回学校でやってみたい。

 きっとパニックになるだろうけど。


「……ありがとう」


 ……ていうか、浅井は皆んなにチヤホヤされたいとかないのだろうか。

 この髪型で学校にきたら一気に人気者になれるのに……。


「…………」


 ……想像したら私が嫌だった。

 あの音村おとむらさんよりも凄いアプローチをかける子が出てくることが、容易に想像できたからだ。

 

「さっ、行こっか!」

「ちょっと待って……まだ心の準備が」

「何よ……心の準備って」

「だって……御両親と会うんでしょ」

「そうだよ」

「めっちゃ緊張してる、ライブより緊張してる、めっちゃドキドキしてる」

「何でライブより緊張してるのよ」


 ……そこまでなんだ。


 浅井の胸を触ると。


「本当だ……めっちゃドキドキしてる」


 確かにドキドキしていた。

 それでも、ベッドの中で私を抱きしめている時よりはマシだった。


「もうっ、仕方ないなあ」


 私は浅井の手を取った。


「はい、手繋いでてあげるよ、これなら大丈夫でしょ?」

「大丈夫どころか余計に心拍数が上がった気がするよ!」

「大丈夫、大丈夫!」


 階段を下りたあたりで、お姉ちゃんにエンカウントした。

 ……お姉ちゃんにはこの間、付き合っていることを否定したから先手を打った。


「お姉ちゃん、の浅井晃」


 彼氏を強調してガッツリアピールした。


「こんにちは、浅井です」

「あっ、こんにち……」


 お姉ちゃんは浅井を見て固まってしまった。


「どうしたのお姉ちゃん?」


 あ……やっべ……今、浅井はアキラ様だったんだ。


「お〜い」


 とりあえず、この間優花ゆうかにやったように目の前で手を振って、こちらの世界に呼び戻した。


「あっ、ああ、何でもない……彼氏、随分雰囲気変わったね……『継ぐ音』のアキラ様にそっくり」


 ……まさかの勘違い。

 まあ、普通はそうか……まさか『継ぐ音』のアキラが妹の彼氏とは思わないわよね。


 ……どうしよう。

 このまま誤魔化すべき?

 

 この一瞬で色んな考えが頭を巡った。

 そして私は打算的に。


「何言ってるの、お姉ちゃん——本人だよ」


 浅井がアキラ様だとカミングアウトした。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 お姉ちゃんは口に両手を当て、声にならない声で驚いた。

 そして若干目も潤んでいる。

 ……やっぱり皆んな同じ反応になるよね。


「どうも、『継ぐ音』の浅井晃です」


 何も言ってないのに浅井は話しを合わせてくれた。


「いっ、い、今村 かえでです! よろしくお願いします!」


 お姉ちゃんは繋いでいた私の手を強引にひっぺがし、浅井と両手でがっしり握手した。

 この辺は優花に比べると遠慮がない。


「いつも応援してます! 大ファンです!」

「……ありがとうございます」

「樹っ! 聞いた? アキラ様がありがとうだって!」

「はい、はい、聞いたわよ」

「ていうか、何で? 何でアキラ様があんたの彼氏なの?」

「……同じクラスなんです」

「嘘っ! 何で! アキラ様って歳下なのっ⁉︎」


 この後も浅井はお姉ちゃんの質問攻めに遭い、うちの両親に挨拶できたのは、しばらく経ってからのことだった。

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