第16話 静かなる告白

 私は夜の風の音が苦手だ。

 特にこんな嵐の夜は、その音を聞くだけで不安になる。


「凄い音だね」

「……うん」

「……停電とか……ちょっと心配だね」

「……うん」


 ……ママもパパもお姉ちゃんも居ない……嵐の夜。


 もし……浅井とこの関係になっていなかったら今晩……私は独りぼっちだった。


 考えただけで身震いがする。

 本当に浅井が居てくれてよかった。


「…………」


 ——それはそれとして、この状況は非常にマズい。

 まず、簡単にどんな状況か説明すると、ベッドの中で私は……浅井に抱かれている。

 ……抱かれていると言ってもあっちの意味ではない。普通に抱きしめられているだけだ。

 

 こうなった理由は簡単だ。


 冒頭でも触れた通り、風の音が苦手な私が浅井に、ぎゅーっとしてとお願いしたのだ。


 暗闇の中でこの風の音。

 こうやってぎゅーっと抱きしめてもらっていないと不安でどうにかなりそうだったからだ。


 ……でも、抱きしめられたら抱きしめられたで問題が。


 ——ドキドキが止まらない。


 私の人生の中で、かつてない程に鼓動が激しい。全力疾走した後の方がまだマシな迄ある。


 それは浅井の方も同じで、デスメタルかよってほど激しいビートを心臓が刻んでいる。


 私たちはもしかすると、悲しいぐらい似たもの同士なのかも知れない。


「…………」


 ——台風のピークが過ぎたみたいで、雨風の音はマシになってきたけど、私のドキドキは、まだ収まらない。


「……いつき?」


 優しく語りかける浅井の声。

 これはきっと私が眠っているのか確認しているのだろう。


 ……でも、私は寝たフリをした。


 今、浅井と話すと色んな感情が止まらなくなりそうだったからだ。


 ……まあ、それももう手遅れなんだけど。


 浅井が好き——この気持ちを伝えたい。


 ベッドの中で浅井に抱きしめられながらながら、そんなことばかり考えていた。


 ——しばらくすると、寝息が聞こえてきた。

 浅井は眠ってしまったようだ。

 

 でも……私はまだ眠れずにいた。


 気持ちがたかぶって仕方がないからだ。

 私は今、頭の中で無限ループに陥っている。


 浅井に気持ちを伝えたい。

 ……でも今更そんなこと言えない。

 だからって、もうこの気持ちは抑えられない。

 ……でも『継ぐ音』のアキラって知った途端に気持ちを伝えたら、好きだって気持ちを疑われないか心配だ。

 いやいや、浅井はそんなやつじゃない。

 だから私は浅井を好きになった。

 ……でも告白することで今の関係が壊れてしまったらどうしよう。


 ……私は、自分で思っていたよりもずっと臆病だったみたいだ。



 とりあえず眠ってしまって忘れよう。

 ……何度も寝る努力はしたけど眠れなかった。


 そして——悶々とした気持ちを抱えたまま朝を迎えた。


 浅井はというと……気持ちよさそうにぐっすり寝ている。

 本当に可愛い寝顔しちゃって。


「…………」


 ……こんなに好きになるはずじゃなかったのに……どうしてなんだろう。


 そんなことを考えながら浅井の寝顔を眺めているうちに、私は突発的な行動をとる。


 ——何故こんなことをしたんだろう。

 自分でもよく分からなかった。


 ……私は浅井の唇に吸い寄せられるようにして——


 それを奪った。


 唇と唇が触れていたのは……ほんの一瞬だったのかもしれない。


 でも、とても長く感じた。


 少しすると色んな感情が込み上がってきて、胸が張り裂けそうになった。


 ……もうダメ……やっぱりこれ以上、この感情を胸にしまっておくことはできない。


 私は体勢を少しずらし、浅井の頭をぎゅっと抱きしめた。


 そして——




あきら……好き」



 寝ている浅井に——自分の気持ちを伝えた。




 本当はキスも告白も浅井が起きている時に、堂々としたかった。

 でも……これが今の私にできる精一杯だった。


 何故か……涙が溢れた。

 好きな人と一晩一緒に過ごして……こうやってその温もりを感じているというのに。


 いい感情も悪い感情も、とめどなく溢れてきて、抑えることができなかった。


 ごめん浅井……ややこしくしちゃったのは、全部私なのに……寝ている間に……こんな卑怯なことしちゃって。


 顔も心もぐちゃぐちゃになった私は、とりあえず一旦気持ちをリセットするために、洗面所に向かった。


 ——キス……しちゃったよね。

 

 いけないこと……だったよね。


「…………」


 ヤバい、本当に私おかしい。


 ……人を本気で好きになると、こんなにも辛くて、自分を抑えることが出来なくなるなんて知らなかった。



 本当の彼女なら何の問題もなかった。

 でも、私は本当の彼女じゃない。


 

 抱きしめられて心が弱くなっていたのかも知れないけど、今の私がやっている事は……やっぱりダメな事だ。


 ……卑怯な事だ。


 だから……浅井に謝ろう。


 そして——この関係を終わらせよう。


 その結果、もしも許されるなら……この気持ちを正直に伝えよう。


 


 ——今にして思えば最初から浅井を好きになる予感はあった。


 男子と一緒にいて、あんなにも楽しいと感じたのは初めてだし、こんなにもありのままの自分でいられたのは初めてだった。


 でも、もう……今のままではいられない。

 

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