第13話 今村さんのはじめて

 私と浅井は何故か今——

 一緒にお風呂に入っている。

 

 何故そんなおかしな状況になってしまったのか?


 それには理由がある。

 2人とも……この暴風雨の中、無謀にも外に出て、びしょ濡れになってしまったからだ。

 

 身体が一気に冷えてしまった。

 浅井も身体をガタガタと震わせ唇の色が紫になっていた。

 早急に身体を温めないと風邪をひいてしまう。

 そしてびしょ濡れの着衣をこのまま着ているわけにもいかない。


 この状況を一気に打開するには、一緒にお風呂に入る事ぐらいしか思いつかなかった。


 一緒に入ると色々問題があることは分かっていた。だけど、1人ずつ入ると待っている方が風邪をひいてしまうリスクがある。


 ……これは致し方のないことなのだ。


 もちろん浅井は——


「えっ……いや、いいよ、流石にそれはまずいって」

 

 普通にダメだと言った。


 だけど私の——


「浅井、色々気にしてくれるのは嬉しいけど、こういうのは時と場合によるの……風邪ひいたら『継ぐ音』にだって影響するでしょ」


 正論の前に屈服した。


 2人だけで一晩過ごさないといけないこんな時に、風邪なんてひいてしまったらシャレにならない。

 ましてや浅井は超人気ロックグループ『継ぐ音』のボーカリストでもあるのだ。

 こんなことで風邪を引かせると、罪悪感で私の精神がやられてしまうまである。


 ……まあ、そんな感じだ。


 とはいえ、流石に裸は恥ずかしいから水着は着用させてもらった。

 浅井の方はまぁ……申し訳ないけど……そう言うことだ。

 一応私は女の子だし……これぐらいのアドバンテージはあって然るべきだと思う。


「温まるね……」

「うん……」


 女は度胸だと言うけど、この状況になっても私は不思議と落ち着いていた。


 浅井の方は……めっちゃソワソワしていた。そして目を逸らし私の身体を見ようとはしなかった。

 旧時代的な言い方をするとロックスターなのに……ウブなのだろうか。

 そんなギャップも可愛く感じてしまう。

 まあ、そんな浅井だから私は落ち着いていられるのかもしれない。


「男の子とお風呂はいるなんて……はじめてだよ」

「……光栄です」


 ……光栄? 光栄って何を言ってるんだ浅井は。


「何が光栄なの?」

「今村さんのはじめてを一つでもいただけて」

 

 ……お風呂の初めてに価値があるのか?

 そして、何故敬語!?


「え、なにそれ? ウケる」

「いや……でも、俺なんかが今村さんと……この状況が今でも信じられないよ」


 それは私の方だ、君はロックスターなんだよ。

 本当にこの無自覚男は……悔しいから、じぃーっと見つめてやった。


「……信じられないのは私だよ」

「なんで?」


 清々しいほどに無自覚だ。

 まあ、それが浅井のいいところでもあるのだけど。


「俺なんかじゃなくて……浅井は『継ぐ音』のアキラなんだよ? こんなのファンの子に見られたら私殺されちゃうんじゃない?」

「いや……それなら俺だって……今村さん、人気だし、こんなの学校でバレたらイジメにあいそうだよ」


 本当に面白い人だ。

 私が浅井なら『俺『継ぐ音』のアキラなんだぜ!』って絶対に自慢しているのに。


「あはは、じゃぁお互い様だね。規模感が全然違うけど」


 本当に規模感が全然違う。

 私が注目を集めるのは学校だけで、学校の外の私は、どこにでもいる普通の女の子だ。


 でも浅井は違う。

 学校では地味で目立たなくても、若者ならみんな当たり前に知っている、『継ぐ音』のアキラなのだから。


「ねえ浅井……」

「……なに?」

「浅井は、超有名人なのに何でこんなにも私に優しいの? 浅井の周りには私より、可愛い子なんてたくさんいるでしょ……」


 ……ずっと、疑問に思ってたことだ。

 こんな場だし……思い切って聞いてみた。


「今村さん……それは俺も同じだよ、俺は学校では底辺キャラじゃん。そんな俺に今村さんは何で優しくしてくれたの? 俺よりイケメンなんて腐る程いるじゃん」


 そっか……そんなふうに思ってたんだ。

 まあ、ひとつ訂正するとちゃんとセットした浅井よりイケメンはそうそういない。


 まあ、そんな事は置いといて、立場や影響力は違えど——考えている事は同じだった。


 ——浅井は私よりずっと自然体だったようだ。


「ありがとう……あきら


 私は浅井を下の名前で呼び、ぎゅーっと抱きしめた。


 ——やっぱりもう悩むのはやめよう。

 私は私のやりたいようにやろう。


 この名前呼びは私の決意表明だ。



 気持ちを新たに切り替えたタイミングで——


「い……今村さん、俺……もうやばいかも」


 浅井の様子がおかしくなった。


 え……やばいかもって何? もしかして理性が保てなくなったってこと?


 水着とはいえ、お風呂の中で裸同然で抱き合っているのだ。そうなっても仕方がないだろう。

 

 でも……まだ心の準備が出来てないっ!


 浅井は抱きつく私を引き離し、両方をがっしりと掴み、真っ直ぐに私を見つめた。

 そして息遣いも荒かった。


 え……何、なんなの!?


「今村さん……俺、もう我慢できない」


 え————————っ……それって、私たちしちゃうって事!?

 お風呂でっ!?


「もう……のぼせそうだよ……上がりたい……恥ずかしいからちょっとそっち向いててほしい」


 ……全然違った。

 舞い上がってたのは私だけだったようだ。


「いやよ……上がりたいなら勝手に上がったら」


 なんだか少しイラッとした私は、意地悪く浅井をガン見してやった。


「……えぇっ」


 浅井は目を逸らし、しばらくそのままでいたが……我慢の限界を迎え先に上がった。


 ……はじめて見た。


 期せずして浅井は私のはじめてを、もう一つゲットした。

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