第12話 不機嫌な今村さん

 最近私はイライラすることが多い。

 何故か浅井に近づいてくる女子が多いからだ。


 その筆頭は浅井の部活、ソロエレキギター同好会の後輩、音村おとむら 奏音かのんだ。

 ハーフツインで大きな目が特徴的な、童顔美少女。その童顔に似つかわしくない男好きのするナイスバディー。


 私はどうも彼女のが好きになれない。

 頻繁に休み時間に教室に来ては。


「せんぱ〜い、ちょっと教えてくださ〜い」


 猫撫で声で浅井に近付き。


「うん……どこ?」

「ここですここ」


 その豊満な胸を浅井に押し当て。


「近い……近いよ音村さん……これじゃ俺がよく見えないよ」


 譜面をチェックしてもらっている。


「えーっ、私……目が悪いんで、許してください」


 なんて言いながらさりげなくボディータッチする。とにかくスキンシップが激しいのだ。


 しかも……チラチラと私の方に挑発的な視線を向けてくる。音村さんは私のことを浅井の彼女って認識しているはずだ。

 これは明らかに私を煽っているのだ。


いつき〜今日も機嫌悪いね」

「そうでもないわよ」

「あの子、最近凄いね……絶対に浅井のこと狙ってるよね」


 優花ゆうかの目にもそう映るようだ。


「いいの? ガツンと言わなくても……」

「いいのよ……浅井と私は通じ合ってるから」

「でも樹……本当はあんた」


 ……優花は知っている。本当は私と浅井が付き合っていないことを。


 本当ならガツンと言ってやりたかった。

 本当の彼女ならガツンと言えた。

 むしろ本当の彼女ならこんな気持ちにすらなっていなかったかもしれない。

 

 やっぱり恋人役が、私たちのかせになる。


 ——浅井に近付いてくる女子は音村さんだけではない。


「浅井君、今日も来たよ」


 彼女は他のクラスで軽音部に所属している三井みつい 亜希あき


「何度来られても答えは変わらないよ」

「えーっ、そんなことを言わずにさぁ」


 彼女は音村さんのように、男として浅井を狙っている訳ではないが、軽音部に引き入れるのに必死なのだ。


「音村さんに聞いたんだけど部活は週三なんでしょ? 毎日じゃなくていいからさ、その空いてる二日だけでも軽音部に来てくれない?」


 浅井の部活が週三なのは週二は私のために空けてくれているからだ。決して身体が空いている訳ではない。


「ごめん、無理だよ……俺は今村さんとの時間も大切だし」


 えっ……。


「噂通りラブラブだなぁ」

「あはは……まあ、そういう訳だからごめんね」

「私、諦めないからねっ! また来る!」


 あんなにも私のためってハッキリと言っちゃう……そう言うところだよ浅井。

 私の心を騒つかせるのは。


「うん……やっぱり通じあってるのね。あんた達」

「でしょ」


 この一幕だけ見たら本当にそう思える。


 でも……最近の浅井は。


「ねー浅井、今日こそカラオケ行こーよ」

「浅井の歌、クソ楽しみにしてんだけど」

「たまには今村、放っておいてさ、ウチらと遊んでもバチ当たんないっしょ」


 ギャルにも人気なのだ。


「いや……でも、今日はまずいよ」

「えー、いつもそればっかじゃん」

「つまんねー」

「いつ行けんだよ」


 と言うのも、音村さんが使うギターアンプを軽音部にもらいに行った時に、軽音部部長と一悶着あり、浅井は事もあろうに軽音部の皆さんの前で『継ぐ音』の曲を披露したのだ。


 その様子が動画で撮られていたらしく、浅井の噂は一気に広まった。


 『継ぐ音』そっくり!

 アキラのモノマネがクソ上手い!

 歌もだけどギターもやばい!


 まあ、ご本人だからそれは当たり前なんだけど……地味キャラ一転、今や我が校の時の人にまで格上げされてしまったのだ。浅井には悪いけど、私は面白くない。


 これが軽音部の彼女に勧誘され、ギャル達にカラオケに誘われる理由だ。


 まあ、これも本を正せば音村奏音。

 いつかあの子とは決着をつけないとって……個人的には思っている。



 *



 ——放課後、そんな私の心情とリンクしたのか、予報が外れ大荒れの天気になった。


「なんか、凄い雨だね」

「……そうね」

 

 台風の影響で交通機関も止まってしまい、雨風がめっちゃやばいことになってるとママからメッセージが届いた。

 パパとお姉ちゃんと合流してホテルに泊まるそうだ。


 そして『彼氏来てるなら泊まってもらいなさい』と文末に付け加えられていた。


 え……泊まってもらいなさいって——今晩、浅井と2人っきりってこと!


 でも、この雨で帰すのも危険だし、それに1人だと——夜が怖いっ!


 とりあえず浅井に話すことにした。


「うちの親とお姉ちゃん、合流して今日はホテルに泊まるって」

「そうなんだ……その方がいいよね」

「浅井にも泊まってもらいなさいだって」

「そうなんだ……その方がいいよね」


 おろ……あっさりと泊まることを了承した。浅井の性格だと『まずいよ今村さん、泊まりは流石にダメだって』とか言って拒否ると思ってたんだけど。


「えっ⁉︎ 今村さん今なんて?」


 なんだ……聞き逃してたのか。


「浅井も泊まっていけだって」

「え——————————っ!」


 私の予想を遥かに超えて浅井は驚いていた。


「な……なによ、その反応……嫌なの?」

「……ぜ、全然嫌じゃない……嫌じゃない……むしろ嬉しいけど……本当にいいの?」


 ……嬉しいんだ。


「いいも何も、台風の中帰すなんて出来ないわよ」

「……でも」


 それでも何か煮えきらない浅井。


「でも、なんなの?」

「俺……一応男だしさ、なにか間違いがあれば」


 いかにも浅井らしい理由だ。


「なに意識してんのよ、浅井とは絶対に間違いなんて起こらないわよ」


 ……浅井とは間違いなんて絶対に起こらない。

 

 何故なら——


「間違いなんてのは、好きでもなんでもない同士に起こるのよ」


 むしろそうなった方が嬉しいのだから正解だ。

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