第11話 このままじゃいられない

 ——少しして落ち着いた優花ゆうかの第一声は。


「アキラさん、ずっとファンだったんです! 握手してもらってもいいですか!」だった。


 さすが優花……たくましい。


「うん……いいよ」

「ありがとうございます!」


 優花は顔を真っ赤にして喜んでいた。

 そして目尻にはいっぱいの涙を溜めていた。


 テレビでよくある、好きな芸能人に会って感極まって涙を流す。あれを生で見ている気分だった。


 冷静に考えたら毎日学校で会っている相手なのに……優花にとってアキラ様は浅井ではなくて、やっぱりアキラ様なのだろう。


いつき〜嬉しいよぉ〜」


 そして、今度は私に抱きついてきて泣きじゃくっていた。


「泣かないで優花さん……」

「はい……でも嬉しくて」


 ……なんで同級生に敬語、なんて野暮なことは言わないでおこう。

 でも、この感激っぷりには、さすがの浅井も少し戸惑っているようだった。


「樹……私……帰る」

「えっ……なんで?」

「だって、いっぱい泣いちゃったし、まだ涙止まんないし、メイクがボロボロだろうし、こんな顔……アキラ様に見られたくない」


 えぇ……。


 まあ、同じ女として優花の気持ちはよく分かるけど。


「アキラ様っ! せっかく来てくださったのに、ごめんなさい……応援してます!」


 最後にもう一度浅井とがっちり握手を交わし、優花は帰っていった。来る時もダッシュだったけど帰る時もダッシュだった。



 *



「なんかごめんね、こんな事の為にわざわざ呼び出しちゃって」

「ううん、気にしないで……俺も今村さんに会いたいと思ってたし」


 えっ……私に会いたい?

 その一言で心が踊った。


「打ち上げでほら、うちのメンバーが、その……滅茶苦茶だったじゃん、だからちゃんと謝っておきたいな〜と思って」


 ……何だ、そんな理由か。

 一瞬にして心がシュンとなった。

 って、何を期待しているんだ……私はっ!


「大丈夫! 気にしてないから」

「本当にごめんね……あの人たち下ネタばっかりで」


 確かにキツかったけど……浅井のせいではない。


「ううん……」

「それとさ、今村さんに相談もなしに、彼女って紹介しちゃってたじゃん……それも迷惑じゃなかったかな〜と思って気になってさ」

「そっ、そんな事ないよ! 元々は私が頼んだ事だし」


 ……そんな事まで気にしてたんだ。


「……それなら、良いんだけど」


 なんだか不思議な気分だ。

 見た目は『継ぐ音』のアキラ様なのに、中身は浅井そのものだ。


 どこかオドオドしてて、この安らぐ感じ。

 ステージでのアキラ様、私を助けてくれたアキラ様とのギャップが激し過ぎる。

 もしかして、これが俗に言うギャップ萌えというやつなのだろうか。


「とりあえず、珈琲でも入れようか?」

「うん……いつもの滅茶苦茶苦いやつお願い」


 ……クソ苦いの次は滅茶苦茶苦いか。


「なんか、まだちょっと眠くてさ」

「昨日の夜も遅かったもんね」

「うん……あの後も俺、今村さんのことを考えてたら……寝付けなかったからさ」


 え……私のことを考えてた?

 きっとあれよね……さっきの迷惑かけたとかそんなやつだよね。


「私の……何を考えてたの?」

「俺たち……本当に付き合ったらどんな感じになるのかなって考えてた」


 笑顔でサラリと凄いことを言われた。


 ……打算的な考えもなく、こんなことを普通に口にするのが浅井だ。


 ……分かってる。

 浅井と絡むならこんなことでドキドキしちゃダメだ。

 ドキドキしたらダメだって分かってるのに……それは流石に無理っ!


「とにかく入れてくるねっ!」

「うん」


 浅井が学校で目立たなくて地味なのは……見た目だけの話だ。

 アキラ様じゃなくても浅井の中身はイケメンだ。それを無意識でやっているとことがタチが悪い。


 ……まあ、見た目もちゃんとしたら、めっちゃイケメンだけど。


 ……でも、浅井と本当に付き合ったらか。


 どうなるんだろう?


 好きな音楽の話で盛り上がって、2人でまったりゲームして……たまにカフェ行って。


 ……って、うん?


 今と変わらなくない?


 仮の恋人同士だけど……私たち、結構普通の恋人同士みたいなことしてるってこと?


 そもそも普通の恋人同士って何をやってるんだろう?


「…………」


 考えても恋愛経験のない私には分からなかった。


 多分、優花も同じレベルだよね。

 ……柿本かきもととかに聞けば分かるのだろうか。


 ……でも、なんかシャクだな……柿本に恋愛のレクチャーお願いするって。


 そうだ! 静香しずかさんなら!

 ……ってそんな、くだらない事で連絡を取るのは気が引けるし、偽装カップルだってバレちゃうよね。

 ……それを言えば柿本も同じか。


 寺沢に告られた時は名案だと思ったけど……ここに来て、この関係が結構色んな事のかせになっている気がする。


「お待たせ」

「…………」


 珈琲を入れて部屋に戻ると浅井は、気持ちよさそうにいつもの特等席で寝ていた。


 アキラ様の寝顔……『継ぐ音』ファンの私にとってこれは思ったよりも破壊力がある。


 どうしよう……起こした方がいいのかな?

 それともこのまま寝かせておく?


 私は浅井に近づいてまじまじと顔を見た。

 ぱっちり二重だけど目を閉じると一重なんだ。

 すっと通った鼻筋……長い睫毛。

 そしてセクシーな首元と唇。

 

 本当の彼女なら……こんな時キスしてもOKなんだよね。

 

「…………」


 私はキスしたら……ダメだよね?


 って、何考えてるの私っ!

 でも……一旦意識してしまうと中々頭から消えなくなるのが人のさがだ。


 ほんの少しだけ唇が触れるだけならいいのかな?

 浅井……嫌がるかな?


 どうしよう……私変だ。

 浅井にキスしたくてたまらない。


 ちょ……ちょっとだけならいいよね?

 彼女役なんだし。


 さらに浅井に顔を近づけたその瞬間——バッチリ浅井と目があってしまった。


「あれ……どうしたの? 今村さん」


 や……やっば————————っ!!


「ううん……なんでもないの、糸くずが付いてたから取ってあげようかと思って」

「え、そうなの? どこ、どこ?」

「もっ……もう取れたみたい!」

「……そう、よかった」


 危なかった……もう少しで人としての道を踏み外すところだった。


「今村さん、今日は珈琲が美味しく感じるよ」

「今日はってどういう意味よっ!」

「……ごめん、深い意味はないんだ」


 私にとって大切なこの時間を壊したくない。

 でも……このままではいられない。

 

 そんな想いが募っていく、今日この頃だった。

 

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