第10話 色々
私が好きになった人は、超有名人で手の届かない存在……想いを伝える事すら困難な相手だった。
私も高校生……そんな有名人に恋をしても叶わないのは分かっている……でも諦める事は出来なかった。
——そんな時に出会ったのが浅井だった。
成り行きで彼氏役をお願いしてから、私達は本当の恋人同士のような時間を過ごした。
日に日に浅井の存在が大きくなるのが分かっていたけど、私はそれが恋だとは気付いていなかった。
——だけど、他の女の人と一緒に居る浅井を見て胸が苦しくなって……それが恋だと気付いた。
私の都合で彼氏役をお願いしておいて、今更『好きになりました』だなんて都合の良いこと……言える訳がない。
……でも浅井は、あの人と違って私の手の届くところにいる。
気持ちを伝えようと思えば伝える事ができる。
だけど——気持ちを伝える事は出来なかった。
だって……だって浅井は。
私の好きだった『継ぐ音』のアキラ様、その人だったのだから!
本来ならこれはとても喜ばしい事だ。
今好きな人と好きだった人が同一人物なのだから……。
今まで伝えられなかった想いと、あの日のお礼が言える、千載一遇のチャンスだ。
でも……アキラ様って知った途端に好きだって言ったら、さすがに色々あからさま過ぎる。
百歩譲って関係がフラットならまだいい。
でも私は……こともあろうに浅井に彼氏役をお願いしているのだ。
まあ……浅井の事だから何も気にしていないかも知れない。だからと言ってこのタイミングで気持ちを伝えるのは——ハードルが高過ぎる。
そんなこんなで、私の恋は……またしばらく拗れそうだ。
*
『継ぐ音』のライブから一夜明けてスマホを見ると、優花から鬼のような数のメッセージが届いていた。
……最初は浅井に上手く気持ちを伝えられたかって内容だったけど……次第に私の身を案じる内容に変わっていた。
……これはマズい。
急いで『ごめん! 大丈夫!』と返すと、間髪置かずに着信が入った。もちろん優花だ。
『何で連絡してくれないのよバカっ! 心配したんだからねっ!』
開口一番、珍しくフルテンションで怒られた。
これに関しては弁解の余地はない。
「ごめん優花……」
平謝りするしかなかった。
この件とは関係ない小言も沢山聞かされたけど、なんとか許してくれた。
……色々気をつけようと思った。
そしてそこから優花の事情聴取が始まった。
『あの後、何があったの?』
「まあ……色々と」
『色々ってなに?』
……『継ぐ音』の打ち上げに参加していたって言っても……信じてもらえないだろうな。
「……本当に色々なの」
『……だからその色々が何なのか聞いてるのっ! 話せないことなの?』
……話せないことはないけど……どこから話すべきだろうか。
「…………」
とりあえず。
「……昨日、アキラ様に会ったの」
浅井に会ったところから話すのが妥当だろう。
『……は? どうしたの
酷いなおい……本当の事を言ったのに。
「いやいや、本当なんだって」
『いいって、樹……早く本当の事話しなよ』
……信じてくれない。アキラ様に会えたってことはそれほどまでに突拍子もない事なのだろう。
「だから本当に会ったの……アキラ様と」
『……本当なの?』
「……うん、一緒に写真撮ったからそれ送るね」
とりあえず、帰り際に
『え————————————っ!』
当然こうなるよね。
『な、な、な、な、何でなの!?』
「浅井との待ち合わせ場所で、ばったり」
『あっ……で、浅井とは会えたの?』
会えたと言うか……同一人物だけどね。
「うん……会えたけど……言えなかった」
『えっ、なんで、なんで? あんなに覚悟決めてたじゃん!』
「いやぁ〜それも色々あって」
『……とりあえず今からダッシュでそっち行くから待ってて!』
優花には後でちゃんと話すつもりだったから別にいいけど、もう少しゆっくりしたかった。
——ひと通り身支度を整え終えたタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
出迎えると優花は息を切らしていた……本当にダッシュで来たんだ。
「い……いらっしゃい」
「おじゃまします!」
優花はズカズカと私の部屋まで上がり込んだ。付き合いが長いだけあって、この辺は遠慮がない。
そして……。
「で! なんで言わなかったの?」
前置きもなく、いきなり本題に入った。
「ちょっ、ちょっと待ってよ珈琲入れるから」
「いいよ、あんたのクソ苦い珈琲はっ! それより早く聞かせてっ!」
「クソ苦いって……」
「いいから早く!」
目がマジだ……。
ていうか、どこからどう話そうか。
……ここはやっぱり浅井とアキラ様の関係からよね。
「優花……驚かないでね」
「な……何なの」
「いいから落ち着いて聞いてね」
「だから、何なのよ」
「実はね……」
「なによ……勿体ぶるわね」
「アキラ様と浅井は——同一人物なの」
私は優花に真実を告げた。
「…………」
だけど——
「あははははっ! 何の冗談? それは無いって! だって浅井だよ? 浅井とアキラ様は似ても似つかないわよ」
腹を抱えて笑われた。まあ、普通に考えて浅井とアキラ様では掛け離れ過ぎている。
優花の反応は正しい反応なのだと思う。
「でも……本当なのよ」
「いやいやいや、恋は盲目っていうけど……それは盲目過ぎるでしょ」
……酷い言われようだ。
なんかこうなったら意地でも信じてもらいたくなってきた。
「じゃぁ……浅井呼んでみる?」
「いいけど……浅井を呼んでどうするの?」
「アキラ様と同一人物だって証明してあげる」
「まだ言ってるの? そんなムキにならなくてもいいのに」
とりあえず浅井にメッセージを入れた。
軽く事情を説明して『継ぐ音』のアキラの
「浅井、来るって」
「はいはい」
にゃろう……完全に信じてないな。
……でもいいわ。
本人が来てから腰を抜かしても知らないから。
*
小一時間ほどして玄関のチャイムがなった。
「来たみたい、行ってくるね」
「うん、私は待ってるね」
——玄関まで出迎えた私は、優花よりも先に腰を抜かしそうになった。
アキラ様バージョンの浅井の私服姿は、『継ぐ音』ファンの私には刺激が強すぎた。
かっ……格好良過ぎる!
「おはよう今村さん」
「おはよう……って、もう昼だよ?」
「ああ……もうそんな時間か……だからお腹空いちゃったのかな」
「お腹すいてるなら、何か作ろうか?」
「ううん大丈夫、このあと会食あるからね」
「そ……そうだったね」
見た目はめっちゃ格好いいのに、浅井独特のほっこりする喋り方。
声はまだ嗄れていたけど……この見た目の格好良さと内面の可愛さのギャップは凶悪だ。
——そして、いよいよ優花とのご対面。
「優花……こちら『継ぐ音』のアキラさん」
……私は少し意地悪く『継ぐ音』のアキラ様として紹介した。
「どうも、優花さん『継ぐ音』のアキラです」
浅井も私に乗っかって『継ぐ音』の体で自己紹介してくれた。
優花は——目を見開いて固まってしまった。
「優花〜」
昨日、浅井がやってくれたように目の前で手を振ると優花は。
「あ……あ……アキラ様」とだけ言い。
その場で泣き崩れてしまった。
——腰を抜かすどころの騒ぎではなかった。
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