第9話 打ち上げ

「かんぱ〜いっ!」


 私は今、人気絶頂のロックバンド『継ぐ音』の全国ツアーファイナルの打ち上げに参加している。


 しかも……若者の中でカリスマ的人気を誇る、ギターボーカルのアキラ様の彼女として、その隣に陣取ってだ。


 ……完全に場違いだ。まるで別世界にでも迷い込んだ気分だ。


「ごめんね今村さん、なんか無理矢理みたいになっちゃって」

「ううん……大丈夫……多分」


 関係者だけの打ち上げだと聞いていたけど……お店は貸切状態。

 こんなにも沢山の人が、浅井の音楽に関わっている……比べるべくもないが、普通の高校生の自分との違いに軽く距離を感じてしまう。


「晃! 早く彼女紹介してよ!」


 そう言いながらグラス片手に私達の席に移動してきたのは、昼間浅井と腕を組んでいた綺麗なお姉さんだ。


「あっ……今村さん、こちら恩田おんだ 静香しずかさん、で、こちらが俺の彼女の今村さん」


 か、か、か、彼女っ⁉︎


「どょ……どうも、はじめまして……今村 いつきです」


 噛んだ……思いっきり噛んだ。


 恋人役だから当たり前なのに……彼女と紹介されて動揺したのか挨拶だけで噛んでしまった。


「静香よ、はじめましていつきちゃん、よろしくね」


 挨拶と同時に静香さんは空いている方の手で握手を求めてきた。


「よろしくお願いいたします」


 ガチガチに緊張しながらも、出来る限りの笑顔で握手を返した。


 そんな私をじぃーっと私を見つめる静香さん。

 しばらく沈黙が続いたあと静香さんが。


「ねえ樹ちゃん、今度私に身を委ねてみない?」


 突然、妙な言葉を口にした。


 ……身を委ねるって……どういうこと? もしかして静香さん……そっち系?


「あっ、安心してそっちの意味じゃないから」


 ……私の表情で読み取ったのかそっち系説は即座に否定された。


 身を委ねるの意味は。


「モデルになって欲しいの」


 もっと驚くべき事だった。


「もっ、モデル⁉︎」

「私ね、雑誌でね、メイク&コーデのコーナー持ってんだよね」


 え……。

 メイク&コーデ……それって、つまり。


「雑誌に載るってことですか!?」

「そうよ、私のコーナーのモデルになってほしいの」


 何だ、何だ……このとんでも展開。

 浅井がアキラ様だっただけでも、とんでもな事だったのに。


「いえいえいえ、私なんかが雑誌に載るなんて恐れ多いです」

「……そんなことないよいつきちゃん、凄く魅力的だよ?」

「……魅力的だなんてそんな」

「それだけ可愛かったらきっと人気も出るよ! 晃もそう思うでしょ?」

「え……うん……今村さんは凄く可愛い」

「……人気が出るかを聞いたつもりだったんだけど……惚気のろけないでよ」

「えっ、そんなつもりじゃ」


 可愛い……浅井がそんなふうに思っていただなんて……なんか……照れる。


「ていうか晃も、いつきちゃんが雑誌に載ると鼻高々じゃない?」


 ……そうなの?


「いやぁ……今村さんはモテるから……雑誌に載ってこれ以上モテるようになったら俺が困るというか」


 え……なにそれ。


「あれぇ? 晃は意外と独占欲が強いんだね〜」


 独占欲……浅井が私に!?

 もしかしてヤキモチ⁉︎


「まあ……そうかもしれない」

「…………」


 ヤバい……めっちゃ嬉しい。

 めっちゃドキドキしてきたんですけど。

 顔がニヤついてきたんですけど。


「まあ、雑誌は一旦置いといて今度メイクさせてよ……樹ちゃんを見てると、インスピレーションが湧くのよっ!」

「まあ……それなら」

「決まりねっ! 晃に候補日連絡しとくから」

「あっ、はい!」


 これで、話しは終わりかと思ったら、静香さんは私と浅井の顔を交互に見つめてニヤニヤしはじめた。


「で、2人の馴れ初めはいつ教えてくれるのかな?」


 な……馴れ初め……付き合ったきっかけだよね?

 私たち……本当に付き合っているわけではないし。


 浅井を見ると向こうもこっちを見ていた。

 同じことを考えていたのか、2人顔を見合わせて苦笑いだ。


「同じクラスなんだよ! それで隣の席で……今村さんが消しゴムを忘れて……俺が貸して」


 浅井は私たちが仲良くなったきっかけを静香さんに話しはじめた。でも、一つ訂正させてもらうなら消しゴムは忘れてはいない。消えたのだ。


「なに、そのラブコメイベント! いいなぁ〜高校生!」


 冷静に考えると静香さんの言う通り、ベタベタなラブコメイベントだ。

 だけど、浅井とはこのことが切っ掛けだったのは間違いない。


「あれ? って言うことは、樹ちゃん……あの状態の晃を見て好きになったってこと?」


 あの状態……普段の浅井のことか。


 ていうか……。

 これってチャンスじゃない?

 ここで私が好きになったって言えば……さりげなく気持ちを伝えられるんじゃない!?


「…………」


 ダメだ……恥ずかしい。

 これ以上ないチャンスなのに……何をしてるの私っ!


 勇気よっ!

 勇気!


 でも……浅井に見つめられて恥ずかしさがピークに達した私は——


「そ……そうです。『継ぐ音』のことを知ったのもついさっきだったので」


 ……好きと言う言葉を発する事ができなかった。

 

 あぁ……意気地なしの自分が嫌になる。


「えーっそうだったの! ってことは学校のみんなも『継ぐ音』の晃だって知らない?」

「知らないと思います」

「そうよね……彼女が知らなかったぐらいだもんね……つーか、なんで彼女にも教えてなかったのよ」

「いや……なんかタイミング逃しちゃって」

「じゃぁ晃、やっぱ普段はセットしない方がいいかもね」

「私もそう思います!」


 ……知ったら学校中がパニックになる。それに浅井を独り占めできなくなる。


「ん?」


 食い気味に反応した私を、じぃーっと見つめる静香さん。そしてその表情はだんだんと薄笑にかわり。


「なんだ、樹ちゃんも独占欲強いのね、似たもの同士だね」


 似たもの同士……そうなのかな。

 でも……なんか嬉しい。


 なんて、幸せな気分に浸れたのはここまでだった。


「おう晃〜なんか面白いこと話してるのか」

「僕たちも混ぜてください」


 この後『継ぐ音』のお二人が乱入してきて、放送禁止用語が飛び交う、女子高生の私には刺激の強すぎる、カオスな場に一変した。


 浅井もお二人のノリ付いていけず、ただオロオロとしていた。


 浅井も大変なんだな……と、しみじみ思った。



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