第7話 抗えない気持ち

 ——ショックだった。

 浅井と女の人が、楽しそうに腕を組んで歩いているのを見て。


 何で?

 誰なの?

 あの女性ひとと約束してたから私の誘いを断ったの?


 ……付き合ってるの。


 じゃぁ……なんで彼氏役なんて引き受けたの?


 考えれば考えるほどに、胸が苦しくなる。


「待っていつきっ、待ってってば!」


 肩を掴み早足で歩く私を優花ゆうかが止めた。


「……やっと止まってくれた」


 優花は息を切らしていた。

 

 ……気付けばかなりの距離を歩いたみたいだった。


「……ごめん」

「ねえ……いいの?」

「……何が」

「あれ放っておいたらダメでしょ?」

「…………」

「浅井、何か言いかけてたよ……ちゃんと話ししないとダメだよ」


 そう……優花の言う通りだ。

 あの場で話を聞けばよかった。

 何かの誤解かもしれないし……話を聞けば変なことを考えずにすんだかもしれない。


「……いつき?」


 でも、聞けなかった。


 だって私は——本当の彼女じゃないから。


 こんな時、本当の彼女なら嫉妬してもいいんだろうし、怒ってもいいんだろうし、2人の関係を問いただしてもいいんだと思う。


 でも私は本当の恋人じゃない。

 だから……聞けない。


 そもそも、本当の彼女じゃないのは私が浅井にお願いした結果だ。

 この関係を望んだのは私なのに——何でこんなに悲しいんだろう。


「……大丈夫? いつき


 大丈夫じゃなかった。

 私は気付いてしまった。

 私は全然一途なんかじゃなかった。


 いつの間にか浅井は……アキラ様より大切な男性ひとになっていた。



 *



「なるほど……そう言うことだったのね」

「……うん」


 カフェで落ち着いた私は、浅井に申し訳ないと思ったけど、優花に本当のことを話させてもらった。


「確かに、本当の恋人じゃないと、線引きって難しいよね」

「うん……だから、どうしていいのか分からなくなって逃げだしちゃった」

「でもなんで、そんなややこしいことしたの? 最初から付き合えばよかったのに」

「……だって、その時はまだ、好きかわからなかったし」


 正直、好意は抱いていたけど……恋愛感情に発展するとまでは思っていなかった。


 もじもじする私を優花がニヤニヤしながら見つめる。


「な……なに?」

「いや〜、あのいつきがね……」

「なによっ!」

「もう完全に恋する乙女の顔になってるじゃん!」


 ……恋する乙女。


「中学ん時からのあんたを知る私としては嬉しいけどね」

「……どう言う意味よ」

「まあ細かいことはいいじゃん! とにかく浅井のこと好きなんでしょ?」


 好き……面と向かって言われると恥ずかしいけど。


「……うん」


 この気持ちは本物だ。あらがうことはできない。


「とりあえずさ、ライブの後に会う約束してるんでしょ?」

「……うん」

「ちゃんと、その時に話しなよ……」

「……うん、そうだね……でも来てくれるかな?」

「なんで?」

「私……浅井の話し聞かないで逃げてきちゃったし」

「それは多分大丈夫よ。浅井はあれで結構寛大な心もってると思うよ」

「……そうかな?」

「でないと、仮とはいえいつきとは付き合えないって」

「ちょっと、それどう言う意味よ!」

「冗談、冗談……まあ、とりあえず、せっかくだからライブ楽しもうよ」

「……うん」


 ……そうだ。

 いい方向に考えよう。

 このことがきっかけで、自分の気持ちに気付けたのだから。


 ……でも、さっきの女性ひとが彼女だったらどうしよう。

 凄く綺麗な女性ひとだった。


 ……なかなかポジティブな気持ちにはなれなかった。



 *



 だけどその反動で、ライブでは鬱憤を晴らすかのように我を忘れて騒いだ。


 自分でもこんな風になるとは思ってもみなかった。

 そのせいか、ステージ上のアキラ様と何度か目が合い。アキラ様はこっちに向かって手を振ってくれた。


 浅井のことが好きだと気付いた後とはいえ……これはこれで嬉しかった。


 優花と2人、声が枯れる寸前まで騒いだ。




「じゃぁ、頑張ってねいつき

「うん、ありがとう」


 ライブが終わって駅まで優香を送り届けてから、私は浅井との待ち合わせ場所に向かった。


 ……でも、時間になっても浅井は来なかった。


 やっぱり……怒らせてしまったのだろうか。


 スマホの着信もメッセージもあの直後のものだけで、新たには入っていなかった。


 ……今日は待とう、終電までとことん待とう。

 私は浅井を信じて待つことにした。



 ——待つこと20分。


 私に駆け寄ってくる人影があった。


 浅井が来てくれた……そう思って心が少し軽くなった。


 でも、実際に私の前に現れたのは浅井 晃ではなくて——


「お待たせ今村さん」


 アキラ様だった。

 

 ……なんで? どうして?


「ごめんね……ステージが押しちゃって」


 なんでアキラ様がここにいるの————っ!


 色々考えていたのに、一瞬にして頭が真っ白になった。

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