第6話 アキラ様
いよいよ今日は、一年ぶりの『継ぐ音』のライブ。浅井と観に行けないのは残念だけど……アキラ様に会える!
……といっても、客席とステージだけど。
まあ……とりあえず、そんなことは置いていおいて全力で楽しむつもりだ。
——せっかく中心地に出るなら買い物をしたいという
「やっほー
「ううん、私こそ急に誘ったのに来てくれてありがとうね」
「私、チケット取れなかったからさ……お姉さんに感謝だね!」
「あはは……優花も『継ぐ音』にめっちゃハマったね」
「まあ、あのご縁が切っ掛けだけど……曲もいいし、アキラ様かっこいいしね」
あのご縁とは、私たちが初めてアキラ様に出会ったときのことだ。
1年……もう少し前だったかもしれない。
今日みたいに優香とライブを観に来た時のことだ。
といってもその頃の『継ぐ音』は有名ではなく、ライブハウスにブッキングされる1バンドだった。私たちの目当ても『継ぐ音』ではなかった。
だけど、その圧巻のパフォーマンスで、私は瞬く間に心を奪われた。
ギターボーカル、ベース、ドラムの3人編成とは思えない程の重厚なサウンド、幻想的なまでに絡み合うアンサンブル、そして力強くも憂いのある透き通るような声が私の心を掴んで離さなかった。
まあ、流石にそれだけなら私もアキラ様に惚れたりすることはない。
だけど、事件はその後に起こった。
私たちの目当てだったバンドのメンバーが、何を思ったのか私と優花に猛烈なアプローチをかけてきたのだ。
そんなつもりのなかった私たちは普通に断った。
……だけどお酒に酔ったメンバーが強引に迫って来たのだ。
……怖かった。
私は気は強い方だけど、自分より大きくて力の強い男に敵わないのは分かっている。
あまりの恐怖に、助けを呼ぶことすらできなかった。
そんな絶体絶命のピンチに颯爽と現れたのがアキラ様だった——
「ねーお兄さん達、ファンの子に手出しちゃダメだよ?」
「あーっ? テメーには関係ねーだろ? この子らもそれ目的で来てんだよ」
「えっ……そうなの?」
そんなことある訳がない、だけど……恐怖で声にならなかった私は首を横に振る事ぐらいしか出来なかった。
「違うみたいだけど?」
「あーっ、もういいよ、テメーうぜーから散れよっ!」
アキラ様は相手が暴力に訴えても、軽くいなし「危ないよ、やめなよ」平和裡にその場を収めようとしていた。
だけど、相手があまりにもしつこかったので、アキラ様はとうとう関節を決め。
「ねえ、お兄さん……これ以上続けるなら顔の原型分からなくなるまでボコるけどいい?」
満面の笑みで威嚇した。
そして騒ぎを聞きつけた、三国志の関羽と張飛のような『継ぐ音』のメンバーが現れ、その場は丸く収まった。
「お姉さんたち……大丈夫?」
「は……はい」
とてもベタな展開だけど、私はこのことが切っ掛けで……アキラ様に一目惚れしてしまったのだ。
ちなみに、この時の私は、アキラ様の事をちゃんと認識しておらず、通りすがりのお兄さんが助けてくれたのだと思っていた。
アキラ様だと知ったのは帰り道、優花に教えてもらったときだ。
……いつかお礼を言おう。
……いつか気持ちだけでも伝えよう。
なんて思っている間に……あれよあれよと『継ぐ音』は有名になり、今では手の届かない存在になってしまったのだ。
もう一つ因みに、浅井の名前も
浅井も髪型ちゃんとしたら背も高いし、アキラ様まではいかなくても、そこそこ格好良いと思うんだけど。
つーか……なんでこんな時まで私は浅井のことを考えているんだ!?
「そういえばさ、浅井は『継ぐ音』好きじゃないの?」
「えっ」
……なんでタイミングよく優花まで浅井の話題を……浅井とは音楽の話はよくするけど『継ぐ音』の話を掘り下げたことはない。
私がアキラ様のことが好きだから、敢えて話題にしなかった事もあるけど……なんでだろう。
浅井……『継ぐ音』とかめっちゃ好きそうなのに。
「う〜ん、多分好きだとは思うんだけど、あんまり『継ぐ音』は話題にあがらなかったかな」
「流行り系だから避けてるのかな?」
「どうだろうね」
月曜にでも聞いてみよう。
*
思ったより買い物に時間がかかり、ライブ会場に向かいつつランチの店を探した。
そして、そこで私は見たくないものを見てしまった。
「あれ浅井……?」
「……小森さん」
モデルのように綺麗な女の人と……腕を組む。
「……浅井」
浅井の姿を。
「今村さん……これは違うんだ」
言い訳なんて聞きたくない。
「行こっ、優花」
「えっ……あれ、いいの?」
私は逃げるようにしてその場を立ち去った。
「外せない予定って……そう言うことだったのね」
——何でだろう。
浅井とは本当に付き合っている訳じゃないし、別に他の女の子と一緒にいても、私がどうこう言える筋合いはない。
だけど——なんでこんなに胸が苦しいんだろう。
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