第5話 隠れハイスペック

 浅井に彼氏役をお願いして学校以外でも関係を持つようになってから、色々と気付いた事がある。


 浅井は——何気にハイスペックだ。


 ——学校帰りに通りすがりの外国人に話し掛けられた時は。


「……えーっ、えーと」


 あまりにも早口で聞き取れなくて私がオロオロしていると。


「Can I bother you real quick? ……」


 さっと間に入ってくれて、英語で対応してくれた。


「あの人、何だったの?」

「あーっ、彼ね……今村さんをナンパしようとしてたみたいだよ?」

「そっ、そうだったの⁉︎」

「うん、俺の彼女だから他あたってくれって言っといた」

「えっ⁉︎」

「あっ、彼女って言ったのマズかった?」

「う、ううん……ありがとう」


 そして、さりげなくナンパ野郎を撃退してくれた。ちなみに英語は洋楽を聴いて意味が分からないのが嫌で、子どもの頃に猛勉強したらしい。


 ——2人でカフェに行った時は。


「あれ? 浅井エスプレッソ頼んでないよね?」

「……申し訳ございません、直ぐに取り換えます」

「あっ……いいですよ。俺、丁度エスプレッソが飲みたい気分だったので」


 店員がオーダーを間違えて、自分の苦手な物を持ってきても、嫌な顔ひとつせず、笑顔の神対応だった。


 道を歩いていても私に車道側を歩かせない。


 さりげなくレディーファーストができる。


 地味な見た目とは裏腹に、浅井の行動はイケメンそのものだった。


 そして極め付けは——


「ねえ今村さんこの曲めっちゃいいよ! 今村さんも聴いて!」

「ねえ今村さん今日は何して遊ぶ?」

「ねえ今村さん今日部活休むから今村さん家に行っても良い?」


 子犬のように懐いてくるのがめっちゃ可愛い事だ。


 そんなこんなで、日に日に私の中で浅井の存在が大きくなって行くのが分かった。


 話も合うし、一緒に居て楽しいし、気を使わない。むしろ落ち着く。

 

 浅井の前では飾らない自分でいられる。


「…………」


 もしかして私……浅井に恋しちゃってんじゃね? って勘違いするほどだ。


「…………」


 ——恋……まさかね。

 

 自分で言うのもなんだけど、私は一途な方だ。

 簡単に心変わりなんてするはずがない。


 それに、この週末は約1年ぶりにアキラ様に会えるのだ。


 といっても客席とステージだけど……。


「…………」


 とにかくっ!

 アキラ様に惚れてる限り、私が他の人を好きになるなんてあり得ないのだ。


 ああ……私……何で有名人になんかに恋しちゃったんだろ。

 会うのはもちろんのこと、気持ちを伝えることすらできないのに。

 厳密には私と出会った時は有名人じゃなかったんだけど……つらい。


 コンコン「いつき、ちょっといい」

 私がベッドで、もにゅもにゅしているとお姉ちゃんが訪ねてきた。

 何の用だろう。


「どうぞ」


 部屋に入るなりお姉ちゃんは両手を前に合わせて「いつきごめん、『継ぐ音』のライブ一緒に行けなくなっちゃった」ライブにいけないことを謝罪した。


「えっ……なんで? お姉ちゃん凄く楽しみにしてたじゃない」

「どうしても外せない用事が出来ちゃってさ……」

「えーっ、そうなの……」

「チケット余らせるのも勿体ないしさ、ごめんだけど彼氏でも誘って行ってきてくれない」


 ……か、彼氏?


「彼氏なんて居ないわよっ!」

「あれっ? 最近よく見かけるちょっと髪が長くて背の高い子は彼氏じゃないの?」


 ……浅井のこと? 浅井のことだ……浅井のことだよね?


「ちっ、違うわよ!」

「え————っ! そうなの!? めっちゃいい雰囲気だったから、彼氏だとばかり思っていたわ」


 いい雰囲気? 私と浅井が?


「ていうか、何で知ってるの?」

「何でって……いつも家に連れてきてるでしょ?」


 見られてた!?


「邪魔しちゃ悪いかな〜と思って、外で時間潰してたんだけど……彼氏じゃなかったんだ」


 そして変に気を使わせていた。


「大丈夫よ……まだ、そんな気を使われる仲じゃないし」

ってことは、いずれはってことなのかな?」


 うっ……。


 何故だろう……お姉ちゃんの言葉を否定することができなかった。


「そんなに顔を赤くしちゃって……いつきは分かりやすいねっ!」

「そっ、そんなことないもん!」

「まあ、まあ、そんな訳だから、彼を誘って2人で行ってきなよ……これチケットね」


 彼氏役の浅井を誘って、好きな人のライブに行くのか。

 なんか、複雑だ。


 ……でも、一緒に行けば私が本当に浅井に恋しちゃってるかハッキリするのでは?


 *


 そして翌日、浅井をライブに誘ってみたけど——


「ごめん今村さん、付き合いたいのは山々なんだけど……その日はどうしても外せない予定があって……」

「そう……」


 あっさり断られてしまった。

 急な誘いだし、浅井にも都合があるのは分かるけど。


「予定があるなら仕方ないわね……寺沢でも誘うわ」

「え……」


 私は、どうしても浅井と一緒に行きたくて、つい……意地悪なことを言ってしまった。


「……もしかして2人っきり……とか?」

「……そうね」


 ……こんなこと言うつもりは無かったのに。


「その顔……もしかして嫌なの?」

「……うん」

「嫌なら、浅井が来れば良いだけでしょ」

「……それができるなら断らないよ」

「そう……なら仕方ないわね」


 止められなかった。

 こんなふうにしたくなかったのに……何で?

 私……何でこんなことを言うの?

 何っ……このモヤモヤした気持ちは!?


「何時? 今村さん時間って何時?」

「17時よ」

「ねえ今村さん、頑張ったら19時頃には行けると思うんだけど……」


 それでも浅井は前向きに取り繕うとしてくれた。


「19時には終わってるわよ」


 だけど私は悪意ある言葉を繰り返した。

 なんで止まらないの……これ以上続けると私……自分が嫌いになる。


「もういいわ、寺沢誘うから」


 それでも私は止まらなかった。

 ……もう、嫌っ! そう思った刹那。


「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「…………」


 ……『にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』って何?

 可愛すぎるんですけど!?


 止まらない私の悪意ある言動を浅井が止めてくれた。


「冗談よ……」

「え……」

「……優花ゆうかと行くから……19時に迎えに来て」

「え……迎えに」

「19時なら間に合うんでしょ?」

「わかった! 俺、頑張るよ!」


 浅井の可愛らしさで、ギリ……私は自分を嫌いにならなくてすんだ。

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