第4話 子犬のような目で見つめないで!

「おはよういつき、あんた達……やっぱり付き合ってるらしいね」


 翌日、教室に着くなり優花ゆうかが、私と浅井の関係に言及してきた。


「えっ……いきなりどうしたの?」

「どうしたもこうしたも、クラス中その話題でもちきりよ」


 ……なんですと!?


「それにしても水くさいわね、何で教えてくれなかったのよ?」


 何でも何も、付き合ってないからなんだけど……とりあえず……付き合ってる体で誤魔化した方がいいわよね?


「……あっ、あれよっ! 浅井が照れ屋だからさ、優香にはもうちょっと馴染んでから話そうと思ってたのっ!」

「あーっ、そうだったんだね、浅井はそんな感じするもんね」


 浅井のキャラが立っているせいか簡単に誤魔化せた。


「でっ、どっちから告ったの?」

「どっちからって……」


 ……どっちも告ってないんだけど。


「……何となく自然になんだけど」


 じぃーっと私を見つめる優花。曖昧な答えでは許してくれなさそうだ。


「……どちらかと言えば——私かな」

「やっぱり! そうだと思った! 浅井って少し煮え切らない感じがするもんね」

「そんな事もないんだけどね」


 何かごめん浅井……私のせいでイメージ悪くしたかも知れない。


「でも……何で私達が付き合っていることが話題になってるの?」

「ん? 寺沢が言いふらしているからだよ……ほら」


 優香が指差した男子達の輪の中で。


「いやぁ〜、今村と浅井が付き合っての知らなくってさ。無駄に告って無駄に振られちまったよ〜まいったまいった」

「えっ、まじで!」

「今村と浅井付き合ってんだ!?」

「俺も知らなかった……」

「……今村……俺も好きだったのに」


 昨日の出来事を大声で、さも武勇伝のように話していた。


 ……あの野郎。


「い……いつきっ! 怖い顔になってるよ」

「あっ……ごめん」


 ……寺沢めっ……あいつ今度絶対殴る。


「寺沢絶対グーで殴る」

いつき……多分、心の声が漏れてるよ」

「あれっ?」


 なんて話をしていると渦中の浅井が誰にも注目を浴びずに教室に入ってきた。……流石のステルス性。


「優花ごめん、私、ちょっと浅井に事情説明してくる」

「あーっ……照れ屋さんならその方がいいかもね」


 クラスの皆んなに捕まる前に、私はダッシュで浅井を捕まえて。


「今村さん、おは「おはよう浅井っ!」」


 そのまま、校舎裏に連れ出した。




 *



 

「ど……どうしたの今村さん?」

「クラス中で私達が付き合ってるって噂になってるの」

「えっ……どうして? その事知ってるのって、俺たちと寺沢だけだよね?」

「その寺沢が言いふらしてるのよっ!」

「何で寺沢が?」

「知らないわよっ! とにかく私に振られた事とセットで、私たちが付き合ってるって話しまくってるのっ!」

「……寺沢って——やっぱりメンタル強いね」


 ……突っ込むところはそこなんだ。


「そんな訳だから、皆んなに色々聞かれると思うけど、上手くはぐらかして今日を乗り切って」

「……うん、分かった」

「それと今日は予定ある?」

「部活をしようかと思ってたけど」

「それ、休めない?」

「1人部活だから、休もうと思えば休めるけど……何で?」

「今日も私ん家に来て欲しいの」

「……えっ、また今村さん家に⁉︎」

「今後の対策を練るの……色々口裏合わせないとダメでしょ」

「あっ……そうだよね」

「で、来てくれるのかしら?」

「それは是非とも行かせていただきます」

「よしっ!」


 丁度話が終わったタイミングで予鈴が鳴ったので、急いで私たちは教室に戻った。皆んなチラチラと私達の方を見ていたけど、誰も話しかけてこなかった。


 ……うん、これだっ!

 今日は予鈴が鳴るまで全休み時間、浅井を連れ回す!


 席が隣という地の利を活かし、私は休み時間の都度、浅井を連れ出した。


 ——この作戦が功を奏し、放課後まで浅井を孤立させる事に成功したが……。


「今村、ちょっと浅井借りていいか?」


 放課後、寺沢に捕まってしまった。

 ある意味一番捕まっちゃいけない相手だけど。


「今村さん、ちょっと行ってくるね」


 浅井が自ら進んで寺沢について行った。


「じゃあ、正門で待ってるから」

「うん」


 こっそり、後をつけてやろうとしたけど、ここは浅井を信じて正門で待つ事にした。


 男同士何を話しているのだろう……って、私の話しだよね。


 ……変な事にならなかったらいいけど。



 

 *




 どれぐらい待ったのだろうか。結構な時間が経ったのかも知れないけど、考え事をしていたのもあって、それは気にならなかった。


 少しして、うつむいて、とぼとぼと歩いてくる浅井の姿が見えた。


 ……これは何かあったのか⁉︎


「浅井、大丈夫? 何かされた?」


 心配して駆け寄ると浅井は、目を潤ませ私の両肩をがっしりと掴み。


「俺! 今村さんの事、絶対幸せにするから!」


 何をとち狂ったのか、幸せにするぞ宣言をしてきた。


「はぁ————————————っ⁉︎」


 何故今、その言葉が出てきたのかは分からなかったけど、何とも言えないこそばゆい気持ちになった。


「……寺沢、めっちゃ良いやつなんだ」


 ……意味が分からない。


「……と、とりあえず、家でゆっくり聞かせてくれるかな?」




 *




 ——家に帰り特製ブラック珈琲で浅井を落ち着かせ、聞き出した話を簡単にまとめるとこうだった。


 一、寺沢は振られてなお、私の幸せを願っている。

 二、浅井は寺沢と、私を絶対に幸せにすると約束した。


 ……それであの幸せにする宣言だったのだ。


 隠れ熱いキャラだとは思っていたけど、ここまで直情的だったのは意外だった。

 

「なるほどね……で、浅井はどうやって私を幸せにしてくれるのかな?」


 意地が悪い質問かもしれないけど、興味本位で聞いてみた。


「……具体的には何も考えてないけど、俺に出来る事なら何だってするよ」


 浅井は子犬のような目で見つめてそう言ってくれた。


 こっ、これは……ヤバいっ! ちょっとドキッとした。

 そんな子犬のような目で見つめないでっ!


「じ、じゃあ、とりあえず対戦しよっ!」

「た……対戦⁉︎」

「格ゲーねっ!」

「……えっ」

「何でもしてくれるんでしょ!」

「……う、うん」


 結局、この日は今後の対策を練る事なく、格ゲー三昧で終わった。


 この日を境に私は、これまで以上に浅井の事を意識してしまうようになった。

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