第3話 噂通り

 私はよく告白される。

 今も、旧軽音部室に呼び出され——告られているところだ。


「今村……俺、やっぱお前が好きなんだ……俺と付き合ってほしい」


 告白してきたのは、同じクラスの寺沢てらさわ

 実は寺沢には……1年の時に3回も告白されている。今日で4回目の告白だ。


 各学期毎に告白してくる寺沢……新学期の風物詩じゃないんだから、そろそろ本気で諦めて欲しい。


 ……どう話せば諦めてくれるのだろう。


 そんな事を考えていたタイミングで、旧軽音部室に浅井が入ってきた。


「「浅井!?」」


 ……なんでここに?

 もしかして、私を追いかけけて?

 

 ——その割には驚き過ぎか。


 つーか、浅井と付き合ってる事にしたら流石の寺沢も諦めてくれるんじゃない?

 一芝居打ったら浅井付き合ってくれるかな。


「……ご、ごめん……なんか邪魔しちゃったね」


 あれ……帰っちゃうの?


 「待って、浅井!」私は咄嗟に浅井を呼び止めた……そして彼の元へ駆け寄り、腕を組んで寺沢に言ってやった。


「噂通りなの……私たち付き合ってるの……だから寺沢の気持ちには応えられない」


 ……ごめん浅井、勝手にこんなこと言っちゃって。後で説明します。


 浅井は目を丸くして驚いていた。寺沢の表情は険しかったけど、なにか悟ったようにも見えた。


「ま……マジかよ」


 寺沢はバツが悪そうに、頭をかいた後、浅井を睨みつけ——


「浅井、今村を泣かせたら許さねーからな」と、ひと言残し旧軽音部室を後にした。


 寺沢がこんなにあっさり引き下がってくれたのは初めてだ。——どうやら狙い通り、今度こそ諦めてくれたようだ。 


 ……でも浅井はまだ、呆然としていた。

 冷静になって考えれば、いくら仲がいいとはいえ……これはやり過ぎだったかも知れない。


 事前になんの相談もしてないし……怒ってるかな?


「……なんか巻き込んじゃってごめんね」

「ううん……俺は大丈夫だけど……良かったの?」


 全然怒ってなかった。それどころか謎に気を使われた。


「良かったって何が?」

「噂……認めちゃって」


 私は浅井と噂になるのは別に構わない。でも浅井……嫌なの?


「良いも悪いも、もう噂になってるから同じじゃない?」

「……嫌じゃないの?」

「何が?」

「……俺と噂になって」

「何で?」

「……だって俺と今村さんとじゃ、釣り合わないっていうか」


 釣り合わない……なんかちょっと腹が立った。


「はあ? 何言ってんの? 殴られたいの?」

「殴られたくないです……」

「じゃぁ、そんなくだらない考え捨てなよ」


 他の誰かがそう思っても構わないけど……浅井にだけはそう思われたくない。


「あ……うん」

「それより浅井、話しがあるの……今から家に来ない? すぐ近所なの」

「……え」

 

 ……学校だと人目がある。だから私は家に誘って、今日のことそしてこれからの事を相談することにした。


 *


 私は珈琲を入れてから行くから、先に部屋で待ってるように言ったのだけど……浅井は私の部屋の前でオロオロしていた。


 主人なしで勝手に入るのは無理らしい。誰も見ていないのに。


 つーか……浅井がこの部屋にはじめて入った男子になった。


「なんかこの部屋……かっこいいね」

「そう?」


 かっこいい……女子の部屋に入った感想としてはどうかと思うぞ。


「うん……すごくロック」


 うん、ロックなら許そう。


「お、分かってるじゃん! とりあえず適当に座って」


 適当に座ってとは言ったものの……浅井は私の座る特等席に遠慮なく座った。

 部屋に入るのに気遣うより、ここで気遣えよ!

 って思ったけど、なんか浅井なら許せてしまうのが不思議だ。


「あんた遠慮ないわね……」

「えっ……」

「なに特等席取ってるのよ」

「あ、ごめん……」

「いいわよ、お客さんだし」


 とりあえず口撃しておいた。オロオロしているのが可愛くなってくる。

 そんな浅井を見ているともっと困らせてやりたくなり、私は隣に並んで座ってやった。

 しかも肩がくっつくぐらいの距離で。

 ……やっぱり少し赤面している。……やばい可愛い。


「はい、どうぞ、私と同じ珈琲ね」

「あっ、ありがとう」


 珈琲を受け取った浅井は少し強張るような表情を見せた。もしかして珈琲苦手なの? もしそうならこの珈琲はキツいよ?


「いただきます」


 一口飲んで浅井は思いっきり顔を歪めた。図星だった。


 我慢しようと思ったけど。


「あははははははははははっ!」


 思わず声を上げて笑ってしまった。


「苦いでしょ?」

「う……うん」

「私ね、このぐらいの苦さが好きなんだよね」

「お……大人だね」

「違うわよ、ただの好みよ」


 大人はこんな悪戯いたずらしないと思うよ。


「私の好みちゃんと覚えてね」

「う……うん」


 ……遊んでばかりはいられないので、そろそろ本題に入ることにした。


「さてと……それじゃ早速話し、いいかな?」

「……うん」


 浅井に取り繕うのは嫌だ。だから直球で話した。


「浅井……まどろっこしいのは苦手だから単刀直入に言うね」

「……うん」

「もし浅井が嫌じゃなかったらさ、噂通り私と付き合ってる事にしてくれないかな?」


 浅井が物凄く複雑な表情をして黙り込んだ。

 ……しばらく見つめていたけど顔芸かってぐらいコロコロ表情が変わっていた。


 ……やっぱり嫌なのだろうか。


「私ね……寺沢に告白されたのってね……実は今日で4回目なんだ」

「よ……4回目?」

「寺沢だけじゃなくてね……私、結構告白されるんだ——その気がないのに告白されて……断って、変な感じになって……私の高校生活……これの繰り返しよ」


 事情を話しても浅井は返事を躊躇っているようだった。


「ほら、彼氏がいるってなったら告白してくる男子もいなくなるって思うんだよね。あの寺沢ですら諦めてくれたわけだし……だから」


 いうべきことは言った。

 ダメなら無理強いしない。

 浅井とは今後も良い関係でいたいから。


「……いいよ、今村さん。彼氏役引き受けても」


 流石……浅井!


「本当! 助かる!」

「うん……でも、そこにある置いてあるアコギ弾いてくれたらね」

「えっ……何で今アコギ!?」


 思わぬ交換条件だった。


「だって、部屋に入った時からずっと気になっていたんだもん」

「……そっか、浅井ってギター好きだもんね」

「うん」


 人前で披露するような腕前じゃないけど……浅井の前で恥ずかしがってちゃだめだよね。


「笑わない……って約束してくれるなら、弾いてあげてもいいよ」

「うん、笑わない……聴かせて」

「しっ……仕方ないなあ」


 私の大好きだった女性シンガー夢音ゆめおとの『夢を継ぐもの』という曲を披露した。


 凄く切ないけど……一度聴いただけで好きになった曲。

 曲が終わると。


「あ……浅井!?」


 浅井が泣いていた。

 泣くほど嫌なの!?

 それとも下手だった!?


「……なんで泣いてるの? なんか無理してる?」

「ううん……違うよ、驚かせてごめんね、その曲……その曲で色んなこと思い出しちゃって」

「浅井もこの曲、知ってるの?」

「うん……思い出が沢山詰まった曲なんだ」

「……そうなのね」


 浅井もこの曲……好きなんだ。

 やっぱ浅井とは音楽の趣味が完全一致だ。


「ごめんね、思い出させちゃって」


 浅井の涙を見て……私も切なくなって、思わず頭をくしゃっと撫でてしまった。


「あっ……ごめん、つい……」

「ううん……ありがとう」


 自分の衝動的な行動にびっくりしてしまった。


「…………」


「ねえ今村さん、俺にその曲弾かせてくれない?」

「いいけど……弾けるの?」

「……うん」


『夢を継ぐもの』は夢音ゆめおとが最期に残した曲だ。


 私はこの曲を知っている2人が出逢えた事に——なにか運命めいたものを感じた。

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