結果報告(黎智編 最終話)
「それで、二人はどうなった?」
待ち合わせしていた居酒屋で玄理と合流した咲月は、ずっと気になっていた黎智たちのことを速攻で訊ねた。
結智の連絡先を玄理に教えてから五日経っている。自身も仕事で忙しくしていたため、玄理と連絡を取ることができなかったのだが、やっと今日の約束を取り付けた。
「俺から連絡しようと思ってたんだけど、ごめん、遅くなった」
「いいよ。俺も気にはなってたんだけど、仕事が立て込んでたから今日しか時間がとれなかったんだ」
玄理が申し訳なく謝ると、咲月はにっこりと笑いそう言った。
「咲月さんに教えてもらった次の日、黎智に連絡先を渡したよ。その後ちゃんと話をしたらしい」
「そう。それで?」と咲月は先を促す。
「黎智の説得で帰ってきた結智と対面で話をしたって。黎智から離れた理由もちゃんと受け止めたって」
それを聞いた咲月は「そうか」と呟くように言う。そして「姿を消す前にアンロックに寄っていたのは?」と疑問に思っていたことを聞いてみた。
「あぁ、噂でアンロックのことは知ってたけど、さすがに会員制だから入店することができなかったんだって。どうにかして入店したくて店先でうろうろしている時に、ちょうどアンロックに入ろうとしていた常連客がいたらしくて、その人に連れて行って欲しいってお願いしたみたい。どんなところなのか入ってみたかったらしいよ」
咲月は穏やかな表情で説明する玄理をじっと見つめていたが、やがてふっと笑うと「玄理は分かってたの?」と質問してきた。
玄理はその意味を知っていて「何が?」と聞き返す。
「いじわるだね。玄理は知ってたんだろう? 結智くんが黎智くんの元を離れて行った理由を」
咲月も鋭い。玄理の言動を些細な部分まで注視している。もちろんそれは玄理限定なのだが――。
肩を竦めた玄理は正直に「うん」と肯いた。
「これまで何も言わずに黎智と暮らしていた結智が突然姿を消す理由なんて、それくらいしかないとは思ってたよ。しかも失踪する前にアンロックで見掛けたってことはそういうことかなって」
玄理も予想はしていたが確信はなかった。だからこそ黎智にも教えなかったのだが、それが確定に変わったのは黎智がアンロックまで報告に来てくれた一昨日だった。
「一緒にいたらさ、誤魔化しきれなくなるよね。結智は限界だったから、一番好きな黎智の元から去ったんだろうね。これまでの関係を壊したくないって気持ちは……まぁ分かる」
「相手がノーマルだと分かっていたらなおさらだね」
「きっとすごく悩んで苦しかったんじゃないかな。大好きな黎智のそばで、自分の想いを伝えられないことがさ。だから気持ちが溢れて暴走しないうちに、黎智のそばから離れたんだ」
玄理の言葉に咲月は同意するように肯く。
「まぁ黎智くんも受け入れるには時間が必要だっただろうし、距離を置いたのは良かったのかもしれないね」
「そうだね。自分に対する特別な想いを知っても、やっぱり結智と一緒にいたい気持ちは変わらなかったって。恋人として付き合えるかはまたゆっくり考えるって言ってた。結智も自分の想いを知ってもらえたことで肩の荷が下りたって言ってたって」
「じゃあ、結果的に玄理は、黎智くんも結智くんも助けたってことになるのかな」
「助けたなんて思ってないよ。今でも黎智がノンケなら戻った方がいいと思ってるし、あまり応援はしてない」
そう突き放すように言い放った玄理の頬を、咲月が人差し指でつんと突っついた。
「説得力ないね。玄理は今自分がどんな表情してるか分かってる?」
何となく察した玄理だったが「どんな顔してた?」と咲月に聞いてみる。
「良かったって顔してるよ。二人が結ばれるかどうかは分からないけど、抱えていた想いを伝えることができて良かったなって。そんな安心した表情してる」
柔らかく笑う咲月に、玄理はあからさまな溜息を吐いた。
「咲月さんにかかったらみんな良い人に聞こえるよ」
「実際に玄理は良い人だろう? 少なくとも俺はそう思ってるよ」
咲月は玄理に対して底抜けな優しさを見せる。
「俺としても二人が良い方向へ向かうことを祈ってるよ。こうして玄理と会える口実もできたしね」
「俺に借りも作れたしね」
すぐに付け足してきた玄理に「あぁ、そこは考えてなかった」ときょとんとした後、咲月は良いことを聞いたとにこっと意地悪く笑った。
言わなきゃ良かったと少し後悔した玄理だったが、ふと結智のことを教えてくれた咲月の友人のことを思い出した。
「あ、そうそう。咲月さんの友人さんにも、ありがとうって伝えておいてよ」
「……そう、だね」
急に曖昧な返事になった咲月に玄理は小首を傾げる。
「もしかして、教える見返りを何か求められた?」
咲月は、はぁと溜息を吐いて「ご名答」と答えた。
「交換条件で玄理のことを紹介しろって言ってきたから、あれ以上詳しいことが聞けなかったんだ」
「俺? 別に教えても良かったのに、お礼にってことでしょ?」
飄々とした玄理の言葉に、咲月はムッと表情を険しくさせた。
「何言ってるの。俺が玄理に本気なことは前に伝えてるよね」
珍しく怒った咲月に玄理は目を丸くする。
「これ以上ライバルが増えるのは嫌だよ」
「でも紹介された後、会うかどうかは俺が決められるでしょ?」
「そうとは限らないよね? 情報提供した報酬として絶対に会いたいって言われたら、玄理だって断れないだろう。告白の返事をもらってない以上、玄理が誰かと会うのを止める権利は俺にはないし……こういってはないんだけど、友人は玄理が好みそうな外見してるから、それだけで教えたくない理由にはなるよ」
不機嫌になった咲月を見て、玄理は楽しそうに笑った。
「咲月さんはその人に負けるの?」
苦虫を嚙み潰したような表情で、「……五分五分」と咲月が呟く。
「へぇ、咲月さんみたいなイケメンかぁ。会ってみても良かったかもね」
面白がってる様子の玄理に、咲月が「玄理」と咎めるように名を呼ぶと、「分かってないなぁ~」と間延びした答えが返ってきた。
「咲月さんは俺を見くびり過ぎ。俺が顔の好みだけで誰とでも夜の相手をしてると思ってんの?」
今度は咲月が目を丸くする番だった。
少なくとも外見の良さは相手をする上で重要なステータスだと思っていたからだ。だが玄理は違うと言う。
「顔の善し悪しだけだったら、毎週アンロックで俺を待ってる真崎さんだって結構なイケメンだよ。だけどあの人の相手をしようとは思わない。俺にも選ぶ権利はあるからね」
そう言って頬杖をついた玄理は、逆の手で咲月の胸を指さした。
「要は
にっこり微笑んだ玄理に瞬きを繰り返した咲月は、その後はぁと長嘆を洩らした。
「玄理は俺を煽るのが上手いよね。ますます玄理を自分のものにしたい欲求が増したよ」
そして自分を指している玄理の手をグッと掴むとにっと笑った。
「玄理。俺はいつまでも待つからね。俺の本気にどう答えを出してくれるのか楽しみにしてるよ」
一瞬瞠目した玄理は、獲物を狙う獣のような目を隠すかのように甘い眼差しで微笑む咲月を見つめつつ、咲月の『本気』と向き合う覚悟を自分もしないといけないのかと、困惑したように静かな溜息を吐いた。
――黎智編 END――
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