咲月
久し振りにきた玄理からのメールに心躍るように連絡をしてきた二人の男性からは、連絡した理由=内容を知った途端、落胆の声音とともに「知らない」という答えが返ってきた。自分は知らないが、友達を当たってみると言ってくれたのが数人。連絡をくれた玄理に再び関係を迫ってきたのが三人。これについては即行で拒否。その後も数人から連絡が返ってきたが、答えはみんな同じだった。
「そうか、ほぼ全滅か。玄理がそんなに捜してる相手ねぇ。俺としてはかなり気になるんだけど」
仕事帰りの居酒屋で待ち合わせをしていた玄理は、入店してすぐに声を掛けてきた
「咲月さんも知らないのかぁ。結構期待してたんだけど」
肩を落とす玄理に咲月は苦笑する。
「捜してる相手はネコ? それともタチ?」
「さぁ? そもそもこっち側なのかどうかもあやふやだから、さっぱり」
手詰まりになった玄理は溜息を漏らした。
ここからどうやって結智を捜すか、頬杖をついて黙考する。
「玄理が捜してるって知ったら、向こうからアプローチしてくるんじゃない?」
「う~ん、そうだといいんだけど」
「俺も他を当たってみるよ。捜してる相手の顔知りたいけど……」
玄理は頬杖をついたまま咲月に視線を流したが、物思うようにすぐ視線を落とした。
「多分、駄目だよ。知られたくないみたいだし……」
「それは自分自身が受け入れられてないから? それとも外聞が悪いから?」
視線を落としたまま、「さぁ、どっちだろうね」と玄理は言葉を濁す。
どっちにしても自分たちには厳しく悩ましい感情だ。玄理にだって、咲月にだって経験があるから分かる。
ほんと、生き辛い世の中だ。
「じゃあ、結智くんって言ったっけ? その名前だけで捜してみるか」
「ごめんね、ありがとう。咲月さんは俺より顔が広いから頼りにしてる」
玄理の言葉に咲月がにっこりと微笑む。
「頼りにされてるのは嬉しいけど、そろそろこの間の返事が聞きたいな」
頬杖を解いた玄理は、「返事?」と不思議そうに小首を傾げた。
「あれ? 俺の告白、忘れられてる? 一ヶ月前くらいに、俺と付き合って欲しいって伝えたはずだけど」
「あぁ……え? あれ本気だったの?」
意外そうに驚きの表情を向けてきた玄理に、咲月は苦笑した。
「冗談で言うわけないだろう?」
「でも咲月さんは男女問わずモテるじゃない。俺なんかよりさ」
「玄理は自分の価値を低く見積もり過ぎだよ。玄理と出会ってから俺が誰とも関係を持ってないってことは知ってるだろう?」
この手の話はいろんなところから回ってくる。
確かに他の男性に誘われても咲月が拒絶していたことは玄理も知っていた。玄理と会うためにアンロックに通っていることも純二から聞いている。
玄理同様、同性からモテる咲月はゲイバーに行くとすぐにお誘いの声が掛かる。以前は気が乗れば誘いに応じていたし、声を掛けられなくても必ず誰かをお持ち帰りしていた。それだけ引く手数多な咲月が玄理のために誘いを断っているともなると噂になるのは必然だった。
「まぁ知ってるけど、まさか本気だとは思わなくて」
「じゃあ今度は真剣に考えてくれる? 返事は待つからさ」
咲月とは一回だけ関係を持ったことがある。
どちらかというと体の相性は良く、自分が深く愛されている心地にしてくれる人だと抱かれながら思った。多分、咲月と寝た相手はみんなそんな心地を感じていたはずだ。
考え耽っていると、ふいに咲月の指が玄理の指に絡んできた。
「玄理を俺だけのものにしたい。良い返事、待ってるから」
熱の籠る眼差しで真っ直ぐに見つめられた玄理はそれを受け、にっと口角を上げる。
「じゃあ、咲月さんは俺だけのものになってくれるの?」
玄理の問いに咲月は「もちろん」と即答した。
「さっきも言ったように玄理と出会ってからは、誰かと関係を持ちたいと思うこともなくなった。玄理がいい」
この手のやり取りはお互いに慣れている。だからこそ動揺も戸惑いもない。
咲月の言ったような言葉を冗談と取るか本気と取るかは受け手次第だが、大抵は冗談と捉える方が多いだろう。
一夜限りだと思う方が納得しやすいから。その時だけ盛り上がることができれば、お互いに気持ちのいい時間を過ごせるし後腐れもない。互いにwinwinだ。
だが咲月は本気だと言う。玄理を恋人にしたいと。
その本気も冗談と捉えた方が玄理は楽なのだが、結智のことがあるので取り敢えず「……考えとく」と答えを保留にすることにした。
「分かった。じゃあこの後は? 誘ってもいい?」
「告白の返事をしない相手を誘うの?」
「さっき言ったろ? 玄理としかしたくないって。良い返事は欲しいけど、それまではこれまで通りの付き合いをしたい。……駄目?」
咲月は誘い方が上手いと思う。
決して無理強いすることもなくイエス・ノーを相手に委ねている辺り、甘いマスクと相まって初対面でも心を許しやすいだろう。だから咲月は相手に事欠くことはなかった。
そんな咲月が、玄理としかしたくないとはっきりとした意思表示を示した上で誘っている。その気にさせるのも上手いと玄理は思った。
諦めたように溜息を吐いた玄理は「いいよ」と軽く答える。
「今日は咲月さんに付き合う」
「嬉しいよ。ありがとう」
ふわりと笑った咲月に促される形で席を立ち店を後にすると、玄理は咲月と共にホテル街へと姿を消した。
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