ゲイバー『アンロック』 3

「ありがとう。純ちゃん」

 微笑んで礼を言った玄理に「どういたしまして」と言った純二は、そのまま二人の向かい側に腰を下ろした。

「ごめんね。騒がしくしちゃって。たまにあんな奴がいるから、ほんと困るわ」

 自分を無視して飛び交う会話を聞いていて胡乱な表情になった彼は、その後嫌そうに顔を顰めていた。

「人を捜してるなら、この玄ちゃんを頼るといいわよ。この筋の友達は多いから、誰か知ってる人がいるかもしれないから」

 それを聞いてぱっと表情を明るくした彼は、玄理の方に顔を向けた。

 藁にも縋る思いでこの店に通っていたが、何の手掛かりもないまま手を拱いていたところだったのだ。何でもいいから情報が欲しい。

「一緒に捜してあげるから、まずは君の名前教えてくれる?」

東雲しののめ……」

「東雲、何?」

「……黎智れいち……」

 そう名乗った黎智は自分の隣に座る玄理を間近に見つめ、玄理の綺麗さに目を奪われた。ほとんど無意識に答えていた黎智は、玄理がにこっと微笑んだことで我に返る。

「黎智か。名前カッコいいね」

「じゃあ、黎ちゃんって呼ぶわね」

 やっと名前を教えてもらえた純二も嬉しそうに微笑んだ。

 捜し人の名前は教えてくれたが、自分の名前だけは頑なに教えてくれなかったため、純二は無理に聞くことができずにいたのだ。

「それで黎智はどんな人を捜してるの?」

 ストレートに訊ねてくる玄理に、少し言い淀んで視線を逸らした黎智は、小さく息を吐いてから再度玄理に視線を戻した。

「兄を、捜してます」

 玄理はなるほどと心中で納得した。

 自分の兄がゲイバーにいたってことを、あまり口に出して言いたくなかったんだな。

 向かいにいる純二に目を向けると、ちょいっと肩を竦めた。同じように思っていることが分かる。

 ノーマルの人から見ると、玄理のような人たちを異世界人のように感じてしまうだろう。自分の性に自覚した時、玄理も嫌と言うほど経験している。毛嫌いして遠ざかったり、軽蔑の眼差しを向けられたり、好奇の目に晒されたり……。それが身内となれば、なおさら受け入れるのに相当苦悩するだろう。

 黎智にしても、さっき言い辛そうにしていた様子から、かなり懊悩煩悶したことが窺える。

「電話には出ないの?」

「番号、変えてるみたいで……繋がらなくて……」

「お兄さんの名前は?」

「……結智ゆいち

「結智……かぁ」

「どう? 玄ちゃん。知ってる?」

 思案したが、玄理が知る中にはいない名前だ。しかしこの世界では自分の本名を明かす方が珍しい。

「どんな容姿してる? 写真は? 性格は?」

 詰めて訊ねられ、驚きに瞬きを繰り返した黎智は、ポケットからスマホを取り出すと、ファイルフォルダの中から結智の写真画像を検索し始めた……が、ピタリとその指を止めると、スマホを持ったまま視線を泳がせた。

「見せたくないなら無理にとは言わない。言葉で説明してくれたらある程度絞ることはできると思うし。まぁただ確実ではないけどね」

 見透かされてしまった黎智は息を呑んで玄理を見つめた後、視線を落としてしまう。

 結智の写真を見せるのに躊躇してしまう気持ちがあるのは確かだ。だが玄理に捜してもらうなら、顔を知ってもらっていた方がいい。言葉だけでは伝えきれないものもあるし、受け取り方次第では結智を逃してしまうことに繋がりかねない。そう思った黎智は視線を戻すと、玄理にスマホの画面を見せた。そして「えっと、性格は……」と頭の中を整理しながら結智のことを話した。

 その間、玄理は黎智が見せた結智の画像を記憶するように凝視する。自分のスマホで撮って保存しないのは黎智の気持ちを配慮してのことだ。

「分かった。知り合いに当たってみる。取り敢えず一週間待ってもらえる?」

「……はい」

「連絡先交換しておいたら? そしたら分かった時点ですぐに連絡できるじゃない。黎ちゃんも早く知りたいでしょ?」

「あ……」

 純二の言葉に肯いた黎智は持っていたスマホを操作しようとした、が――。

「いや。連絡先は交換しない」

 玄理がきっぱりと言い切る。

「あんまり繋がらない方がいいよ」

 こっちの世界と――。

 玄理はにっこり微笑む。

「それにみんなに連絡取ってすぐに返信が来るとは限らないし、それぞれに仕事だってあるしね。連絡手段はこの店があるから、一週間後、この時間帯にここで待っててもらえたらそれでいいよ。その時点で集まってる情報を伝えるから」

 もう玄ちゃんったら。

 純二は心の中で愚痴る。

 ただ玄理の言うことはもっともなので、純二は残念そうに大きく溜息を吐くだけに留めた。

「分かりました……」

 黎智も素直にスマホを直す。

「それからここにも来ない方がいい」

「え?」

「人捜しだったから今回はしょうがないと思うけど、ここは覚悟がないと来ちゃいけないところだから」

「……」

 覚悟――その言葉が何故か黎智の胸に刺さった。

「玄ちゃん。それは営業妨害……」

「駄目だよ、純ちゃん。アンロックのルールに則ってない。純ちゃんが一番嫌いなことだろう」

 正論を言われ、純二は苦い顔で口を閉じた。

 黎智は紹介されて来店したわけではない。結智が入ったところを見て来ただけだ。つまりは会員になっていないということになる。

 自分が決めた店のルールに絶対な純二もそこを曲げるわけにはいかなかった。

「分かった。ただしこれは人助けにもなることだから、玄ちゃんが連絡先を交換しないなら、結ちゃんが見つかるまでは黎ちゃんの出入りを例外として認めるわ。それならいいでしょ?」

 純二の提案に玄理は「うん」と肯く。

「あとこの席に座るのも禁止にして。黎智はカウンター席、純ちゃんの目の届く所にいること。これは絶対」

「オーケー。それについては私も賛成だから何も言うことはないわ」

 純二と玄理の間で話がまとまったところで、「ということで」と玄理が黎智の方に視線を戻す。

「もう遅いから今日は帰りな。また一週間後ね」

 有無を言わさない響きを感じ取り、黎智は反射的に「……はい」と肯いていた。

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