ゲイバー『アンロック』 2

「ところでさ、あの子、いつからここに来てるの?」

 そして話を戻す。

「一週間、くらいになるかしら。捜し人とはまだ会えてないみたいね」

「その相手って恋人、かな?」

「う~ん、どうかしら? ここまで必死に捜すくらいだから大切な人だっていうことは分かるけど……話し掛けてもあんまり話してくれないのよね」

「んじゃあ、俺が話してみてもいい?」

 一瞬絶句した純二と貴樹だったが、「やめとけば?」と二人は口を揃えて言った。

「え、どうして?」

「怪我を負った野生動物なみに近寄るなオーラを発してるじゃない。下手すると噛みつかれちゃうわよ」

「そうそう。あんまり関わらない方がいいよ。変なことに巻き込まれかねないし」

「でもさここの常連さんを捜してるなら、俺らが情報を持ってるかもしれないじゃん」

「そうだけど、純さんも知らない人だったって言ってたでしょ。聞いてもきっと分かんないよ」

 貴樹の言う通り、この店のママである純二が知らないなら、玄理が知らない人の可能性が高いのだが、この世界の繋がりはこの店だけではない。

 玄理がこれまで付き合ってきた人の中で、彼が捜している人物を知っている人がいるかもしれない。それに一週間も通って見つからないのなら、捜し方を変えなきゃならないとも思う。

 何より、待っているだけというのは辛いだろう。それが大切な人ならなおさら。

「まぁ、シカト前提で話し掛けてみるよ」

 そう言った玄理はすっと立ち上がると、タチスペースの方に近寄って行った。

 純二も貴樹も止せばいいのにといった表情で見送るが、そこまで強く止めなかったところをみると、二人とも玄理の人脈の多さを知っているからだろう。

「こんばんは」

「……」

 にっこりと気さくに挨拶をする玄理に、彼は鬱陶しそうな眼差しを向ける。

 ――へぇ、貴に負けず劣らず可愛い顔してるな。

 自分を睨み付けるように見る彼に、玄理が最初に思ったことはそれだった。

貴樹のように童顔ではあるが、刺すような眼差しからは芯の強さも感じられ、周りに流されない自分の意思に真っ直ぐな性格が窺える。

「俺、玄理って言うんだけど、君の名前、聞いてもいい?」

「……」

 無言を返す彼に怯むことなく玄理が隣に腰掛けようとすると、タチスペースにいたスーツ姿の男性が「玄くん」と声を掛けてきた。

「今日こそは俺の相手してくれる?」

「……はい?」

「声掛けてくれるのずっと待ってたんだけど」

 玄理に声を掛けてきたのは、ここ最近玄理目当てで店に通い続けていた常連客の真崎まさきだった。見た目はイケメンの部類に入るが、度々それを鼻に掛けるような言動があり、性格的に玄理が苦手としている人物だ。

「真崎さん。俺、今この子に声掛けてるんだけど」

「見れば分かるよ。そっちの用事が終わるまで待ってるから、今日こそは相手してよ。君をずっと待ってたんだから」

「残念です。俺、今日はその気ないので。明日も仕事だし、早めに帰るつもりで来ましたし」

「でも少しくらいいいじゃない。やっと会えたんだよ」

 かなりしつこい。これだけあからさまに断っているのに、真崎は全く引く気がない。

 面倒になってきた玄理は、はぁ~と大きな溜息を吐くと「悪いけど」と真崎を睨み付けた。

「この店の知ってるよね? 出禁になっても良いの?」

「でもさ、俺ずっと待ってたんだよ。ちょっとくらい……」

 それでも食い下がろうとした真崎に、「ちょっと、真崎さん」と声を掛けたのは純二だった。

「玄ちゃんに会いたがってたのは知ってるけど……この店のルールに違反しやがったら二度と来店させねぇからな」

「……っ」

 後半、ドスの利いた声音で威圧する純二に臆する真崎。

 この店はゲイたちには優良で有名な店なので、ここで出禁になってしまったら真崎はこの周辺界隈で生き辛くなる。周りからも冷ややかな眼差しを向けられ、結局、その場の雰囲気に耐え切れなくなった真崎はそそくさと店を後にした。

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