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第一錠 ゲイバー『アンロック』 1

 夕方、仕事を終えたつつみ玄理げんりは、最近ご無沙汰になっていたとあるバーへ向かっていた。

 自分が一番自分らしく居られる場所。飲み屋街が並ぶ細い路地に、レトロなレンガ造りの一見普通のバー。

 玄理は慣れた調子でドアを開けた。

 ドアホンがカランコロンと鳴り、来客を告げる。

「あら? げんちゃんじゃない。いらっしゃい。久し振りね」

「久し振り、じゅんちゃん。最近忙しくて……やっと今日来れたよ」

「じゃあ今日はゆっくりできる感じなのね。呑んで呑んで」

「明日も仕事だから、あんま呑めないけどね。お、たかもいたのか」

 玄理がカウンター席にいた渡辺わたなべ貴樹たかきに声を掛けると、貴樹も「よっ」と返事をして手を挙げた。

「久し振り。最近全然来ないから相手が見つかったのかと思ってたよ」

「いやぁ。さすがに難しいなぁ」

 隣に座りながら含んだ言い方をすると、貴樹はクスクス笑った。

「何言ってんだか。ここじゃお前、引っ張りだこだったじゃん。リバは羨ましいわ」

「その日の気分にもよるよ」

 玄理は店のママ(見た目は中年の男性)である純二じゅんじ、通称純ちゃんに「とりまビールね」と注文をする。

「玄は綺麗系だからなぁ。どっちも様になる。ほんと羨ましい奴」

 頬杖をついて悔しそうに言う貴樹に、玄理は苦笑を返した。

 貴樹が言うように玄理は中性的な印象を受ける顔立ちをしている。男性の割に線の細い体躯や、肩にかりそうな長さの茶髪からも、女性らしい色香を感じさせるものがある。

「でも貴は俺を誘わないよな。どうしてだか聞いてもいい?」

 貴樹はブスッとした顔で頬を膨らませると、「言わなくても分かるじゃん」と口を尖らせて言った。

「ネコの俺より綺麗な奴に抱かれたくないから」

「まぁ、貴ちゃんは可愛い系だからね。はいビール」

 玄理が注文したビールを運びつつ、純二が会話に入ってきた。

「そうでなくてもネコの子達は玄ちゃんに手ぇ出し辛いわよ。実際、タチの子達からのお誘いの方が多いでしょ?」

「まぁ……確かに。どっちも気持ちいいから俺としては全然構わないけど」

「余裕な感じがまたムカつくんだけど」

 「まぁまぁ」と純二が窘める。

「ここでリバは珍しいしね。引っ張りだこにはなるかも。それで、今日はどっちの席に座るの?」

 このバーは会員制(紹介制)のバーで、互いに気が合えば『お持ち帰り』もできるゲイバーだ。お持ち帰りしたい、もしくはされたい男性は、自分の属性である通称『ネコスペース』か『タチスペース』で相手を待つというシステムになっている。

「いや、今日は……」

 どっちもイケる玄理だが今日は断ろうと思いつつ視線を流すと、ふとタチスぺースに見知らぬ誰かがいることに気付いた。

「ねぇ、純ちゃん。あの子……」

「あぁ、あの子は……ちょっと事情があってね」

 純二に言われなくてもタチスペースにいる彼がノーマルであることは纏う雰囲気で分かる。それと共に誰も寄るなというオーラまで放っているので、タチスペースに座っている男性もチラチラと落ち着かない状態でその子を見ている。

「……あの場所の意味、教えてあげた方が良いんじゃない?」

「それ俺も思う」

 貴樹も玄理に同意するように言う。

「いやいや、さすがに私もオブラートに包んで教えたわよ。でもあの席がいいって言うのよ。出入口が見やすいからって」

「出入口?」

 小首を傾げる玄理に、仕方ないといった表情で純二が溜息を漏らした。

「あの子、人を捜してるんですって」

「人捜し? え、ここで……?」

「この店に入ったのを見た翌日にいなくなったらしいわ。だからまたここに来るかもしれないって待ってるのよ」

「純ちゃんが知ってる人?」

 玄理の問いに肩を竦めた純二は「名前聞いたけど、全く知らない人だったわ」と言う。

「じゃあ、ここの常連じゃないってことだよね。それだと誰かと一緒に来たか、ここで待ち合わせしてたってことになるのかなぁ」

「そうなるわねぇ。でも誰といたかまでは憶えてないって言ってたのよね」

 会員制であるため、初回は会員になっている常連と一緒に来店するか、会員との待ち合わせで来店するかのどちらかになる。紹介もない完璧な初回のお一人様は基本お断りしているのだ。

「純ちゃんも憶えてないなら一見さんだったのかなぁ? 常連さんに紹介されて来た日に、ここで良い人と出会えて来なくなったとか?」

「えぇ? そんな運命的な出会いある? 羨ましいんだけど」

 ぶすっとした顔で貴樹が声を上げた。

「貴ちゃんだってずっと口説いてくれてる人いるじゃない」

瀬川せがわさんのこと?」

「へぇ、そんな人いたんだ」

 初耳だと玄理も会話に入る。

「まぁ、確かに良い人だけど……」

 どこか物足りないのだと、その表情が語っていた。

「ゆっくり関係性を築くっていうのも素敵じゃない?」

「発展するかどうかは分かんないよ」

「分からないなら試しに付き合ってみるのも一つの手だと思うけど」

 腑に落ちない様子の貴樹に、ちょっとした提案のつもりで言ってみた玄理だったが、そもそも誰かと付き合う気がないようだと察するとそれ以上話を掘り下げることをやめた。

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