黎智の思い

 綺麗な人と会った。

 それは見た目だけではなく、芯の通った中身も綺麗な人。そして自分には絶対に手の届かない高嶺の花のような人。

 こんな人になりたいという憧れと似ている。

 接した時間は長くないのに、そう思わせるだけのカリスマのようなものを持っているとも思った。

「あんな人もいるんだ……」

 ベッドに仰向けになった状態で黎智は呟いた。

 アンロックという場所が、そういう人たちの出会いの場となっていることは理解していた。結智を最後に見掛けた場所だったため、下調べをしていたからだ。

 ゲイバーだと知った時は正直ショックを受けたのだが、入店してみてしばらくすると最初に抱いていた固定観念は覆された。

 先程言っていたアンロックのルールがあるからか、客同士の適切な距離がきちんと保たれており、普通のバーとしても楽しめる雰囲気があった。

 玄理の言っていたカウンター席云々のことは黎智には分からなかったのだが、帰ってからよくよく考えると意味は何となく察した。

「玄理さん、って言ってたっけ……」

 あの容姿から察するに相当モテるだろう。そう言えば、さっきも男性に声を掛けられていた。まぁ、男性はフラれたようだが。

 黎智は考えを切り替えるようにはぁと大きな溜息を吐くと体を横に向けた。

「結智……帰ってきてくれるかな」

 何も言わずに出て行った結智のことを捜すかどうかで黎智は迷っていた。アンロックの場所の意味を知ってからはなおのこと捜して良いのか迷った。

 結智としては知られたくないことだったかもしれない。センシティブな問題だからこそ、黎智にも何も言わずに家を出て行ったのではないかと。

 だとしたら結智を捜すべきではないのかもしれない。

 そうやってしばらく悩んでいたが、やはり結智の口からはっきりとした答えを黎智は聞きたかった。

 大学を卒業してから一緒に家を出た結智と黎智は、家賃や光熱費が折半できるという理由で一緒に暮らしていた。各々各自で自分のことをし、仕事をし、時間が合えばたまに一緒に食事をしたりして日々暮らしていた。年子で兄弟仲も良く、兄というよりは友達のような感覚で黎智は結智に接していた。兄弟だから話も合うし、趣味も合うし、冗談も言い合えるし、互いに気の置けない相手であったことは間違いない。

 何でも言い合える仲だったと思うが、自身の性問題ともなるといくら兄弟とはいえ言い辛いものがあるだろう。いや、兄弟だからこそ言い辛いのかもしれない。

「……お願いだから帰ってきて、結智」

 結智のいない寂しさを埋めるように体を丸めた黎智は、そのまま毛布に包まり一人眠りに就いた。


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