第26話 幸せ者

 浅井あさい あきら、17歳。

 今をときめくロックバンド、『継ぐ音』のギターボーカルだ。


 インディーズでありながらもライブが決まればチケットは即日完売、新譜を出せば音楽配信サイトで上位にランクインする。

 ロック界に突如として現れた超新星、それが『継ぐ音』だ。


 そんな『継ぐ音』での華々しい活躍とは裏腹に、学校での俺は冴えない。

 クラスで1番地味で暗くて目立たないモブキャラ。キングオブモブキャラだと言っても過言ではない。


 しかしそんな俺にも、春が訪れた。

 高校2年の夏休みを目前にして……遂に!


 ——彼女ができたのだ。


 しかもお相手は、学年1のモテ女子、今村いまむら いつきだ。


 学校での俺からすれば、とても不釣り合いな相手だ。


 まあ、俺たちは6月前から恋人役として関係を育んできたわけだから傍目に関係が変わる事はないが……とにかく、これで俺も彼女居ないイコール年齢から卒業なのだ。


「なあ、今村と浅井……なんか良い事あった?」

「「えっ」」


 俺といつきと小森さんと寺沢のいつもの4人でランチをとっていると、寺沢にそんな突っ込みを受けた。


 勿論あった……いつきと正式に付き合えた事だ。

 でも……それは、寺沢には言えない。むしろ寺沢にだけは言えない。


 俺たちが少し、もにょもにょしていると寺沢はさらに突っ込みを入れてきた。


「あっ! お前らもしかして、あれか! 男とおん……「死ねっ!」」


 その寺沢の突っ込みに、小森さんが容赦なく拳で突っ込みを入れた。


「なんで、あんたはいつもそうなのよ! そんなんだからいつきに振られたのよっ!」


 うっ……寺沢のことだけど、傍で聞いている、俺の胸が痛くなった。


 なんて破壊力のある、容赦のないツッコミだ。

 だけど、当の寺沢は全くへこたれていなかった。

 さすが四回も樹に告ったツワモノだ。


「いや、だって……そんなモジモジしてたら気になるじゃん……お前だってそうだろ? 本当はこいつらがどこまでいったか聞きたいんだろ?」

「おりゃっ!」

「うぐっ……」


 そして、また繰り出される小森さんの容赦のないボディーブロー。

 2人は2人でなかなかいいコンビだ。


「で、実際のところどうなの? 2人は」


 そして、いつの間にかニヤニヤしながら小森さんがインタビュアーに変わっていた。


「ちょっと、優花ゆうか! 何、寺沢に感化されてるのよっ!」

「いやーだって気になるじゃん、イマドキの高校生の恋愛事情」

「優花だって、イマドキの高校生でしょ!」

「でも、私は彼氏いないしさぁ〜」

「なんだよ、お前、彼氏欲しいとか思ってんのかよ?」

「そうだね〜、寺沢以外でいい人がいたら、考えるけどね」

「ちょ、待てよ、俺はダメなんかよ!」

「だって……親友に四回も告った男と付き合ったら、私が引かれちゃうよ」

「うるせーよっ!」


 なんだ……この流れるような会話は。

 皆んなに、仲良くしてもらってはいるけど、このペースになるとついていけない。


「あ〜ほらっ、寺沢がつまんない話しばっかしてるから、浅井が退屈そうじゃん」

「えっ、いや……大丈夫だよ。俺、退屈なんて全然していないし」


 凄いな……小森さん。

 さり気なく俺なんかにも、気遣いができて。

 いつきからも聞いてるけど、本当にいい子なんだろうな。


 ……バンドは成功して、友達は優しくて、可愛い彼女がいる。


 ——本当に俺は幸せだ。


 でも、俺だけがこんなにも幸せになって……本当にいいのだろうか。



 *



 ——放課後。


あきらは今日は部活だったよね?」

「うん……部活の日だけど、今日はちょっと」

「ちょと、どうしたの?」

「病院に行こうと思って」

「……えっ、病院? どこか悪いの?」

「ああっ、悪くない悪くない、どこも悪くない」

「じゃぁ、なんなの?」

「お見舞いに行こうと思って、ついでに彼女ができた報告も」

「え……」

いつきん家、通り道だから送ってくよ」

「……うん」


 そんなわけで、俺はいつきを送り届けてから病院に向かった。


 俺が今から会いに行く彼女は……3年間目を覚ましていない。


 だけど植物人間ではない。

 

 3年前に事故にあってから……意識がもどらないのだ。



 *


 

「久しぶりだね……真希まき姉ちゃん」


 当然のように真希姉ちゃんからは返事は返ってこない。


「『継ぐ音』のね全国ツアー終わったよ……で、今は夏フェスに備えて新曲作ったり、リハしたり……まあ、忙しくやってるよ」


 真希姉ちゃんは。


「でね……俺、ついに彼女ができたんだよ」


 俺の幼馴染であり。


「彼女さあ……真希姉ちゃんの曲が好きでね……はじめて部屋に行った時……真希姉ちゃんが初めて俺に歌ってくれた曲を歌ってくれたんだよ! なんか凄い運命感じたよ」


 舞子まいこ姉ちゃんの妹。


「じゃぁ真希姉ちゃん……また来るね」


 そして、俺の歌の師匠、シンガーソングライター『夢音ゆめおと』だ。


 俺が『継ぐ音』を結成したのは……真希姉ちゃんの夢を継ぐためだ。


 真希姉ちゃんが最初に書き、最後に残した曲のタイトルと同じ、『夢を継ぐもの』として。

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