第24話 つたないラブソング

 自分で言うのもなんだけど、華々しい『継ぐ音』での活動とは裏腹に、俺は学校では陰キャの部類だ。

 そんな俺の家のキッチンに、学年で一番のモテ女子、いつきがエプロン姿で立っている。

 こんな夢のようなシチュエーション、2年に進級した頃には想像したことすらなかった。

 むしろ……ここまで仲良くなれたことすら、想定外なのだから。


「できたよ! テーブルに並べるの手伝って!」

「……うん!」


 いい匂いだ。

 ……この匂いは……レモン?

 

いつき、この唐揚げってレモン?」

「おっ、気付いた? 最近コンビニで売ってた塩レモン唐揚げが美味しかったから、味付けパクってみたの」


 ドヤ顔で樹はそう言った。


「パクったって……」

「いい物を取り入れる謙虚さは大切よ」


 ……確かに、でもこれは唐揚げというより、素揚げに近い。


「まあ、とりあえず食べてみてよ」


 *


「「いただきま〜す」」


 一口食べてみて分かった。

 唐揚げなのに……全然脂っこくない。

 塩レモンの爽やかさもあるけど、恐らく素揚げ同然の極端に薄い衣のおかげだ。コッテリ系なのにあっさりしているからバクバクいける。


「どう? 美味しい?」

「うん、めっちゃ美味しいよ!」

「良かった」


 きっと脂身が苦手って言ったから、衣を薄くしてくれたんだろう。まあ……リクエストはガン無視だったけど、いかにもいつきらしい気遣いだ。


「ちょっと食べるの早すぎない? そんなに慌てて食べなくても唐揚げは逃げないわよ」

「そうだよね……なんか早食いが癖になっちゃってて」

「もうっ、もっと味わって食べてよ」

「そうだよね」


 なんて言いながらも俺はあっという間にいつきの作ってくれた唐揚げを平らげた。


「ご馳走さまでした」

「…………」

「どうしたのいつき?」

「結構な量作ったつもりだったけど……晃って案外大食いなのね」

「うん……そうかも」

「じゃぁ、この間家に泊まった時、足りなかったんじゃない?」

「ううん……あの時は胸いっぱいで」

「何よ、胸いっぱいって……」


 お風呂とか裸エプロンの妄想とか……いっぱいです。


「まあ、いいわ……でも不思議ね」

「何が?」

「今、こうしてることが」

「まあね」

「私……晃とこうやって、仲良くなるって全然想像していなかった」

「……俺もだよ、あの時、いつきが消しゴム忘れてなかったらいまだに話してなかったかもしれないよ」

「あれは忘れたんじゃないわよ……誰かに悪戯されたのよっ!」

「えっ……それ本当?」

「本当よ……」


 悪戯とは思っていなかった。でも……その誰かに感謝だ。


「……晃が隣の席でよかった」

「俺も樹が隣の席でよかった」

「こっ、珈琲入れるね!」


 いつきは少し照れながら逃げるように、珈琲を入れに行った。


 我が家で初めて振舞われる、いつものいつきの苦い珈琲。

 あんまり得意じゃないけど……俺はこの味をずっと味わい続けたい。


 ——だけど、この中途半端な関係でそれを望むのは間違いだ。俺はそう結論付けた。

 だから伝える。

 言葉だけでは足りない想いを——歌にのせて。


いつき……そろそろ聴いてもらってもいいかな?」

「『継ぐ音』の新曲……だよね」

「そうだよ……『継ぐ音』初のラブソングをいつきに捧げるよ」

「……捧げるって」

「……いつきのことを想って書いた。だから、樹に捧げるよ」

「……うん」


 ……緊張する。

 どんなステージよりも緊張する。

 こんなにも色んな感情が交錯してドキドキするのは生まれてはじめてだ。


 俺の緊張が伝わったのか……いつきの表情も少し強張っている。


 緊張して指が思い通り動かなくてミスだらけのイントロだった。

 歌が入ってからもストロークの力がいつもより強くて、リズムも少しよれているのが自分でも分かった。

 スリーコードのシンプルな曲だ。

 目を瞑っていても、弾ける簡単なフレーズなのに……俺は無様な演奏を披露した。


 ……でも……それでもいい。

 うまく演奏プレイすることが、うまく歌うことが目的じゃない。


 いつきに伝わればいいのだから——


 こんなにもボロボロの演奏をしたのはいつ以来だろうか。

 こんなにもヒネリのない歌詞を書いたのはいつ以来だろうか。


 俺は歌った。

 いつきに……届くように。


 つたないラブソングだけど……

 不器用なラブソングだけど……

 これっきりのラブソングだから——いつきに。


「…………」


 演奏が終わっても拍手はなかった。

 だけど、いつきは目を潤ませて俺を見つめていた。


「俺はね……ずっといつきのことを好きになっちゃいけないと思ってた。それが樹のためであり、自分のためだと思っていた」

「……うん」


 俺が樹のことを好きになるってのはミイラ取りがミイラになるようなものだ。だから我慢していた。ずっと気持ちを押し殺していた。


「でもね、あの時、いつきが私はやりたいようにやる。だから晃も気にしないで欲しい』って言ってくれたから、俺は好きなようにやることにしたよ」


あきら……」




いつき……好きだ。俺の彼女になってほしい」




 言った……ついに言った。

 だけど樹はしばらく、黙りこくったままだった。




あきら……私ね、好きな人がいるの」




 ……例のアキラくんか。


「私……一途なの、だから誰と仲良くなっても、誰に告白されても心が動かないと思ってた」


 ……思ってた?


「でも……私……一途じゃなかったみたい」


 ……それって?




「私も晃が好き。だから彼氏になってください」




 俺のつたないラブソングがいつきに届いた。

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