第23話 はじめての

 ……今日は朝からソワソワしているのが自分で分かる。

 楽しみで仕方ない出来事があるからだ。


 今日はいつきと例の約束を交わして以来、初めて訪れる部活のない放課後。

 そう……つまり今日は——いつきが初めて我が家に来る、記念すべき日なのだ。


 この日に合わせて俺は、あるサプライズを用意している。いつきがこのサプライズをどう受け止めてくれるかも気になる。


「ねえあきら、冷蔵庫の中見てきてくれた?」

「うん、見てきた……予想通り空っぽだったよ」

「そう……じゃあ予定通りスーパー寄って行こうか」

「……うん」


 学校帰りにスーパーで買い物……そんなラブコメイベントみたいな事が現実に起こり得るなんて……いつきと出会った頃は思ってもみなかった。


「どうしたの晃……もしかして照れてる?」

「……若干」

「可愛いな晃は」


 なんて言いながら頬をツンツンしてくるいつき。これもちょっと照れくさい。


 元々オープンな性格だったけど、家に泊めてもらったあの日以来、いつきは色んな事を隠さなくなった。

 ……学校でも寝技以外のプロレス技なら掛けてくる程に。

 これには付き合いの長い、小森さんや寺沢も驚いていた。


「何か食べたい物ある?」


 食べたい物か……「肉?」ぐらいしか思い浮かばなかった。


「草食系なのに肉が好きなの?」


 ……草食系。やっぱ分類すると俺はそうなるのか。


「うん……脂身は苦手だけど、赤身の肉が好きなんだ」

「よしっ、じゃあ唐揚げにしよう!」

「えっ」

「何? 不満なの? 唐揚げも肉だよ?」

「不満なんてないよ⁉︎ 唐揚げも大好きだし!」

「じゃあ、問題ないよね!」


 問題はないけど……俺のリクエスト。


 そして、スーパー迄の道中で事件は起こった。なんと……いつきが手を繋いできたのだ。

 しかも、指と指を絡め合うこの繋ぎ方は——恋人繋ぎだ。


「どうしたの?」


 驚いていつきの方を見ても、樹は普段と全く変わらない様子だった。俺が意識し過ぎなのだろうか?


「また、照れてるの?」

「……うん」当然照れている。

「不思議な人だね、晃って」


 何が不思議なのか分からないけど、俺から言わせるといつきの方が不思議だ。


 学校からスーパーまで、歩いて10分は掛かる距離なのに、ほんの数十秒で着いたと錯覚する程、あっという間に着いた。


 ……そしていつきは繋いでいた手を離した。


「大丈夫よ、また繋いであげるから」


 未練がましそうにしている俺に、いつきは、笑いながらそう言ってくれた。

 色々見透かされているようだ。


 ——2人カートを押してキャッキャウフフしながら食材を選ぶ。そんなシチュエーションは待っておらず、いつきがぱぱっとカゴに入れスーパーの滞在時間はほんの一瞬だった。


「買い物って、いつもこんなに速いの?」

「そんなこともないけど、今日は作る物も決まってるし、明日も学校だからダッシュで選んだよ」


 なるほど……今日はゆっくり買い物タイムを満喫する条件を、一切満たしていなかったようだ。



 *



 ウチのマンションに到着したいつきの第一声は——

 

「うわ……いいマンションに住んでるのね」


 だった。


「……そうでもないよ、中は普通だよ」

「怪しいなあ〜」

「上がれば、分かるよ」

「それもそうだね!」


 ウチのマンションのエレベーターにいつきが居る……なんだか不思議な気分だ。


「おじゃまします……っていうか、広っ! っていうか、めっちゃお洒落だね」

「荷物が少ないだけだよ」


 実際のところ広さは然程さほどでもないけど、両親も俺もミニマリストで極端に荷物が少ないから、普通より広く、お洒落に見えるのだ。


「あっ……言われてみればそうね……ウチと違って恐ろしいほど生活感がないわね」

「まあ、実際あんまり生活してなかったりするんだけど」

「あはは……笑えねー」


 流石のいつきも苦笑いだ。


「よっしゃ! じゃあ、美味しい唐揚げ作る前に……」


 いつきが気合を入れて悪戯いたずらっ子の顔になっている。


「まず、晃の部屋を物色しないとね!」

「物色って……何もないよ」

「男は皆んなそう言うんだよ!」


 皆んなって……誰!?


「つーか、部屋どこよ!」

「突き当たりの部屋だよ」

「よっしゃ!」


 初めていつきの家に行った時、俺は樹の部屋の扉を開けることすら躊躇っていたが……樹は何の躊躇いもなくズカズカと俺の部屋に入っていった。


「うわっ! すっげー!」


 俺の部屋に入ったいつきの第一声だった。


「壁一面にギターが掛かってるとは思わなかったわよ……これ全部でいくらしたの?」

「エンドースでメーカーから提供してもらった物が大半だから、殆どタダだよ」

「えっ……タダ? 無料?」

「……うん」

「え————————っ!」

「……そんなに驚かなくても」

「驚くわよ……でも、なんでタダでくれるの?」

「広告の一環らしいよ……契約の事はエージェントに任せてるからよく分からないけど、ウィンウィンって言ってた」

「そうなんだ……流石『継ぐ音』ね」

「俺たちだけの力じゃないけどね」

「そんな事ないよ! 実力だよ! 私、晃の歌もギターも有名になる前から好きだよ!」

「……ありがとう」


 ……なんて嬉しい言葉なんだ。


「……やっぱりミュージシャンなんだね!」

「一応ね」

「ねえ後で、一曲聴かせてくれる?」

「もちろん、まだメンバーにも聴かせていない新曲があるんだ」

「……それを聴かせてくれるの?」

「うん……だっていつきの事を想って作った曲だから」

「えっ……」

「後で、聴いてね」

「……う、うん」

 

 俺のサプライズは、この新曲だ。

 この曲が今の関係を崩さずに、この気持ちを伝えるための1つの俺の答えだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る