第21話 ある日のスタジオ練習のお話し

『継ぐ音』のスタジオ練習が終わり、機材を宗生むねおさんの車に積み込んでいると——


「だから行かないって言ってるじゃん、そこ退いてよ」

「いいじゃん、行こうぜ」


 少し離れたコンビニの前で、3人組の男が女の子2人の行く手を阻むようにして、ナンパをしていた。女の子のうちの1人はアコギを背負っていた。彼女達もスタジオ帰りなのだろうか。


「アイツら進路塞ぎやがって……なかなか強引なナンパだな」

「本当ですね宗生……完全に女性は嫌がってますよ。助けに行きますか?」

「ああ、勿論だ……あきら、お前も来いよ」

「……あ、はい」


 女性の声が聞こえた時からこうなる予感はあった。無類の女好きの宗生さんと浩司こうじさんからしたら、この手の揉め事は女性とお近付きになれる、良い切っ掛けなのだから。


「なあ、お姉さん達、困ってる?」

「お困りでしたら、僕たちが解決して差し上げましょう」


 宗生さんと浩司さんは友達にでも話し掛けるように、ナンパに割り込んでいった。


「ああ? 誰だテメー?」


 女の子は無反応だったが、男連中は即座に反応した。


「いっ……!」


 ……そして、2人の姿を見て——男達は絶句した。


 宗生さんは190センチ超えの長身で金髪ロン毛。

 浩司さんも負けず劣らずの長身で、アフロマッチョ。

 2人とも格闘家も顔負けの体格で、見たの迫力は相当なもんだ。俺も最初会った時はめっちゃ怖くて、逃げ出しそうになったのを覚えている。


「なに君たち……俺らと遊んでくれるの?」

「いっ……いえ、僕たち丁度帰るところだったんで……なっ、なあ?」

「あっ……ああ」

「帰ろう⁉︎」


 男達は一目散に逃げ出した。正しい判断だと思う。


「あのっ……ありがとうございます!」


 そして、お礼を告げた女の子は俺の見知った顔だった。


「あれ? 柿本さんと確かに軽音部にいた……」


 2人組は同じクラスでいつきとちょくちょく対立している柿本さんと、名前は知らないけど、この間、軽音部にいた女子部員だった。


「何だ、晃の知り合いなのか?」

「同じ学校なんです。こっちの彼女はクラスメイトで、そっちの彼女は部活で見かけた事がある子です」

「晃くん……青春してるんだね」

「クラスメイトとか部活とか……マジ羨ましいわ」


 青春……顔見知りレベルを青春と呼んでいいかは分からないけど、最近は確かにいつきのおかげで青春しつつある。

 それよりも——


「2人はこんな時間に何してたの?」

「…………」


 質問を投げかけても2人は固まっていた。つーか、この固まり方は知っている。


 いつきかえでさんと同じ固まり方だ。


 そして俺は大失態に気付く。


 ……俺は今『継ぐ音』のアキラだったのだ。


「「アキラ様っ!」」


 ——やっぱりこのパターンだった。


「ていうか……『継ぐ音』の皆さん!」


 そして軽音部の子が、宗生さんと浩司さんの事にも気付いた。


「んだよ、俺と浩司だけじゃ、分からなかったんかよ」

「愚痴っても仕方ないですよ宗生。晃くん『継ぐ音』の顔なんですから」


 ナンパ現場は騒然となった。

 柿本さん達がキャーキャー騒ぐもんだからコンビニの客や店員も出てきて、ちょっとした握手会みたいになってしまった。


 だけど深夜という事が幸いして、騒ぎは割と早めに収まった。



 *



「アキラ様、本当にありがとうございます!」


 俺の手を取り礼を告げる柿本さん。だけど。

 

「いや……俺は何もしてないよ」

「そんな事ないです!」


 軽音部の子が、柿本さんに続く。


 苦笑いを浮かべる浩司さんと、恨めしそうに俺を睨む宗生さん。浩司さんはともかく、宗生さんにしては珍しく大人な対応だ。


「あの……アキラ様がクラスメイトってどう言う事ですか?」


 そうだった……何て答えるべきなのだろうか——今更人違いでしたとか、言えないし……数分前の俺の馬鹿! 何て考えていると。


「浅井だよね? 柿本と同じクラスの」

「えっ、浅井⁉︎」


 軽音部の子が答えにたどり着いてしまった。

 

「……うん」

「え——————————っ!」


 柿本さんは声を上げて驚いていた。


「やっぱり! 前に部室で歌ってたのって声似てるってレベルじゃなかったもん! ウチ、ずっとそうだと思ってた!」

「……あは、そうなんだ……でも皆んなには内緒にしておいてね」

「うん、勿論!」


 軽音部の子は快諾してくれたが、柿本さんはまた固まっていた。


「その代わりと言っては、なんだけど……これに皆さんのサインを下さい!」


 ……そう言って、手に持っていたアコギを差し出した。


亜希あきへって書いて欲しいです!」


 ……ちゃっかりしている。


「サイン……俺はいいけど」


 ……宗生さんと浩司さんはどうだろう。


「俺もいいぜ」

「僕もいいよ、晃くんの知り合いだしね」


 浩司さんはともかく、一連の宗生さんの大人対応……なんか後が怖い気がする。


「……ところで、なんで2人はこんな時間にこんな所にいたの?」

「ウチら、この近所なの。で、柿本にアコギの弾き語り練習に付き合ってもらってたの」

「そうだったんだ」

「『継ぐ音』の皆様は?」

「俺らはスタジオだ」


 宗生さんが食い気味に答えた。


「おおっ! 天下の『継ぐ音』が、こんなローカルな所で練習していたのですね!」

「ああ、ここは俺と浩司の地元だからな」

「ええっ! そうだったんですね⁉︎  何中学ですか?」

「北中だ」

「えっ! 私もです!」


 中学ネタを皮切りに宗生さん達と亜希さんが地元話しで盛り上がりはじめた。


 だけど柿本さんは話題に取り残され……というか、まだ呆然としていた。


「柿本さん?」

「……ご、ごめん……助けてもらったのに衝撃が強すぎて、頭が回らない」

「……まあ、そういう事なんだ。柿本さんも内緒にしておいてね」

「……うん」


 3人は俺と柿本さんの様子を気にする事なく、盛り上がっている。こんな時、話題の作れない俺は手持ち無沙汰になってしまう。


「……ねえ、今村は知ってるの?」

「うん、知ってるよ」

「……だから、付き合ってるの?」

「違うよ……今村さんが俺が『継ぐ音』だって知ったのは恋人(役)になってしばらくしてからだよ」

「……そっか」


 俺達がムニムニしている間に、3人の中で柿本さんと亜希さんを送って行く事が決まっていた。

 車の中……俺はいつきへの報告で頭がいっぱいになって、殆ど会話に参加出来なかった。

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