第19話 嵐の金曜日〜その4
夜が更け雨風が強くなると、今村さんは途端に大人しくなり、布団の中で小刻みに身体を震わせ、ぎゅっと俺を抱きしめていた。
——風の音が苦手だって言ってたのは、どうやら本当だったみたいだ。
「凄い音だね」
「……うん」
「……停電とか……ちょっと心配だね」
「……うん」
言葉数少なく、とてもしおらしい今村さん。
……めちゃくちゃ可愛い。
もしかして、今日やたら挑発的だったのは、怖さを紛らわせるためだったのだろうか——そう考えるとフルボッコだったけど、何となく俺は良い仕事をしたのだと思う。
「…………」
——台風のピークが過ぎたのか、30分ほどで雨風の音はマシになってきた。
「……
そしてその頃には、今村さんは俺の腕の中でぐっすりだった。
「…………」
俺も寝よう……そう思い瞳を閉じたが——今日の出来事を思い返すと、悶々として眠れなかった。
お風呂、名前呼び、手料理、耳攻め——そして隣で眠る今村さん。
——完全に蛇の生殺しだ。
だけど……天使のような今村さんの寝顔を見て俺は、そこはかとない幸せを感じていた。
——俺は今村さんのことが……好き……だよな。
彼氏役を頼まれた時は、今村さんの事を好きになってはいけないと思っていた。
俺は単なる男除けで、今村さんの恋愛対象ではないと思っていた。
でも、これまでの俺に対する今村さんの振る舞いは恋人そのものだ。ここまでの過度なスキンシップは、いくら今村さんが男前な性格とはいえ、恋人のフリで出来る範疇を超えてしまっていると思う。
——今村さんは俺の事をどう思っているのだろうか。
男子の中では一番好きだと言ってくれたけど……それは恋愛対象としての好きなのだろうか。
「…………」
何度考えても答えは出なかった。
そして考えを巡らせている間に……俺は眠ってしまった。
——色々あったけど、嵐の夜は何事もなく過ぎた。
……はずだった、が——目が覚めると、瞳を閉じた今村さんの顔が目の前にあり、そして——俺と今村さんの唇と唇が触れ合っていた。
つまり——キスだ。
この一瞬で色んな考えがよぎったが、とりあえず俺も瞳を閉じた。
これって今村さんから……だよね?
事故? それとも故意?
目覚めにこんなハプニングが待っているだなんて思ってもみなかった。
どれぐらいの時間、唇が重なっていただろうか。ほんの一瞬だったかも知れないけど、とても長く感じた。
唇が離れると今村さんは少し体勢をずらし、今度は俺の頭をぎゅっと抱きしめた。
結果——俺は今村さんのおっぱいに顔を埋めることになった……物凄く柔らかくて、温かい。
つーか、朝から刺激が強すぎる。
そして——
「
不意に発せられた言葉が、俺の心を大きく揺さぶった。
……いま、晃好きって聞こえたけど。
今村さんは、そのひとことを残し、部屋を後にした。
俺はベッドの中で、ただただ混乱していた。
……好きって言ったよね?
……空耳じゃないよね?
本当だったら、めちゃくちゃ嬉しい。
だけど——色んな感情が入り混じって、一瞬にして心の中がぐちゃぐちゃになってしまった。
……少しすると今村さんが部屋に戻ってきた。
「晃……起きて」
どんな顔をしていいか分からなかった俺は、とりあえず寝ているフリでやり過ごすことにした。
「…………」
「晃……早く起きて着替えないと大変だよ。うちの家族帰って来てるから」
えっ。
「おっ、おはよう!」
「おはよう晃」
寝たフリなんてしている場合じゃなかった。
「挨拶するでしょ?」と言い着替えを手渡された。
「もちろん!」
今村さんはベッドに座り、慌てて着替える俺を当たり前のようにガン見していた。
「な……何かな?」
「いや〜、相変わらずいい身体してると思って……つーか、恥ずかしいの?」
「う……うん」
「もう、昨日全部見ちゃったよ?」
「いや、でもあれはお風呂だし」
「じゃぁ、今もお風呂に入ってると思えばいいんじゃない?」
そんなふうに思える訳がない。だけど今村さんは完全に悪戯っ子の顔になっている。こうなると抵抗するだけ無駄ってもんだ。
俺は無駄な抵抗をやめ、熱い視線が送られる中、着替えた。
「髪ボサリ過ぎだね、セットしてあげるよ」
学校では拒否っていたが、流石にここでは断れない。
「……お願いします」
今村さんは鼻歌を歌いながらライブ時にするようなマンバンヘアーにセットしてくれた。
「やっぱ、セットすると男前だね! いつもやりたくてウズウズしてたんだ〜」
「……ありがとう」
念願が叶い、ご満悦のようだ。
「さっ、行こっか!」
「ちょっと待って……まだ心の準備が」
「何よ……心の準備って」
「だって……御両親と会うんでしょ」
「そうだよ」
「めっちゃ緊張してる、ライブより緊張してる、めっちゃドキドキしてる」
「何でライブより緊張してるのよ」
今村さんは半笑いで俺の胸を触ってきた。
「本当だ……めっちゃドキドキしてる」
ちなみに、このドキドキは緊張だけではない。
「もうっ、仕方ないなあ」
今村さんはそう言って俺の手を取った。
「はい、手繋いでてあげるよ、これなら大丈夫でしょ?」
「大丈夫どころか余計に心拍数が上がった気がするよ!」
「大丈夫、大丈夫!」
今村さんは俺の言葉なんて意に介さず、手を繋いだまま家族の待つリビングに向かった。
最初に出迎えてくれたのは、お姉さんだった。
「お姉ちゃん、彼氏の浅井晃」
彼氏役ではなく、普通に彼氏と紹介してくれた。
「こんにちは、浅井です」
「あっ、こんにち……」
俺の顔を見てお姉さんは固まった。
「どうしたのお姉ちゃん?」
「お〜い」今村さんが目の前で手を振って、ようやくお姉さんは反応した。
「あっ、ああ、何でもない……彼氏、随分雰囲気変わったね……『継ぐ音』のアキラ様にそっくり」
今村さん……ご家族にも言ってなかったのか。
ここも隠した方がいいのだろうか。
なんて考えていたけど。
「何言ってるの、お姉ちゃん——本人だよ」
あっさりと今村さんはカミングアウトした。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
声にならない声でお姉さんは驚いていた。
今村さんはというと——いつもの悪戯っ子の顔になっていた。
「どうも、『継ぐ音』の浅井晃です」
「いっ、い、今村
お姉さんは、繋いでいた今村さんの手を強引に外し、両手でがっしりと握手してきた。
「いつも応援してます! 大ファンです!」
「……ありがとうございます」
「樹っ! 聞いた? アキラ様がありがとうだって!」
「はい、はい、聞いたわよ」
「ていうか、何で? 何でアキラ様があんたの彼氏なの?」
「……同じクラスなんです」
「嘘っ! 何で! アキラ様って歳下なのっ⁉︎」
お姉さんの勢いは止まらず、今村さんのご両親に挨拶できたのは、もうしばらく経ってからの事だった。
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