第18話 嵐の金曜日〜その3

 食後は今村さんの部屋で、いつものようにブラックコーヒーを飲みながら肩を並べて格ゲーをしていた。

 いつもと違うのは2人の距離だ——操作ミスを引き起こすレベルで密着している。

 条件は今村さんも同じかもしれないが、女子に対する耐性面で俺が不利なのは水着事件でも明白だ。

 そんなもんで今日の俺は精彩を欠き1勝もできていない。


「やったね! また私の勝ち! 私覚醒しちゃったかな?」

「そ……そうだね」

「あっ、何その言い方? 本気で思ってないでしょ」

「え、あ、うん……」

「よし、その喧嘩買った」

「ええっ……」


 肯定しても否定しても結果は同じだ。前にスクールカーストの話をしたら全否定されたけど、今村家カーストでは間違いなく俺は底辺だ。


「だって……ほら、俺今日動きにくいし!」

「体操着なのに動きにくいわけないじゃん!」

「……そうじゃなくて、ピチってるし、密着してるし」

「何それは、リアルプロレスに持ち込みたいってアピール?」


 どう解釈したらその結論になるのだろう。


「お望みどおり、第二ラウンドよ!」

「いや、今日はまずい……色々まずいって」

「何がまずいの?」

「……だって今日は」


 二人っきりの夜だ。


「問答無用! とりゃっ!」


 今村さんは、言葉どおり問答無用で、俺をタックルで押し倒した。

 いつもながら見事な速攻……俺は瞬く間にマウントを取られ両手首を押さえつけられた。こうなるとガチで身動きが取れない。


あきらは弱いなあ、もし私がその気なら、犯されるわよ?」

「そ……その気なんてないくせに」

「あら? 本気でそう思ってるの?」

「だって、いつきは女の子だし……男を襲うなんて真似……しないよね?」

「女の子が男を襲わないって誰が決めたの?」


 そりゃ……そうだけど、一般的に。


「もしかして……襲うつもり?」

「襲って欲しい?」

「…………」


 俺はすぐに答える事ができなかった。もちろん襲って欲しい気持ちがふんだんにあるからだ。


「……黙ってるって事は、そうなのね?」

「…………」


 それでも俺は答えることができなかった。襲って欲しい気持ちがだんだんと強くなってきたからだ。


「襲ってあげてもいいけど……あきらは無抵抗だからね?」

「え……それって、どう言う意味?」

「そのまんまよ、私になされるがままよ」


 なされるがまま……なんだろう、その響きで身体が熱くなってきた。


 今村さんの顔が近付いてくる……これは、もしかしてこの間の続き!?

 自然と唇に目がいってしまう。


 だけど、今村さんの唇は俺の唇には触れず、耳元に向かい「晃のエッチ」と吐息混じりに囁くにとどまった。


 そして俺はその囁きに「ひゃぁっ!」過剰に反応してしまった。


「えっ、何? 今ので感じたの? 晃って耳が弱点?」


 感じたかどうかは分からないが、耳が俺の弱点である事は間違いない……だからこそ俺は首をぶるんぶるんと横に振った。


 しかし今村さんは、赤面する俺を見て悪戯いたずらっ子の顔になり、執拗に俺の耳を攻め立てた。


「ひっ、い、いつきっ! 止めてっ! それはダメ! くすぐったい!」

「やめてあげな〜い」

「〜〜っ」


 嫌がれば嫌がるほど、今村さんは俺を攻め立てた。本気で抵抗しているのに、今村さんの押さえつける力に俺はあらがえなかった。


「…………」


 ——今村さんが俺を解放してくれた時にはもう、ワンライブ終わったぐらいに消耗していた。


「晃の弱点発見だね」

「……確かに弱いけどさ、耳なんて誰でも弱いんじゃないの?」

「それは、晃も私の耳を攻めたいってアピールかな?」

「いや、違っ」

「違うならいっか」


 今村さんは髪をかき上げてわざと俺に耳を見せつける。今日の今村さん……めっちゃ挑発的なんだけど。


「正直に言ってみ?」


 勝ち誇ったような顔の今村さん。

 正直に言ったら攻めさせてくれるのだろうか。

 いや、仮に攻めさせてくれると言われても、何をすればいいんだ?

 耳元で囁くだけでいいのか?

 なんて囁く?


「はい、時間切れ、バカ、エッチ、ブー」


 ……はい、分かってた。分かってました!


「晃、こっちおいで」


 やや落ち込む俺を今度はベッドに誘った今村さん。俺はこの波状攻撃に一晩耐えられるのだろうか。


「樹……もし、俺が我慢できなくなって……その……そんな気分になったらどうするの?」


 俺は勇気を出して、今の正直な気持ちをぶつけてみた。


「晃なら……いいよ?」


 あ……晃ならいいよだと。

 

「…………」


 身体中からアドレナリンが出てくるのが分かった。

 これは……据え膳食わぬは男の恥ってやつだよな。


「樹っ!」俺は勢いに任せて今村さんに馬乗りになり、そのまま覆いかぶさった。


 今村さんは「いいよ、晃」ひとことだけ呟き、じぃーっと俺を見つめた。


「…………」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 もうここまで来たら、行くしかない。

 俺は覚悟を決め今村さんの唇を奪うために顔を近づけた。


 でも、いよいよ唇が唇に触れようかとする寸前で——


「待って……電気だけ消して欲しいかも? 雰囲気大切だよ?」


 制止された。


 ……焦りすぎたようだ。

 確かに雰囲気は大切だ。


「俺、消してくるね」

「……うん」


 ——そして電気を消そうと立ち上がったその刹那。


「おりゃっ!」


 背後からスリーパーホールドを掛けられた。


「まいった?」

「ま……まいった」


 今回は完全にキマる前になんとかギブアップできた。


「まだまだだね、晃」


 物凄く満足気な笑みを浮かべる今村さん。風の音が怖いって言ってたしおらしさは何処へ行ったのやら。


「今のは……予測できなかった」

「私もちょっと意外だったわよ」

「えっ? どう言うこと?」

「だって、晃は俺は彼氏役だからどうとか言って、あんな事しないと思ってもん」


 それって……つまり。


「俺……アウトだった?」

「さあ、どうかな」


 ……これは、やらかしてしまった。


「晃、電気消してこっちおいでよ、今日はもう寝よ」

「……う、うん」


 とりあえず、電気を消して今村さんに言われるままに大人しくベッドに入った。

 すると今村さんは、俺に抱きついてきて耳元でささやいた。


「アウトだったら一緒のベッドで寝ないと思うけど?」


 俺は今村さんの方を向き、さっきの続きを試みようと思ったが「〜〜っ」——そのまましばらく、また耳を攻め続けられた。


 ……いよいよ俺も危ないかもしれない。

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