第17話 嵐の金曜日〜その2

 若干のぼせながらも、どうにかこうにかお風呂は乗り切った。宣言通り今村さんは、お風呂の中で俺の身体をガン見していたけど、何とか理性を保つことができた。


 ——だけど二人っきりの夜はまだ始まったばかりだ。俺の理性……どこまでもつのだろうか。


「あは、その服似合ってるよあきら! 可愛い!」

「いやいやいや、絶対似合ってないし!」


 ……今村さんが着替えに用意してくれたのは、夏用の体操服だった。もちろん今村さんのだから若干ピチっている。


「そんなことないよ、今村の刺繍とかポイント高いわよ! なんか面白いポーズ取って」

「……いきなり無茶振り! できないよそんなの!」

「なによ、ノリ悪いわね」


 なんて言いながらも今村さんはご機嫌で、体操着姿の俺をスマホで激写していた。


「あ〜あ……いい絵取れたわ、優花ゆうかに送ろう」

「……マジやめてね」

「あっ、それとも、あの音村おとむらって子に見てもらう?」

「なんで音村さん……」

「今村の刺繍入りだし、私の物アピール?」

「えっ……」

「なんかあの子……あきらを見る目がちょっとね」

 

 ……ちょっと何なんだろう。


あきらは私の彼氏なのにねっ!」


 首を傾けて上目遣いで俺を見つめる今村さん。湯上がりで赤くなったその顔で、そんな事言われたら俺……どうにかなりそうだ。


「う……うん」

「そうだ晃、これからは私の事もいつきって呼びなよ」


 名前呼び……お風呂から今村さんは俺のことを晃と呼びはじめた。一体なんの心境の変化なのだろうか。


「早く!」


 じぃーっと俺を見つめる今村さん。湯上りの火照りか見つめられた火照りか分からないけど、顔が熱い。


「い……いつき」

「かんだ! やり直し!」

「……いつき

「目、逸らした! やり直し!」

「……いつき!」

「もっと自然に!」


 自然にって……そんなに見つめられたら自然になんてできない。


「いちゅき!」


 ……いちゅき……めっちゃ恥ずかしい噛み方じゃん。


「いいね! いいね! いちゅき(笑)」


 笑いながらも「うんうん」とうなずく今村さん。


「まあ、最初だし、これで許してあげるわ……朝までにもっと自然に呼べるようになってね」


 朝までに……時間足りるだろうか。


「とりあえず、夕食にしようか。簡単な物しか作れないけど」


 ……えっ、これってもしかして。


「手料理ですか!」

「そっ、そうだけどどうしたの?」


 ヤバい……ガチでヤバい……お風呂に続いて手料理とか——嬉しすぎる!


「いっ……いただいきます! 是非いただきます!」

「本当に簡単なものだよ?」

「何でも嬉しいです!」

「あんまり期待しないでね」


 お風呂に……手料理……なんか今日、色々あり過ぎだろ。


「あっ、そうだ! 大切な事を忘れてた!」


 唐突に何か思い出したような今村さん。大切な事って一体なんだろう。


「裸エプロンが良かった?」

「えっ……」


 裸エプロン……今村さんが?

 あ……ダメだ! これ想像しちゃダメなやつだ!


「冗談よ……いま思いっきり想像したでしょ?」

「そ……そんなことないよ」

「……晃はエッチだね」


 今日の今村さんは何かと心臓に悪い。


 ——裸ではないが、エプロン姿の今村さんも、中々くるものがあった。お召し物がキャミソールにホットパンツだからだと思う。


「今村さん、ちなみに何作るの?」


 今村さんはぷーっと頬を膨らませて不機嫌そうに俺を睨み付ける。


いつきだよ、もう忘れたの!」


 そうだった……名前呼びだった。今村さん期間が長かったから馴染むまでに少し時間がかかりそうだ。


「ごめん……いつき


 今度は結構自然に言えた気がするけど……どう?


「天津飯よ!」


 ダメだしが来なかったってことは名前呼びは合格なのだろう。ていうか簡単な物って言ってたけど、天津飯って俺的には結構手がこんでると思う。


いつき……ゴム借りてもいい?」

「ご……ゴムってあんたまさか!?」


 え……まさかあっちのゴムと勘違いしてる?


「違う違う! そっちのゴムじゃない」

「え? これでしょ? なに想像してんのよ変態」


 今村さんは普通にヘアゴムを渡してくれた。なんか今日はコテンパンだ。


「……アキラ」

「うん?」

「ううん……なんでもない」


 今村さんは照れ臭そうに、調理台に向かった。


 ——今も胸熱だけど、この後、俺は今村さんとどうなってしまうのだろうか。

 一緒の布団で寝るなんてこと……ありえるのだろうか。お風呂場のノリだと、その可能性は高い気もするけど、流石にそれは考え過ぎ……だよね。


「できたよ! テーブルに並べて」


 俺がムニムニ夜のことを考えている間に天津飯が完成した。つーか、普通にめっちゃいい匂いでめっちゃ美味しそうなんですけど。


「「いただきます」」 


 一口食べて衝撃が走る——今村さんの天津飯は見た目と匂いを裏切る事なく、味も最高だった。

 可愛くて頭も良くて、そのうえ、料理も美味いとか……無敵かよ!


「どう? 美味しい?」

「うん、めっちゃ美味しい!」

「そう、良かった」


 ……なんか俺……今、めっちゃ幸せじゃない?

 彼氏役だけど、一緒にお風呂に入って手料理まで振る舞われて。

 こんないい思いばかりしてていいの?


「ねえ晃……私ね……苦手なの」

「ん……苦手って——何が?」

「……風の音」とても照れ臭そうにボソッと今村さんは答えた。

「風の音?」

「うん……風の音」


 もしかして今村さん……「怖いの?」


「そう! 怖いのよ! なんか文句ある!」

「な、ないです!」


 ……きっと今の今村さんの方が怖いと思う。


「だからさ……今晩はずっと、側にいてね」


 こんなにも、しおらしい今村さんを見るのは初めてだ。ずっと側にいるってことは一緒の布団で寝るってことだよね?


 俺のドキドキはピークに達しようとしていた。



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