第16話 嵐の金曜日

 今村さん家に着いた時はそうでもなかったのだけど……予報が外れ、大荒れの天候になった。


「なんか、凄い雨だね」

「……そうね」

 

 台風の影響で交通機関も止まってしまった。まあ、俺の家は徒歩圏内だから、交通機関は問題じゃないけど普通に雨風がやばい。


「うちの親とお姉ちゃん、合流して今日はホテルに泊まるって」

「そうなんだ……その方がいいよね」


 そりゃこの天候だと、帰れないだろう。賢明な判断だ。


「浅井にも泊まってもらいなさいだって」

「そうなんだ……その方がいいよね」


 そりゃこの天候だと、徒歩でも帰り道は危ない。賢明な判断だと思う……って……。


「えっ⁉︎ 今村さん今なんて?」

「浅井も泊まっていけだって」

「え——————————っ!」


 今村さん家に泊まる!?

 しかもご家族は外泊ってことは——二人っきりで一晩明かすってこと!?


「な……なによ、その反応……嫌なの?」

「……ぜ、全然嫌じゃない……嫌じゃない……むしろ嬉しいけど……本当にいいの?」

「いいも何も、台風の中帰すなんて出来ないわよ」


 少し照れ臭そうな顔で今村さんはそう言った。

 ……確かに逆の立場になれば、うちの親でもそう言うだろうし、俺もそうしてもらいたい。


「……でも」


 彼氏役の俺が、本当にいいのだろうか。今村さんがご家族になんて話しているのか分からないけど。


「でも、なんなの?」

「俺……一応男だしさ、なにか間違いがあれば」


 今村さんはキョトンとした表情で俺を見つめ、少ししてから「ぷっ」と笑いをこぼした。


「なに意識してんのよ、浅井とは絶対に間違いなんて起こらないわよ」


 ……そう言い切られるとそれはそれで悲しい。


「間違いなんてのは、好きでもなんでもない同士に起こるのよ」


 え……それって今村さん。


 とても意味深な言葉だった。でも俺にはその真意を確かめる勇気はなかった。


「あっ、洗濯物干しっぱなしだ! 私入れてくる」

「今村さん危ないよ!」

「風で飛んじゃうかもだから」

「じゃぁ、俺も手伝う」

「だめ、浅井は来ないで!」


 なんて言われたけど、いてもたってもいられなくなって俺も洗濯物の取り込みを手伝った。幸い洗濯物は無事で部屋に雨が降り込んでくることもなかったけど——俺たちはびしょ濡れになった。


「……だから来るなっていったのに」

「……ごめん」

「……浅井、着替えもないのにどうるすの?」

「……ごめん」

「とりあえず、このままじゃ風邪ひくからお風呂入ろう」

「……うん、待ってる」

「バカっ! あんたも一緒によ!」

「えっ……いや、いいよ、流石にそれはまずいって」

「そんなにガタガタ震えていてよく言うよ」


 確かにこの時期とはいえ、こんなにも濡れたらちょっと肌寒い。


「浅井、色々気にしてくれるのは嬉しいけど、こういうのは時と場合によるの……風邪ひいたら『継ぐ音』にだって影響するでしょ」


 ……そうだった。だからってイキナリ一緒にお風呂に入るだなんて。


「お湯は張ってあるから浅井、先に入ってて、私は着替え用意してからいくから」

「う……うん」


 俺の余計な気遣い……ていうか心配で今村さんと一緒にお風呂に入ることになった。

 喜びと緊張と彼氏役の引け目で、すごく複雑な気持ちだ。


 今村さん家の風呂……心臓がバクバクしてきた。

 お風呂のユニットは我が家とほぼ同じで、使い方に戸惑うことはなかったけど……どう考えてもこの状況はヤバい。

 

 身体を軽く流し、入り口に背を向けるように湯船に浸かり今村さんを待った。きっとほんの数分だったと思うけど、とてつもない時間、待っているように感じた。


「お待たせ」


 今村さんがシャワーを浴びている音だけで、もう頭ん中が真っ白だ。


 ……そしてシャワーの音が止み、今村さんが浴槽に入ってきた。念のために俺は目をつむった。


「浅井、目つむらなくてもいいよ?」

「……いや、でも」

「入浴剤はいってるし、水着きてるから見えないわよ」


 え……水着。


 ゆっくりと目を開けると、今村さんはつい最近披露してくれた水着を着用していた。


「なに? もしかして裸期待してた?」

「え、いや、その……」

「浅井のエッチ」


 心臓が撃ち抜かれたんじゃないかって錯覚するほど、ドキッとした。


「浅井はタオル巻いてないの?」

「……う、うん」

「じゃぁ、後でじっくり見てあげるよ」

「……ええっ」


 今村さんの顔は完全に悪戯いたずらっ子になっていた。


 ……つーか、水着で見えないは見えないけど——肌の密着感がやばい。


「温まるね……」

「うん……」


 緊張と恥ずかしさでどうにも立ち行かない俺とは逆に、今村さんは落ち着き払っていた。


「男の子とお風呂はいるなんて……はじめてだよ」

「……光栄です」

「何が光栄なの?」

「今村さんのはじめてを一つでもいただけて」

「え、なにそれ? ウケる」

「いや……でも、俺なんかが今村さんと……この状況が今でも信じられないよ」

 

 今村さんはじぃーっと俺を見つめていた。

 目を合わせているだけで赤面してしまうほどに。


「……信じられないのは私だよ」

「なんで?」

「俺なんかじゃなくて……浅井は『継ぐ音』のアキラなんだよ? こんなのファンの子に見られたら私殺されちゃうんじゃない?」

「いや……それなら俺だって……今村さん、人気だし、こんなの学校でバレたらイジメにあいそうだよ」

「あはは、じゃぁお互い様だね。規模感が全然違うけど」


 ……濡れ髪がとても色っぽい今村さん。見ているだけで本当にどうにかなりそうだ。


「ねえ浅井……」

「……なに?」

「浅井は、超有名人なのに何でこんなにも私に優しいの? 浅井の周りには私より、可愛い子なんてたくさんいるでしょ……」


 ……今村さん。


「今村さん……それは俺も同じだよ、俺は学校では底辺キャラじゃん。そんな俺に今村さんは何で優しくしてくれたの? 俺よりイケメンなんて腐る程いるじゃん」


 今村さんはしばらく俺を見つめて。


「ありがとう……あきら


 抱きついてきた。


 名前で呼ばれた事……裸同然で抱きつかれた事。

 色んな意味で、ギリギリの俺だった。



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