第15話 女難

 音村おとむらさんに俺が『継ぐ音』のアキラだとバレた。

 バレたなんて言うと大袈裟に聞こえるかも知れないけど、別に隠していたわけでもなく、隠す努力をしていたわけでもない。


 ……少なくとも先週までは。


 しかし、先週末のライブで『……浅井がアキラさんだって他の女の子にバレるのも嫌かも』なんて今村さんに言われてしまい、これからは考えを改めようと思っていた矢先の出来事だった。


「皆さん……何故気付かないんでしょうね?」

「……見た目のギャップが激しいからじゃない?」

「あれ? 自覚あったんですね……普段の先輩は、なんだか少しダサいですもんね」


 こう、ハッキリ言われると、なんだか切なくなってしまう。


「でも、見た目よりギターの音ですぐ分かりますよね」


 ん……声じゃなくて、ギター?


「私、はじめて先輩の音を聴いた時から『継ぐ音』のアキラさんだって思ってました」

「なんで分かったの?」

「先輩結構クセが強いですからね」


 ……自分では全く気付いていなかった。


「先輩の正体……黙ってた方が良いですか?」

「言っても皆んな信じないんじゃない?」

「軽音部で、あの熱演見せた後ですよ? きっと皆んな信じますよ」


 ……確かに……俺のこと本人とか言ってたやつもいたもんな。


「先輩が黙ってて欲しいなら、黙っててあげてもいいですよ?」

 

 ……黙っていてくれるなら黙っていて欲しいのが本音だ。


「じゃあ……内緒にしててもらえるかな」

「分かりました。私と先輩だけの秘密ですよ?」


 あざとさ満開の笑みを浮かべる音村さん……それでもめっちゃ可愛い。今村さんがいなかったら今ので確実に惚れていた自信がある。


「それより音村さん……そろそろ離してくれないかな」

「えっ? 何故ですか?」


 音村さんは膝の上に座り俺に抱きついたままだった。


「だって……こんな所、他の人に見られたら困るんじゃない?」

「私は、全然平気ですよ?」

「俺が、困るよ……」

「えーっ、つまんないな」

「……そんなふうに言われても」


 音村さんは膝らから降りるどころか、更に俺の首に手を回し、おでこをくっ付けて続けた。


「でも、ミュージシャンの方って女性関係派手じゃないですか? 先輩もそうなんじゃないですか?」


 息が掛かる程の距離で見つめられて、こんな際どい質問……彼女は何を考えてるんだ。


「俺は違う……俺は見たまんまの非モテキャラだよ」

「またまたあ、あんな可愛い彼女さんがいるじゃないですか」

「い……今村さん?」

「はいっ、今村先輩、2年で1番のモテ女子らしいですね? ちゃっかりそんな人をつかまえておいて、よく言いますよね」

「それは……たまたま、偶然」

「たまたま偶然なんですか?」

「話すと長くなる……」


 音村さんは更に俺に密着し、耳元で吐息混じりに囁いた。


「じゃあ、今度、別の場所でゆっくり聞かせて下さいね」


 そして、耳たぶを「はむっ」とされた。


「ひぃっ⁉︎」

「先輩、可愛い……感度良好ですね」

 

 本当に何を考えてるんだ……この子は。


「今日は、この辺にしておいてあげます。2人の時間はこれからもたっぷりとありますもんね」


 ……危なかった。

 俺の理性、よくぞ持ちこたえてくれました。


「あっ、そうだ先輩、ひとつだけお願いしてもいいですか?」


 お願い……まさか、とんでもないことを頼まれるんじゃないだろか。


「サイン下さい!」


 音村さんは笑顔でギターを差し出した。あんな事をしておいて、お願いは可愛いものだった。



 ***



 ——翌日、教室へ着くなり密岡が声を掛けてきた。


「おっす浅井、昨日はお疲れ」

「おはよう。こっちこそ気を使ってもらってありがとうね」

「ん? 何の事だ?」


 昨日のあれは、空気を読ん読んでくれたんじゃなかったのか。


「そんなことより浅井、マジで軽音部入ってくれない?」

「いや……俺、他の部の部長だし」

「そんな事言わないでさ……掛け持ちでいいから、たまに合わせようぜ」


 ……本当にたまに合わせるぐらいなら良いんだけど。


「でも、そっちの部長が嫌がるだろ?」

「えっ、何で?」


 密岡って……もしもしかして空気読めない系?


「昨日俺……めっちゃ睨まれてたし」

「えっ……そうなん? 俺、全く分からなかったよ」


 密岡……ここまでくると、なかなかミラクルなやつだと思う。


「そんなわけで、俺が居づらいんだよ」

「マジか……それは仕方ないな」

「まあ、そう言うわけで」

「また気が向いたら頼むよ」

「ああ」……気が向いたらな。


「おはよう今村さん」

「おはよう浅井、今日も遅いなあ、いつも何時に寝てんの?」

「……4時頃かな……」

「はあっ? 何それ? バカなの?」

「いや……バンドのリハーサルがあったりするから」

「ああっ……そっか……あんたも大変なのね」

「それなりには……」


 席に着き今村さんと話していると「ねーねー浅井ちょっといい?」珍しくクラスの女子達が声を掛けてきた。


「別にいいけど……」

「これ浅井だよね」


 女子が見せてきたのは軽音部室で熱演する俺の動画だった……いつの間に撮ったんだ。


「……俺だけど」

「うそっ! マジ! 鬼ヤバ!」

「浅井、歌クソうまいね!」

「ギター弾けたんだ!」

「つーか、アキラ様に声クソ似てるんだけど!」


 なんか凄いチヤホヤされてる気がするんだけど……隣から来る視線が痛い。


「ねー浅井、今度軽音見に行って良い?」

「あ、俺……軽音部じゃないんだ」

「えーっ、なんで勿体ない、クソうまいのに!」

「じゃぁ、今度カラオケ行こうよ『継ぐ音』歌ってよ」

「そうだね……機会があれば」

「えーっ、何それ機会があればって、来る気ないじゃんウケる」

「やっぱ今村に気使ってる感じ?」

「……そんな訳じゃないけど」

「じゃぁイイじゃん、機会作ってね」


 結局クラスの女子達に、予鈴がなるまでチヤホヤされた。


 そして今村さんからメッセージが届き『次の休み時間、校舎裏な』呼び出しをくらった。


 まさか、一回合わせただけで、こんなことになるとは……これからは慎重に行動しようと思った俺だった。


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