第14話 我慢できなくなっちゃまいました
完全に巻き込まれ事故なのに、いつの間にか当事者になっていた俺……部長にすんげえ睨まれているけど、彼とは初対面だし、まだひと言も交わしていない。
「あの……残念だけど今日はギターも機材も持って来てないし……こっちも部活あるんで、またの機会に」
「俺の貸してやるよ……それとも自分のギターでなきゃ弾けないか?」
やんわり断ってみたが、ダメだった。それどころか煽られてしまった。そして俺の都合は無視された。——ちなみに、これが部長と俺の初めての会話だ。
「部長……弘法筆を選ばずですよ! 問題ないですよね? 先輩」そして音村さんが更に燃料を投下する。
……まじ、放課後からもう一度やり直したい。——もちろん今度は音村さん抜きで。
「浅井いいじゃん! 一曲だけ『継ぐ音』軽く合わせようぜ!」険悪になりそうな空気を読んでか読まなくてか密岡が割って入ってくれた。
「そ……そうだね、じゃあ一曲だけ」
これは避けられない……断って変にこじれるよりも、密岡の助け舟にのって、さっさと済ませてしまった方が早そうだ。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
とりあえず部長からギターを借り受けた。……なかなか良いギターを使っている。俺と同じF社の上位モデルだ。
「えっ、浅井ギター弾けるん?」
「つーか何で、こんな事になってるの?」
「なんか浅井さんと部長が音村取り合ってるらしいですよ」
「えっ、浅井って今村と付き合ってなかったっけ?」
「えっ、二股?」
「最低!」
——野次馬の話が、あらぬ方向へ進んでいる。マジ勘弁して欲しい。
「浅井、曲どうする?」
「あっ……さっき合わせてた曲でいいよ」
ギターの
「オッケー! その曲なら、いつでも始めてくれていいよ」
だが……「へーっ……曲、被せて来るんだな」俺の選曲を部長は気に入らないようだ。
「あいつ完全に部長に喧嘩売ってるよな」
「そこまでして音村にアピりたいのな」
「今村さん、かわいそう」
「つーか、あんなオタクっぽいヤツに『継ぐ音』似合わないんだけど」
「浅井が『継ぐ音』ってウケるんだけど」
なかなか外野が辛辣だ……アウェイ感、半端ないし……HPがゼロになる前にさっさと始めよう。
そんな調子でギターを弾くまでは薄ら笑いを浮かべながら見学していた軽音部の連中だったけど……いつものウォームアップフレーズを弾くと——雲行きが変わった。
「あれ……今の何気に凄くなかった?」
「う……うん」
そして曲が始まり、歌が入る頃には……連中から薄ら笑いは消えていた。
視線も侮蔑混じりの視線から、いつもライブで感じる心地いい視線に変わっていった。
曲が進み、リズム隊が入って来ると、体を動かしてノるヤツまで出てきた。
……この空間を支配していた、さっき迄のアウェイ感は完全に無くなった。
今、この空間を支配しているのは——俺たちへの期待感だ。
その証拠にこの部室という狭い空間に、もの凄い一体感が生まれている。
そんな空気を感じ取ってか、リズム隊の2人も自然と演奏にも熱が入る。
……やばい……楽しい。
ここが学校だとか、軽音部室だとか、何で密岡たちと合わせてるのか……俺はそんな事はすっかり忘れて、ライブさながらのノリでこの時間を楽しんだ。
——曲が終わると皆んな静まり返っていた。
「…………」
やがてその静けさは……徐々に俺を讃える騒めきに変わっていった。
「……ギター上手過ぎじゃね?」
「……つーか、歌も上手過ぎじゃね?」
「……アキラに声、似過ぎじゃね?」
「俺……鳥肌たってんだけど……」
「私も……鳥肌が」
うん、これは……やらかしたかも知れない。
また面倒な事になる前に「ギター、ありがとうございます」俺は部長にギターを返し「行こうか音村さん」部室を後にしようと思ったが。
「ちょっ、ちょっと待ってよ浅井!」
……無理っぽかった。
「お前、めっちゃ上手いじゃん! なんで軽音入らないの?」
「浅井さん凄い! もっと聴かせて!」
「浅井、ヤバい! 軽音入ってよ!」
「何でそんなに、声が似てるの? 本人?」
——部員たちの質問攻めにあい、自分たちの部室に戻る迄にはしばらくの時間を要する事になった。……だけど、嬉々する部員たちとは対照的に部長はずっとしかめっ面だった。もしかすると、遺恨を残してしまったかもしれない。
***
「やっぱり先輩は凄いですね!」間違いなく今日の火種は音村さんだ。
……なのに当の本人は呑気なもんだ。
「今日は、教える時間なくなっちゃったね……」
結局、貰ってきたアンプの音出しだけで終わった。アンプの方は目立った故障もなく中々良い音だった。
「良いですよ、凄いの見れましたし、次回迄の楽しみに取っておきます」
「そっか……じゃぁ、今日はこの辺で」
席を立つと「あっ……先輩ちょっと待ってください」音村さんは、目の前まで詰め寄ってきて——絡みつくようにして俺に抱きついて来た。
「ちょっ……ちょっと音村さん!?」
「私、我慢できなくなっちゃまいました」
……が、我慢って何を?
音村さんは強引に俺を椅子に座らせ、自分はその膝の上に座った。
な……何なのこれ。
突然の出来事に、ドキドキが止まらなくなった。
「先輩……」
俺の頬に手を当て、妖艶な目つきで見つめる音村さん。……なに? これってもしかして。
「失礼しますね」そう言って彼女は俺のメガネを取り、髪をかき上げた。
「先輩……やっぱり『
あまりに突然の出来事で、俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。
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