第13話 トラブルメーカー

 翌日の昼休み、俺は音村さんの入部の報告に職員室を訪れていた。


舞子まいこ姉ちゃん、今時間、大丈夫?」

「時間は大丈夫だがあきら、学校では樋口ひぐち先生と呼べと言ってるだろ」


 樋口ひぐち 舞子まいこ。25歳独身。ただ今絶賛彼氏募集中。

 教師からも生徒からも人気の先生で、見た目だけなら、彼氏が居ないのも、独身なのも、謎過ぎるほどの美人さんだ。


「……ごめん、つい……癖で」

「気を付けてくれ、公私混同するなよ」

「……うん」


 実は舞子姉ちゃんは、共働きの両親に代わり、子どもの頃から色々と俺の世話を焼いてくれている、ご近所の面倒見の良いお姉さんなのだ。——歳が近ければ幼馴染みとでも呼べるのだろうが、残念ながら8つも離れている。


 そして、舞子姉ちゃんは、ソロエレキギター同好会の顧問でもあり……俺のギターの師匠でもある。


「で、なんだ? 何か用件があったんだろ?」

「あっ……昨日、新しく部員が入ったよ」

「そうか、音村のやつ入部したか」

「えっ、知ってたの?」

「知ってたも何も、私が教えてやったのだからな」

「……な、なんでだよ……」

「うん? 不満そうだな? 普通あんなにも可愛い部員が入ってきたら、ウキウキじゃないのか?」

「……ならね」

「なんだ? 何かあったのか?」

「……いきなり土下座されて弟子にしてくれって頼まれた」

「いきなり土下座か……強烈だな……私なら引くわ」

「いや、俺も引いたよ!」

「……んで、無理やり押し切られた感じか?」

「……うん、そんな感じ」

「……まあ、音村は軽音部でも少し浮いていたからな」

「え、軽音部にいたの?」


 舞子姉ちゃんは軽音部の顧問でもある。


「ああ、なかなか思い込みの激しいやつでな……腕もルックスもそれなりなのに、まだバンドも決まってないんだ」

「……何かそんな感じがするね」

「まあ、彼女は私の友人の妹なんだ、色々気に掛けてやってくれ」


 ……さっき公私混同するなとか言ったくせに。


「その件で相談なんだけど……軽音部に余ってるギターアンプないかな? アンプ一台だと何かと不自由で」

「確か、あったと思うぞ、小ぶりのJCが」


 JC……どこのスタジオにも置いてある、取り回しのいいアンプだ。


「……ソロエレキに丁度いいね、それ、うち回して貰ってももいい?」

「別にいいぞ、誰も使ってないしな……部員に伝えておくから明日にでも取りに来てくれ」

「ありがとう、舞子姉ちゃん」

「樋口先生だ! 晃!」

「ごめん、樋口先生!」


 癖はそう簡単に抜けるものではない。


 ***


 ——そんなわけで、翌日の放課後、早速俺は軽音部へギターアンプを受け取りに行くことにした。


「先輩、今日はどちらへ?」

「軽音部室だよ」

「何故に軽音部室なのですか?」

「余ってるアンプを貰いに行くんだよ。教えるならもう一台いるからね」

「……先輩……ちゃんと私の事考えていてくれたんですね! 嬉しいです!」

「……引き受けたからにはね……音村さんは、このアンプ使って先にアップしてくれてもいいよ」

「とんでもない、私も付き合いますよ!」

「あれ……いいの?」

「何がですか?」

「軽音部……辞めたんでしょ? 気不味くない?」

「えっ、辞めてないですよ?」

「……そうなんだ」


 掛け持ちか——てっきり、こっちに移籍して来たのだと思っていた……ちゃっかりしてる。


 ——軽音部室の前まで来ると、扉越しに部員たちの練習音が聞こえてきた。


「先輩、これ『継ぐ音つぐね』の曲ですよね」

「……本当だね」


 学校の部活で、自分たちの曲がコピーされてるなんて、なんか変な気分だ。


「この曲が終わったら、入ろうか」

「そうですね」


 せっかくだから、部員が演奏する自分たちの曲をじっくり聴いた。所々怪しいけど中々いい感じだった。——そして曲が終わる頃合いを見計らって俺たちは部室に入った。「失礼します」


「あれ? 浅井どうしたん?」声を掛けてくれたのは同じクラスの密岡みつおかだった。

 ……密岡はベースか。


「ギターアンプを貰いに来たんだよ。樋口先生から聞いてない?」

「あーっ、聞いてる聞いてる、浅井ん所だったんだ」

「うん、うちの部で使う予定」

「そっか……で、浅井の部活ってなに?」

「部っていうか、同好会なんだけど……ソロエレキギター同好会」

「ソロエレキギター? 何それ?」

「基本的にはソロギターだよ、それにエレキならではのニュアンスを取り入れるんだよ」

「……ごめん、聞いてもよく分からなかった」

「マイナーだからね」


 エレキギターと言えばやっぱりバンド形式がメジャーだ。俺も舞子姉ちゃんに教えてもらうまで知らなかったジャンルだ。


「このJCな、まあまあ重いから気を付けて運べよ」

「うん、ありがとう」


 見た感じは良い状態だ。これならメインテナンス無しで使えそうだ。


「練習止めちゃってごめんね。じゃぁ、貰っていくよ」

「おう、またな」


 ……ここまでは、普通のやりとりだった。


「師匠! 私がお持ちします!」

『師匠!?』


 だけど——音村さんが俺を師匠と呼んだ事で雲行きが怪しくなりはじめた。


「えっ音村、師匠って何? そいつの事?」密岡のバンドのギターが薄笑いを浮かべながらこれに反応した。感じの悪い奴だ。


「そうですよ部長」

 

 ……部長だったのか。


「音村、お前、ウチの部辞めたの?」

「辞めてないです。掛け持ちです」

「俺、聞いてないんだけど」

「あれ? 樋口先生には通しておいたのですけどね」


 軽音部部長……結構苛立ってる感じだ。


「つーか、なんでそいつが師匠なの? 俺、お前に色々教えてやったよね?」


 あ……そういうことね。俺の事を師匠って呼ぶのが気に入らないのか。


「師匠はめちゃくちゃギターが上手いんです! だから私、思わず弟子入りしちゃいました!」


 音村さんの回答は、おおよそ思いつく中で最悪の回答だった。そもそも答えにすらなってない。


「……そんなに、上手いのか、俺よりか?」


 ……その質問はやめてほしかった。俺の事を師匠と呼んでいる時点で察して欲しい。


「上手いですよ! 『継ぐ音』も弾けるらしいので先輩も教えて貰えばいいんじゃないですか?」


 ——もしこれを悪意なく言ってるのなら、この子は凄いと思う。


「……音村さん、何言ってんだよ。専門外だって」

「……先輩、嘘はいけませんよ? お手本見せて差し上げたらどうですか?」


 その童顔に似つかわしくない挑発的且つ、妖艶な笑みを浮かべる音村さん。つーか、嘘ってなんだ? この子……俺が継ぐ音の晃だって知ってるのか?


「へえ……是非ともお手本とやら見せて欲しいもんだな!」

「え、何? 何?」

「え、何か揉めてるの?」


 部長の大声をマイクが拾ってしまい、他の部員たちも野次馬で集まってきた。


 ……音村さん。

 この子は確実にトラブルメーカーだ。



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