第13話 トラブルメーカー
翌日の昼休み、俺は音村さんの入部の報告に職員室を訪れていた。
「
「時間は大丈夫だが
教師からも生徒からも人気の先生で、見た目だけなら、彼氏が居ないのも、独身なのも、謎過ぎるほどの美人さんだ。
「……ごめん、つい……癖で」
「気を付けてくれ、公私混同するなよ」
「……うん」
実は舞子姉ちゃんは、共働きの両親に代わり、子どもの頃から色々と俺の世話を焼いてくれている、ご近所の面倒見の良いお姉さんなのだ。——歳が近ければ幼馴染みとでも呼べるのだろうが、残念ながら8つも離れている。
そして、舞子姉ちゃんは、ソロエレキギター同好会の顧問でもあり……俺のギターの師匠でもある。
「で、なんだ? 何か用件があったんだろ?」
「あっ……昨日、新しく部員が入ったよ」
「そうか、音村のやつ入部したか」
「えっ、知ってたの?」
「知ってたも何も、私が教えてやったのだからな」
「……な、なんでだよ……」
「うん? 不満そうだな? 普通あんなにも可愛い部員が入ってきたら、ウキウキじゃないのか?」
「……普通ならね」
「なんだ? 何かあったのか?」
「……いきなり土下座されて弟子にしてくれって頼まれた」
「いきなり土下座か……強烈だな……私なら引くわ」
「いや、俺も引いたよ!」
「……んで、無理やり押し切られた感じか?」
「……うん、そんな感じ」
「……まあ、音村は軽音部でも少し浮いていたからな」
「え、軽音部にいたの?」
舞子姉ちゃんは軽音部の顧問でもある。
「ああ、なかなか思い込みの激しいやつでな……腕もルックスもそれなりなのに、まだバンドも決まってないんだ」
「……何かそんな感じがするね」
「まあ、彼女は私の友人の妹なんだ、色々気に掛けてやってくれ」
……さっき公私混同するなとか言ったくせに。
「その件で相談なんだけど……軽音部に余ってるギターアンプないかな? アンプ一台だと何かと不自由で」
「確か、あったと思うぞ、小ぶりのJCが」
JC……どこのスタジオにも置いてある、取り回しのいいアンプだ。
「……ソロエレキに丁度いいね、それ、うち回して貰ってももいい?」
「別にいいぞ、誰も使ってないしな……部員に伝えておくから明日にでも取りに来てくれ」
「ありがとう、舞子姉ちゃん」
「樋口先生だ! 晃!」
「ごめん、樋口先生!」
癖はそう簡単に抜けるものではない。
***
——そんなわけで、翌日の放課後、早速俺は軽音部へギターアンプを受け取りに行くことにした。
「先輩、今日はどちらへ?」
「軽音部室だよ」
「何故に軽音部室なのですか?」
「余ってるアンプを貰いに行くんだよ。教えるならもう一台いるからね」
「……先輩……ちゃんと私の事考えていてくれたんですね! 嬉しいです!」
「……引き受けたからにはね……音村さんは、このアンプ使って先にアップしてくれてもいいよ」
「とんでもない、私も付き合いますよ!」
「あれ……いいの?」
「何がですか?」
「軽音部……辞めたんでしょ? 気不味くない?」
「えっ、辞めてないですよ?」
「……そうなんだ」
掛け持ちか——てっきり、こっちに移籍して来たのだと思っていた……ちゃっかりしてる。
——軽音部室の前まで来ると、扉越しに部員たちの練習音が聞こえてきた。
「先輩、これ『
「……本当だね」
学校の部活で、自分たちの曲がコピーされてるなんて、なんか変な気分だ。
「この曲が終わったら、入ろうか」
「そうですね」
せっかくだから、部員が演奏する自分たちの曲をじっくり聴いた。所々怪しいけど中々いい感じだった。——そして曲が終わる頃合いを見計らって俺たちは部室に入った。「失礼します」
「あれ? 浅井どうしたん?」声を掛けてくれたのは同じクラスの
……密岡はベースか。
「ギターアンプを貰いに来たんだよ。樋口先生から聞いてない?」
「あーっ、聞いてる聞いてる、浅井ん所だったんだ」
「うん、うちの部で使う予定」
「そっか……で、浅井の部活ってなに?」
「部っていうか、同好会なんだけど……ソロエレキギター同好会」
「ソロエレキギター? 何それ?」
「基本的にはソロギターだよ、それにエレキならではのニュアンスを取り入れるんだよ」
「……ごめん、聞いてもよく分からなかった」
「マイナーだからね」
エレキギターと言えばやっぱりバンド形式がメジャーだ。俺も舞子姉ちゃんに教えてもらうまで知らなかったジャンルだ。
「このJCな、まあまあ重いから気を付けて運べよ」
「うん、ありがとう」
見た感じは良い状態だ。これならメインテナンス無しで使えそうだ。
「練習止めちゃってごめんね。じゃぁ、貰っていくよ」
「おう、またな」
……ここまでは、普通のやりとりだった。
「師匠! 私がお持ちします!」
『師匠!?』
だけど——音村さんが俺を師匠と呼んだ事で雲行きが怪しくなりはじめた。
「えっ音村、師匠って何? そいつの事?」密岡のバンドのギターが薄笑いを浮かべながらこれに反応した。感じの悪い奴だ。
「そうですよ部長」
……部長だったのか。
「音村、お前、ウチの部辞めたの?」
「辞めてないです。掛け持ちです」
「俺、聞いてないんだけど」
「あれ? 樋口先生には通しておいたのですけどね」
軽音部部長……結構苛立ってる感じだ。
「つーか、なんでそいつが師匠なの? 俺、お前に色々教えてやったよね?」
あ……そういうことね。俺の事を師匠って呼ぶのが気に入らないのか。
「師匠はめちゃくちゃギターが上手いんです! だから私、思わず弟子入りしちゃいました!」
音村さんの回答は、おおよそ思いつく中で最悪の回答だった。そもそも答えにすらなってない。
「……そんなに、上手いのか、俺よりか?」
……その質問はやめてほしかった。俺の事を師匠と呼んでいる時点で察して欲しい。
「上手いですよ! 『継ぐ音』も弾けるらしいので先輩も教えて貰えばいいんじゃないですか?」
——もしこれを悪意なく言ってるのなら、この子は凄いと思う。
「……音村さん、何言ってんだよ。専門外だって」
「……先輩、嘘はいけませんよ? お手本見せて差し上げたらどうですか?」
その童顔に似つかわしくない挑発的且つ、妖艶な笑みを浮かべる音村さん。つーか、嘘ってなんだ? この子……俺が継ぐ音の晃だって知ってるのか?
「へえ……是非ともお手本とやら見せて欲しいもんだな!」
「え、何? 何?」
「え、何か揉めてるの?」
部長の大声をマイクが拾ってしまい、他の部員たちも野次馬で集まってきた。
……音村さん。
この子は確実にトラブルメーカーだ。
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