第12話 嫉妬
結局……俺は、
——その代わりと言ってはなんだけど、条件はつけさせてもらった。教えるのは週一回、部活の時だけだ。
師匠、弟子という冠を除けば普通に部員が増えたのとなんら変わらない。良い落とし所だったと思う。
——「はい、珈琲!」こぼれそうな勢いでテーブルに珈琲を置く今村さん。
基本部活のある日は、今村さん家には寄らないのだけど流石にあのままでは帰れなくて、今日は俺からお願いして寄らせてもらった。
「……いただきます」その珈琲は当然のように、いつもの倍増しで苦かった。
「……よかったわね」
「え……何が」
「可愛い弟子ができて」
「あの場合……仕方なくない? 土下座なんかされたら断れないよ」
「仕方ない? だったら、浅井は土下座をされたらなんでも引き受けるわけ? 付き合ってとか言われたら付き合うわけ?」
……のっけから凄い剣幕で捲し立てる今村さん。しかし、それは極論すぎると思う。
「……いや、そんなわけじゃないよ」
「そんなわけじゃないなら何? 師匠とか言われて鼻の下伸ばしてるんじゃないわよ!」
「鼻の下なんて……伸ばしてないよ!」
「伸ばしてた! オロオロしてたけど喜んでた!」
「喜んでないって……本当にどうしていいか分からなかったんだって」
「分からない? じゃぁ、教えてあげる! あんなの無視して、部室から出て行けば良かっただけじゃない! いきなり土下座するなんてある意味、逆パワハラなんだから!」
……ぐうの音も出なかった。但し、それを実行出来るかどうかはまた別の話だ。だけど、今村さんがあの場にいて、そう思ったのなら俺はそうするべきだったのだろう。
「……ごめん……それは、思いつかなかった」
「謝らないでよ!」
「えええっ……」
「あ——っ、もう! なんかムカつく!」
今村さんのイライラは止まらなかった。
「分かってる、頭では分かってるのよ! 浅井が悪くないのも、浅井にこんな事を言えた義理じゃないのも……でも、モヤモヤするの! むしゃくしゃするの! 私……どうすれば良いの?」
……『どうすればいいの』……か。
多分、本当の恋人同士になれば問題の半分は解決できる。言える義理になるからだ。
でも、それには別の問題がある。本当の恋人同士になるには今村さんが俺を好きじゃなくてはならない。
「なんで黙ってるの? 何とか言いなさいよ!」
「……えっ、いや、今、考えてるところだし」
「もうっ!」
今村さんは俺の両頬を思いっきりツネってきた。前にもツネられた事はあったけど、今日のはその比にならないほど、痛かった。
「痛でででっ……!」
「うぅ————っ!」
そして俺はそのまま——今村さんに押し倒された。
近い、顔が近い……めっちゃドキドキする。顔にかかる髪の匂いもそれに拍車をかけた。
……自分でも上気して行くのが分かる。
しばらくその体勢のまま、俺たちは黙って見つめ合った。めっちゃくちゃ照れ臭いけど、頑張って目を逸らさなかった。
……すると、今村さんは目を閉じて、更に顔を近付けてきた。——もしかして、コレって!?
——たけど「
「あっ……」
「お……お姉ちゃん!?」
「…………」
「ごめん、お取り込み中だったのね!」
「ちが……違うの! これは!」
「いいから、いいから、ごゆっくり〜」
扉を閉めてお姉さんは部屋を後にした。
「…………」
……得も言われぬ気まずさが残った。
はじめてのご家族との対面が、コレだとは……まあ、まだ俺が押し倒してなかっただけ、マシかも知れない。
——ていうか、もしお姉さんが扉を開けていなかったら、今村さんと俺は……していたのだろうか。
「…………」
「ごめん、浅井……」
「ううん、でも、驚いたね」
「……うん」
怪我の功名か——お姉さんの登場で今村さんは少し落ち着きを取り戻した。
「お姉さん……よく似てるね」
「……子どもの頃から、よく言われる……だから私、髪伸ばしたんだ」
「えっ……じゃあ、今村さんもショートだったの?」
「中2頃まではね……」
「あっ、じゃあ俺と同じだ」
「そうなの? 髪の短い浅井ってなんかイメージない」
俺も今村さんのショートはイメージない。
「もう、ずっと長いからね。……丁度その頃に『継ぐ音』を結成したんだ」
「おおう……ファンの間で言われてる情報と一年ズレてるね」
ファンの間で? 知らなかった。
「一年間はライブとかしないで、ずっとリハーサルしてたからね」
「そうなんだ……で、髪を伸ばしてた理由は?」
「……好きなアーティストが皆んなそんな感じだから」
「そうなんだ、でも、なんでそっち界隈の人って髪伸ばすんだろうね」
……この話は。
「……なんでだろ、分かんない」
「何それ、そっち界隈にいてもやっぱ分からないのね」
——ケタケタと笑う今村さん。やっといつもの彼女に戻った。
「私……なんか自分が嫌になる」
「何で?」
「自分がこんなにも嫉妬深い人間だとは、思ってなかったから」
……それは俺も意外だった。
「私が、浅井にヤキモチ妬くって……変? ダメかな?」
「いや、変じゃないし……ダメじゃないと思う」
「なんで? 本当の恋人同士じゃないんだよ?」
恋人同士じゃ無くても、好きなら妬くだろう。
そして好きの形はひとつじゃない。
「俺も同じだよ」
「……え」
キョトンとした表情で俺を見つめる今村さん。
「俺もヤキモチ妬くよ……今村さんが他の男子と仲良く話してたりすると」
「私……他の男子と仲良くなんてしてる?」
「寺沢もそうだし……今村さん、人気者だから誰かれ話しかけられるじゃん」
「でも、それは……」
「そう、仕方ないよね……分かってるけど嫉妬しちゃうんだ」
「浅井……」
「……こんな関係だし、俺……他の女子より、今村さんの事、意識してるよ」
今村さんは黙って俺を見つめていた。
「俺は、女子の中では今村さんが1番好きだよ」
今村さんは目を丸くして驚き、見る見る上気していった。俺も今村さんに比例して上気していくのが分かった。
つーか……よくよく考えたらこれって——告白と同義だ。なんて大胆な事をしてしまったんだ!
「…………」
「浅井……ありがとうね——私も男子の中では浅井が1番好きかな」
眩しい笑顔でそう答えてくれた今村さん。正直、めっちゃ嬉しかった。天にも昇る心地とはまさにこの事だ。
俺のドキドキはピークに達した。
「浅井の気持ちを聞いて、ちょっと、気が楽になったよ……なんか、ありがとうね。さすが彼氏だね」
「……あ、う、うん」
ダメだ、嬉しさと照れくささで、今村さんを直視できない。
「ちょっ、そんなに照れないでよ……私も恥ずかしくなるじゃん」
「ごめん……でも、嬉しくて」
「私も……嬉しかったよ」
一時はどうなることかと思ったけど、最高の形で締め括る事ができた。
でも……あの時、お姉さんが扉を開けなかったら、俺と今村さんはどうなっていたのだろうか。
それともあの行為自体が冗談だったのだろうか。……帰り道、その事ばかり考えていた。
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