第9話 隣の席の浅井くん
——今村さんが見に来てくれている。
そう思っただけで自然とテンションが上がった。
俺だと知っててライブに来てくれた訳じゃないだろうけど、バッチリ顔の分かる距離だ。
流石にもう俺だと気付いているはずだ。
確認のためって訳ではないけど、俺は曲と曲の間に、今村さんと目を合わせて手を振った。
——やっぱりだ。
今村さんは笑顔で手を振り返してくれた。
うん、恐らくもう大丈夫だ。
……きっと許してくれているに違いない。
何の根拠もないけどそう思った。
——お互いに意識し過ぎてしまったのだろうか……その後、何度も何度も今村さんと目があった。
まあ、今村さんに格好良いところを見せたい気持ちが強かったからだと思う。
今村さんのおかげでテンション爆上がりした俺は、この後のライブ、飛ばしに飛ばしまくった。
結果——今日のライブは、全国ツアーのフィナーレを飾るに相応しい最高のライブになった。
***
「晃、今日のお前、ヤバかったな……めっちゃ格好よかったぞ」
「うん、晃くんがこんなにも情熱的なプレイをするとはね。少し意外だったよ」
「実は、彼女が見に来てて……それでテンションあがっちゃって」
「おーっ! 彼女来てたんだ?」
「……はい」
「よかったですね、晃くん」
「ありがとうございます」
「あっ、晃くん、19時過ぎてますよ」
「本当だ、やばっ」
「ステージ押したからな、機材は家に届けといてやるよ、早くいってやれ」
「助かります宗生さん、いってきます!」
汗だくになったステージ衣装から私服に着替えて、俺はすぐに待ち合わせ場所の広場に向かった。
19時に約束していたけど20分ほど遅刻してしまった。今村さん……帰ってないだろうか。
——辺りを見渡して、広場の端っこの方でひとり佇んでいる今村さんを見つけた。
よかった……帰ってなかった。
「お待たせ今村さん」
声を掛けても今村さんは、呆然と俺を見つめるだけで何の反応もなかった。
心なしか顔が赤い、ライブでのぼせてしまったのだろうか。
「ごめんね……ステージが押しちゃって」
……今村さんは黙ったまま、目をパチクリさせるだけだった。なんか様子が変だ。
「あれ、今村さん?」
ベタだけど、顔の前で手を振ってみても反応がなかった。
もしかして……まだ怒ってる?
「今村さん、大丈夫?」
「だ……大丈夫です」
ようやく口を開いたかと思ったら、敬語だった。
「……あ……アキラさん……どうして私の名前を」
……これは、もしかして新手のお仕置きか?
呼ばないって決めた下の名前で呼ぶし、敬語を使ったり、妙に他人行儀だ。
「どうしてって……そりゃ、同じクラスだし」
「……へ」
目を丸くして驚く今村さん。もう、今村さんの中で俺は別クラスなの?
「あ、あ、あ、アキラさん……同じクラスって、どう言う意味ですか?」
うん?
なんで、こんなにもアタフタしてるんだ。
今村さんは激しく取り乱していた。
もしかして今村さん……俺が浅井晃って気付いていない?
「今村さん、俺、浅井だよ? 浅井晃」
今村さんが……固まってしまった。
「……今村さん?」
「…………」
「えぇ————————————————っ!」
少しして、今村さんは、声をあげて驚いた。
「……浅井って、あの浅井?」
「隣の席の浅井くんだよ」
「……浅井って、私の彼氏の……」
「彼氏役の浅井だよ」
「で……でも、髪型とか凄い格好良いし、ピアスとか開けちゃってるし、見た目とか、声とか全然違うじゃん!」
「見た目はほら……ライブだし、声はちょっと、今日張り切り過ぎて
「ちょっ……ちょっと待って、浅井がアキラさんで、アキラさんが浅井……」
「今村さん、俺が『
今村さんは完全に混乱しているようだった。
「今村さん、もし時間あるなら『継ぐ音』の打ち上げくる? そしたら、もっとゆっくり話せるし」
「め、め、め、滅相もない! 恐れ多いよ」
「恐れ多いって……」
「だって私、ファンだもん」
ファン……今村さんが……何かくるものがあった。
「嬉しいよ、ありがとね」
「い……いえ、どういたしまして」
「どうしちゃったの今村さん?」
「どうしちゃったも何も……まだ、混乱してるのよ」
「え……なんで」
「な、なんでって『継ぐ音』のアキラよ? ウチの学校でもファンの子めっちゃ多いんだよ? 女子高生の中では超有名人だよ? それがウチの学校で、同じクラスで……私と一番近い浅井だなんて……驚くなって方が無理よ!」
「そ、そうなんだ……知らなかったよ」
「私は『継ぐ音』のファンだって言ったし!」
「……そう、だったね」
……だけどライブに来るほどまでとは思ってなかった。
「何で教えてくれなかったの?」
「なんか、タイミング逃しちゃったし……わざわざそれだけ言うのも格好悪いし」
今村さんは唇をきつく結んだ。
……釈然としないんだろうな。
「……いつも、野暮ったくしてたのは、アキラってバレないように?」
野暮ったい……普段の俺の見た目、全否定だ。
「ううん、違う……あれは、本当に朝が弱くて」
「じゃあ、メガネは!」
「あれは……ほら、前髪が目に入るから」
大きく溜め息をつく今村さん。
「……本当に、アキラさんが浅井なのね」
「……うん、なんか混乱させちゃってごめんね」
「ううん、それより浅井……学校にはその髪型で来ないの?」
「静香さんに、これからは毎朝ちゃんとセットしろって言われちゃったし……そうなるかな」
「……静香さん?」
「ウチのスタイリストさんだよ……昼間、俺が逃げ出さない様に、腕を掴んでた」
「そ……そうだったのね、あの綺麗な女の人、スタイリストさんだったんだ」
「……ごめんね、あの時追いかけなくて」
「ううん、私の方こそ事情も聞かないで、嫌な態度取っちゃって」
「……もしかして、ヤキモチだった?」
あっ……つい、口が滑ってしまった。
「……うん」
今村さんは上気して小さく頷いた。
「……だから浅井がアキラさんだって他の女の子にバレるのも嫌かも……」
「えっ……」
それって……もしかして……今村さん、俺の事?
めっちゃ良い雰囲気になったところで——
「晃! こんなところに居たのか!」
「おや、彼女さんも一緒ですね」
「打ち上げ行くぞ! 打ち上げ!」
「彼女さんも、一緒に行きましょう」
「え、あっ……はい」
俺たちはメンバーに連行された。
結局、今村さんは宗生さんに押し負けて、俺たち『継ぐ音』の打ち上げに参加した。
……それは、それはカオスな宴だった。
本当にカオスで色んなことがあったので、この事はまた、別の機会に詳しく語りたいと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます