第8話 外せない予定って……

 ——なんて間の悪さだ。

 静香さんに腕を組まれて、美容室に連行されようとしている時に、今村さんと小森さんにバッタリと会ってしまった。


 これ……シチュエーション的に絶対勘違いされてるよね。

 今村さんの目がマジ怖い。


「今村さん……これは違うんだ」


 俺は即座に事情を説明しようとしたが。


「行こっ、優花ゆうか

「えっ……あれ、いいの?」


 今村さんは聞く耳持たず。


「外せない予定って……そう言うことだったのね」


 すれ違いざまにその一言だけ残して、俺の横を通り過ぎていった。


「……ち、違うよ今村さん! 待って!」

 

 必死に呼び止めたが、俺の声は今村さんに届かなかった。


「…………」

 

 追いかける……べきなのか。

 俺は今村さんの彼氏役であって彼氏ではない——そんな俺が追いかけてもいいのか?


「おい……いいのか?」


 あっ……そうだ今は考えるより行動だな。


「静香さん、俺ちょっと追いかけてきます」

「それはいいけど……もう信号かわっちまったぞ」

「……あ」


 俺が追いかけるのを躊躇ためらっている間に、今村さんは信号を渡り、完全に見失ってしまった。


「携帯かけたら?」

「そ……そうですね」


 しかし——着信を入れても今村さんは、当然のように出なかった。そしてメッセージは既読にすらならなかった。


「ごめん……私やらかしちゃったね」

「……いえ、俺が躊躇ったからです」


 ……完全にやらかした。なんで直ぐに追いかけなかったんだろう。

 ……後で謝るしかないか——今焦ってもできることはないのだから。


「静香さん、美容室……行きましょうか」

「あ……ああ、そうだな」


 ちょっと重い空気になりながらも、静香さんと美容室に向かった。


『やらかしちゃったね』なんて、しおらしいことを言っていた静香さんだけど、そこはプロ。

 美容師さんにガシガシ指示して俺の髪型を整えた。


 そして小一時間もすると、鏡には、まるで別人の俺が映っていた。ツーブロックの刈り上げが結構大胆な位置まで来ている。

 これ……先生に怒られないかな。


「男前になったね!」

「……は、はい」

「ヒゲが欲しいところだけど、学校的に難しいんだよね」

「……はい」

「て言うか、いつもライブの時はこの状態になるのに、なんであんなに野暮ったくなるまで放っておくのよ」

「俺……朝弱いんで、セットが……」

「分かった……じゃあ晃はしばらく私ん家に住み込みな」

「え……なんでですか」

「朝、強くしてやるよ……ついでに夜も」

「ひ……ひとりで頑張ります!」

「じゃぁ、今度その言い訳したら丸坊主だからな」

「……はい」


 ま……まあ、これでライブの準備は万端だ。

 ——今村さんの事が気になるけど、やましい事をしたわけじゃない。誠意をもって話せばきっと分かってくれるはずだ。とにかく、今はライブに集中するしかない。



 ***



 ——客入りの時間になり、会場が騒めきだす。

 観客がライブのはじまりを演出してくれているかのようだ。


 今日の会場はシーティングで約千二百。

 チケットは完売と聞いているが、蓋を開けるまでは不安でたまらない。


 俺たちの音楽は皆んなに響いているのだろうか。俺の歌は——にちゃんと届いているのだろうか。


「おい、今ちょっと覗いて来たけど……もう、満席だぞ」

「え……もうですか?」

「ああ、千二百人は中々凄いぞ」

「それだけファンが僕たち『継ぐ音つぐね』のステージを楽しみにしていたと言う事ですね」

「ああ、しょっぱいステージは見せられないぞ、晃」

「はい!」

「晃くん、事情は聞きましたよ……でも切り替えて行きましょう」

「はい、大丈夫です」

「よし! いい目だ!」



 ***



 そしていよいよ、ステージの幕が開ける——

 

 SEが止まり、薄暗いステージ上に人影が現れるだけで客席から歓声が送られる。

 その人影はもちろん俺たちだ。


 ギターを手に取り、いつもと同じウォームアップのフレーズを弾くと『アキラっ!』黄色い声援が会場に響く。

 

 ……ヤバい。


 ウズウズしてきた。

 演出とかすっ飛ばして、はやく演りたい。


 ……目を閉じて、はやる気持ちを抑え、浩司さんの合図を待つ。


 徐々に盛り上がる会場とは裏腹に、俺の頭の中はとてもクリアーになり感覚が研ぎ澄まされていく。

 

 この瞬間がたまらない。


 そして——浩司さんのオープンハットでカウントが刻まれ、一曲目のイントロが始まると、客席から割れんばかりの歓声がわき起こり、これでもかと言わんばかりの眩い照明にステージが照らされる。


『『ウワァァァァァァァァァッ!』』


 ショーの始まりだ。


 一曲目だと言うのに、客席は既に仕上がっていた。俺たちのライブへの期待の現れだ。


 宗生さんも、浩司さんも、それを感じているのか、演奏にいつもよりも疾走ドライブ感がある。


 音源にないニュアンスの変化と客席との一体感。これがライブだ。


 イントロが終わり、俺の歌が始まると、観客はもう一段ギアを上げた。

 最高だ。

 最高に気持ちいい!


 俺にとっての音楽は……ライブ抜きには語れない。

 

 ——俺は客席を見渡した。

 みんないい顔している。


 観客全員の顔を覚えられる訳ではないが、こうやって皆んなの顔を見るのが俺は好きだ。


 そして客席を見渡しているうちに、客席の前列、中央中段あたりに見知った顔を見つけた。


 俺は思わず二度見した。


 ——今村さん!?


 今村さん、小森さんが肩を並べて声援を送ってくれていた。

 特に今村さんの熱量はステージの上から他の観客と見比べてみても中々の物だった。


 今村さんの外せない用事って……もしかして俺たちのライブ!?


 俺は今村さんの姿を見て、わけがわからないほどテンションが上がってしまった。


 結果、今日の一曲目は、いつもの倍増しで盛り上がった。



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