第7話 彼女なら仕方ないな
今日のライブはいつもと同じライブではない。一年掛けた全国ツアーの最終日、しかも地元では一年ぶりの——特別なライブだ。
当然ライブ終わりには盛大な打ち上げがある。
なのに俺はメンバーになんの相談もせず——今村さんを迎えに行く約束してしまった。
このことをメンバーに伝えるのは正直気が重い。
——だけど伝えなければならない。
今日最初の頑張りどころだ。
「
「なんだ
ベース担当。
金髪ロン毛で粗暴な口調。そして口を開けば女子の話しばかりする、見た目も中身も中々ヤバイ人だ。
「違いますよ宗生……晃くんは風俗に連れて行って欲しいんですよ」
ドラム担当。
アフロでガン黒で超ムキムなのに言葉遣いは丁寧。宗生さん以上に見た目も中身もヤバい人だ。俺を早く男にして、一緒に色んな遊びがしたいらしい。
遊びの内容は怖くて聞けない。
「すみません……宗生さんも浩司さんも違います」
「「えっ! なんで!」」
「何、ユニぞってる(※音楽用語で声を揃えてる)んですか!」
「じゃぁ、おばちゃんを紹介してほしいのか?」
「……宗生さん紹介から抜けてください」
「晃くんは何処に連れて行って欲しいのかな?」
「浩司さんには何処も連れて行って欲しくないです」
「「じゃ、なに!」」
またユニぞってる。流石リズム隊ってところか……息がぴったりだ。
「今日、早めにハケさせて欲しいです!」
「「は?」」
やっぱそうなるよね。
「晃くん早目って何時かな?」
「18時40分には……」
「晃、おまっ、それ終わって直ぐじゃねーか!」
「……う、うん」
「なあ、お前今日がどんな日か分かってんのか? 全国ツアーの最終日だぞ? しかも地元開催の……スタッフさんとの打ち上げもあるんだぞ? バンドの主役がいなくてどうすんだよ」
宗生さんの言ってることはもっともだ……でも。
「まあまあ、宗生、熱くならないで……理由ぐらいは聞いてあげましょう」
「んあ、そうだな……理由を言えよ晃……なんかあんだろ?」
理由か……彼女を迎えに行く約束がって言ったら怒られるんだろうな。
「言いにくいんですけど、実は……彼女と約束をしてまして」
「「は? 彼女だと!」」
……やっぱり怒るよね。
「「彼女なら仕方ないな」」
えっ。
——あっさり了承してくれた。
「いいんですか?」
「いいも、何も彼女だろ? なら仕方ねーだろ」
「それよりも晃くん、いつの間に彼女が出来たんだい?」
「つい、最近です……」
「そっか、てことは遂に晃も男になったか!」
「それはまだです……」
「「えっ」」
2人に真顔で驚かれた。
「……彼女できてまだやってないとか、引くわぁ」
「それは俺のセリフですよ! なんで彼女イコールやるなんですか?」
「晃くん……それは、何かのプレイなのかい?」
「違います! なんのプレイでもないです」
この人たちは……何を考えているのだろう。
「まあ、それはいっか、彼女おめでとうな、晃!」
「おめでとう晃くん!」
「ありがとうございます!」
偽物の恋人なのにこの祝福……ちょっと胸が痛む。
「晃くん、もし彼女が嫌じゃなかったら打ち上げに合流したらどうだい?」
「……合流はありかもですね、彼女の時間が大丈夫なら連れてきます」
そっか……合流って手もあったな。
今村さん——俺がバンドやってるって言ったら驚くだろうな。
そんなこんなで、今村さんの件はなんとかお許しをいただけた。後はライブに集中するのみ!
——というわけにはいかなった。
「三人ともおはよう!」
「静香さん、おはようございます」
彼女はスタイリストの
恐らく20代前半だと思うのだけど、聞いちゃいけないオーラが半端ない。
現役バリバリのプロスタイリストさんだ。
職業柄か髪型も髪の色もメイクも頻繁に変わるけど、その美貌は安定している。
俺にはまだ、静香さんによる、魔改造タイムが残っていた。
「よう、恩田」
「おはよう静香」
「今日も2人はバッチリ決まってるね!」
「ったりめーだろ」
「どうもありがとう」
「……それに比べ……晃!」
「……はい!」
「なんだよ、そのダサい髪型……」
「……やっぱ、ダメですかね?」
「ダメですかだと? テメーなめてんのか? 一回しめるぞ?」
「……ごめんなさい」
俺はライブの都度、静香さんに衣装や髪型をダメだしされる。主に髪型を。
そして静香さんは俺の前に立ち、おもむろに髪を触り始めた。
「あーっ、ツーブロックにしたところが伸びすぎて、これじゃイメージ通りになんないわね」
「そんなに伸びてます?」
「晃……お前、鏡見てるか?」
髪を掴まれたまま思いっきり睨まれた。
「痛ってて、あんまり見てないかもです……ごめんなさい」
大きなため息をつく静香さん。
「なあ、晃、音楽はエンターテイメントだ。見た目も大事なんだからな」
「……面目ないです」
「宗生くん、まだ時間ある?」
「ああ、たっぷりあるぜ」
「ちょっと晃借りていい?」
「いいぜ、本番までに返却よろしくな」
——そんなわけで俺は、静香さんに連れられて美容室に行くことになった。
「なんで……腕組むんですか……歩きにくいじゃないですか」
「……テメーはこうでもしてないと逃げるだろ」
「や……やだなぁ流石に今日は逃げないですよ」
「信用できん! それにこんな美女に腕組まれてんだ。素直に喜べ」
まあ確かに——でも、こんなところ誰かにみられたら。
「あれ浅井……?」
嫌な予感ほど、よく当たるもんで……よりによって静香さんと腕を組んで歩いているところを——
「……小森さん」
——小森さんと。
「……浅井」
——今村さんに目撃されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます