第6話 土曜の予定
「浅井、今週の土曜日って空いてる? ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけど」
家に着くなり今村さんはそう切り出した。
今村さんからお誘いを受ける……本来ならめっちゃ嬉しい事なのだが——
「今週……?」
「今週よ」
「来週じゃなくて?」
「今週よ」
今週か——参ったな。
今週の予定はすでに決まってしまっている。しかも変更が効かないやつだ。
「……来週じゃダメかな?」
「……来週じゃダメね」
「…………」
せっかく今村さんが誘ってくれたのに……週末に誘われたのなんて初めてなのに……こんな機会、二度とないかも知れないのに。
「ごめん今村さん、付き合いたいのは山々なんだけど……その日はどうしても外せない予定があって……」
「そう……」
その瞬間、今村さんから——凍てつくような視線が向けられた。
……怖い……めっちゃ怖い……めっちゃ睨まれてるんだけど——いつもの倍増しで怖かった。
……俺だって本当は断りたくないのに。
「予定があるなら仕方ないわね……寺沢でも誘うわ」
「え……」
なんで? なんで寺沢⁈
4回も告白してくるようなやつだよ!
誘っちゃったら勘違いするかもだよ?
「……もしかして2人っきり……とか?」
「……そうね」
……嫌だ、いくら俺から今村さんの正式な彼氏じゃなくても、今村さんと寺沢が2人っきりで週末に一緒に出かけるなんて——絶対に嫌だ!
「その顔……もしかして嫌なの?」
「……うん」
「嫌なら、浅井が来れば良いだけでしょ」
「……それができるなら断らないよ」
「そう……なら仕方ないわね」
……まためっちゃ怖い顔してるよ。怖くて直視出来ないけど、気配で分かる。
なんか、いい方法はないか……いい方法は。
……はっ! そうだ! 時間だ!
「何時? 今村さん時間って何時?」
俺の予定は夕方からだ——最悪午前中〜昼までぐらいならなんとかなる。
「17時よ」
どんかぶり————————っ!
「ねえ今村さん、頑張ったら19時頃には行けると思うんだけど……」
「19時には終わってるわよ」
終わってる……終わってるってなんだ?
俺の人生かっ!?
「もういいわ、寺沢誘うから」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どうしよう……何か良い手は無いか……俺が行ける方法。もしくは寺沢を回避できる方法!
——もし本当の彼氏だったら……こんな時、もう少しなんとかなったのかな?
「冗談よ……」
「え……」
今村さん……今、冗談って言った?
つーか、いつの間にか今村さん——めっちゃ照れ臭そうな顔してるし!
「……
「え……迎えに」
「19時なら間に合うんでしょ?」
……今村さんのデレタイムが始まった。
「わかった! 俺、頑張るよ!」
俺はこの——今村さんが照れながら話すときの尖った口がたまらなく好きだ。
「つーか、頑張るってなんなの? そんなに忙しいの?」
「うん……まあ、ちょうどその時間帯が」
「……そうなんだ」
なんか今日のやりとりって……本当の恋人同士みたいだ。
「……本当は浅井と行きたかったんだけど……仕方ないわね」
「え……」
俺と……なんで?
「今度はもっと前もって誘うから、一緒に行こうよ」
「う……うん」
今の笑顔……めっちゃやばかった。ドキドキが止まらない。
「それはそれとして、今日は珈琲でいいよね?」
「……えっ、あ、うん」
……それでもやっぱり怒ってるみたいだ。
きっと、激苦のブラックを飲まされる。
「じゃ、先に部屋、行ってて」
「う、うん」
……間違いない。
1人で部屋に入るのには抵抗があるって言ってるのに行かせるし。
……絶対内心怒ってるよ。
ちなみに、今村さんの誘いを断ってまで外せなかった俺の予定は——ライブだ。
観に行くのではない。
演る方だ。
もっと早くに今村さんを誘う事も考えたけど、前売りは完売していたし、一緒に居てあげる事も出来ないから、今回は誘わなかった。
……まあ、今村さんにも予定があったみたいだから、どちらにしても無理だったんだけど。
地元で演るの一年ぶりのライブ。
俺が高校生でライブは週末しか出来ないから、一年も掛かったけど、一応明日が全国ツアーの最終日だ。
学校では人気のない俺だけど、うちのバンドは全国ツアーができる程度には人気がある。
もちろんロックバンドで俺はギターボーカルだ。
今村さんロック好きだし——いつか見に来てもらいたい。
「お待たせ、ボーッとしてないで座ったら」
「あ、うん」
「どうぞ」
「……ありがとう」
予想通り、今村さんが入れてくれた珈琲は、いつもにも増して黒かった。
「……いただきます」
そして想像通り、いつもの倍増しで苦かった。
学校ではそうでもないけど、2人っきりで過ごすこの時間、今村さんは喜怒哀楽を隠さない。
クラス1のモテ女子の今村さんも良いけど、俺はこっちの今村さんの方が好きだ。
「浅井……ずっと気になっていた事があるんだけど」
「え……なに?」
今村さんが気になっていた事?
「わ……私は浅井に、どこまでわがまま言ってもいいのかな?」
今村さんは乙女の顔をしていた。
それって……少しは少しは俺にも脈があるってことなのだろうか?
「彼女が言う程度のわがままならいいんじゃない? 俺は彼氏役なんだから」
「う……うん」
コーヒーはとても苦かったけど、この時間はとても甘かった。
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