第3話 アキラ

 今村さんの彼氏役になって俺の高校生活は劇的に変わった。


「おっはよう浅井、今日もいい天気だね!」

「あ、小森こもりさん、おはよう。今日は珍しく遅いね」


 特定の面子だけど、今村さん以外の女子とも話すようになった。小森さんはショートヘアーの可愛い系女子で、俺にも積極的に話し掛けてくれる。今村さんとは中学からの付き合いらしい。


「なんか今日は髪が決まらなくてさ……無駄に時間掛かったわ」

「もしかして寝癖?」

「寝癖! って言っても浅井ほどじゃないけどね……」

「あは、俺のはね……微妙に癖毛だし、朝弱いし、諦めてる」

「諦めんなよ! それに朝弱く見えないのにね」

「それ……今村さんにも言われる」


 通学路でこうやって女子で話すなんて、今までの俺からは想像もつかなかった事だ。


「ねえ、そういえば浅井って、なんでいつきのことを今村さんって呼ぶの? 彼女なのに」

「え、別に他意は無いけど……変かな?」

「んー、私的には変かな? 名前で呼ばない迄も呼び捨てにするとかさぁ」


 ……そんなものなのかな。


「俺……女子とあんまり話したことなかったから女子は皆んな一律で『さん』付けになってるんだと思う」

「あーっ、確かに! 私にもそうだよね……でも一律ってなんか」

「女子的には嫌なものなの?」

「うーん、どうだろう? 人によると思うけど、私は特別感欲しいかな」


 ——特別感か。

 

 今日、今村さん家に寄った時に聞いてみよう。


 ——今村さんの彼氏役になってから週2ぐらいのペースで今村さん家に通っている。今村さんいわくボロが出ないよう、お互いの事を知るために必要な事らしい。

 まあ、こんな事もあるし、今村さんと一緒に居られるし、俺にとっては嬉しい限りだ。


 ***


 そんなわけで放課後、今村さん家にて————


「今村さん……俺、今村さんのこと『今村さん』って呼ぶの変かな?」

「はぁ——っ? 突然何言ってんの?」

「いや、今朝、小森さんと話してて、そんな話しになって」

優花ゆうかと? どんな話しだってば……」

「あ……そうだよね」


 ——順を追って小森さんと話した内容を今村さんにも話した。


「ふむ……特別感ね」


 あからさまに、どうでも良さそうな顔だ。


 ——付き合い始めて分かった事だけど、今村さんは結構男前な性格をしている。

 興味のない事には無関心だし、わりとすぐに熱くなるし、勝負事で負けると本気で悔しがる。

 クラスの皆んなに見せる顔と俺に見せる顔は、まるで別物だ。


「じゃあ、名前で呼び合ってみる?」

「……え」


 な、な、な、な、名前!

 

「……し……下の名前ですか?」

「うん……つーか、また敬語になってるよ」

「あっ……ごめん」


 今村さんと話していて分かったのだが、緊張すると俺は、自然に敬語になるらしい。


「…………」

「……浅井、もしかして私の名前知らない?」

「知ってるよ……い、いつき……だよね」

「そうそう! さすが彼氏だね!」


 彼氏じゃなくて彼氏役です。そこのところ間違われると、俺としては無駄にドキドキして困る。それに今村さんの場合は彼氏役じゃなくても皆んな知ってる。だって今村さんは我が校では有名人だもん。


「浅井は、あれだよね……確か」


 ん、俺の名前……もしかして覚えてくれている⁈


「健一!」

「誰それ!」

「えっ……違った?」


 ……自分から言い出しといて、知らないとか。


「長政!」

「どこの戦国武将!」

「久政!」

「それ、長政の父ちゃんだから!」

「井瀬!」

「長政の養子! つーか良く知ってたね!」

「あれれれれ……」


 あれれれれって、可愛いから許すけど!


「……あきらです」

「そうそう! 晃! 晃だ!」


 少し悲しくなったのは内緒だ。


「……アキラ」


 うん? 俺の名前を呼んで明らかに今村さんが沈んだ。


「ねえ浅井……やっぱり名前で呼び合うのは止めよ」


 気恥ずかしさもあるから正直助かるけど、俺の名前を聞いてからいきなり態度が変わったのが気になる。


「それは別に構わないけど……急になんで?」

「ああ、気になるよね」


 今村さんは、頬をほんのり赤く染め、口を尖らせながら話し始めた。


「……好きだった人と一緒の名前だからさ……なんとなく」


 ——好きだった人……いたんだ。

 まあ、いるか。俺ですらいたわけだし。


「……一目惚れってやつ? アキラくんは私が何処の誰かも知らないんだけどね」


 今村さんを認識していないだと?


「……そんな事あるんだね」


 今村さんは一目惚れされる専門だとばかり思っていたけど……することもあるのか。

 でも、今村さんを何処の誰かも知らないって事は少なくともウチの学校の生徒じゃないな。


「つーか、浅井、いつの間に優花ゆうかと話したの?」

「えっ……今朝の登校中だけど」

「聞いてないしっ!」


 ……ついさっき話したと思うのですが。


「いま、事情と一緒に……」

「学校で聞いてないし! なんで話さなかったの?」

「いや……こっち来てから話そうと思ってたから」

「ふーん」


 あれ……これってもしかして——ヤキモチ?


「本当に?」


 じぃーっと、見つめてくる今村さん。可愛い……でも照れ臭くて直視できない。


「ほ……本当だよ!」

「あっ! 今、目逸らした! ちゃんと目見て話して」


 見たいけど……恥ずかしいんだって。

 ……何とか、頑張りながらも今村さんを見つめ返したが——10秒はもたなかった。


「また、目逸らした! やましい事があるのね」

「いや……違うから!」

「……知ってるよ?」


 え……知ってる?


「でも、ちゃんと目をみて話してくれるまで、信じてあげない」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべる今村さん。……もしかしてこれは——新手のお仕置き!?


「えええっ……」

「何が『えええっ……』よ。こらっ」


 今村さんはずいっと近付いてきて、俺の両頬をつねった。もちろん目を直視して。


 恥ずかしさで悶え死にそうになった。


 結局この日の今村さんは、終始こんな感じだった。ヤキモチを妬いてもらう事に憧れはあったけど、今村さんには妬かせない方が良さそうだ。

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