第2話 運命の出会い
そんな俺が、同級生の女子の家にお呼ばれするだなんて誰が想像できただろうか。
しかもそれが、最近少し仲良くなったとはいえ、クラスで一番のモテ女子、今村さんの家だなんて想像できるはずもない。
「浅井、珈琲か紅茶、どっちがいい?」
「……今村さんと同じでいいです」
「……なんで敬語だし」
「いや……同級生の女の子の家に来るなんて初めてだから、なんか緊張しちゃって」
「そうなの? だからって、なんで私に緊張するのよ」
「なんでかな……分かんない」
「まあ、いいわ私と同じでいいのね」
「は……はい。お願いします」
「だから敬語やめろし!」
「……ごめん、気をつける」
「とりあえず私の部屋で待ってて」
「え……私の部屋って?」
「階段上がって左手の部屋よ」
え……もしかして勝手に入れってこと?
「いちいち、固まらないでよ! 早く行く!」
「は……はいっ、すみません!」
「敬語!」
「ごめんなさい!」
それにしても——同級生の女の子の家なんて初めてなのに、ひとりで勝手に部屋に入れとか、なかなかのハードミッションだ。
階段を上がって左手の部屋……ここでいいんだよね——
「…………」
ごくりと生唾を飲み込み、ドアノブに手をかけるも——ダメだ……勇気が出ない。女の子の部屋に勝手に入るなんて、とても無理だ。
でも、入らないと今村さんにまたドヤされてしまう。
勇気を振り絞り、再度ドアノブに手をかけるも——やっぱダメだ……勝手に入るなんて無理だよ。
「浅井……こんなところでなに悶えてるのよ」
振り向くと両手にマグカップを持ったジト目の今村さんが立っていた。
今村さんが珈琲を入れている間に、俺はドアすら開けられなかった。
「あ、いや……やっぱり1人じゃ入りづらくて」
「もうっ、分かったわよ……手塞がってるから、とりあえずドア開けてくれる」
「あ、うん」
今村さんは呆れ顔だった。
ドアの向こうの今村さんの部屋は……なんというか、女の子っぽくはなくて、シンプルでカッコ良くて……とてもロックな感じだった。
でも……匂いはしっかり女の子特有のいい匂いだった。
「なんかこの部屋……かっこいいね」
「そう?」
「うん……すごくロック」
「お、分かってるじゃん! とりあえず適当に座って」
適当に座ってと言われたので何も考えずに、ベッドを背もたれに出来る場所に座った。
「あんた遠慮ないわね……」
「えっ……」
「なに特等席取ってるのよ」
「あ、ごめん……」
「いいわよ、お客さんだし」
そう言って今村さんは隣に並んで座った。……近い……っていうか肩、触れてるし。
「はい、どうぞ、私と同じ珈琲ね」
「あっ、ありがとう」
女の子とこんなシチュエーションになって、緊張で味がよく分からないってのはよくある話だけど——
「いただきます」
今村さんの珈琲の味はハッキリと分かった。緊張はしていたが、あまりにも苦かったからだ。
「うっ……」一口飲んで俺は思わず顔を歪めた。その様子を見て今村さんは——
「あははははははははははっ!」
声を上げて大笑いしていた。おかげで少し緊張がほぐれた。
「苦いでしょ?」
「う……うん」
「私ね、このぐらいの苦さが好きなんだよね」
「お……大人だね」
「違うわよ、ただの好みよ」
……そうかもだけど。
「私の好みちゃんと覚えてね」
「う……うん」
とても含みのある言葉だった。
「さてと……それじゃ早速話し、いいかな?」
「……うん」
今村さん——いつになく真剣な表情だ。
「浅井……まどろっこしいのは苦手だから単刀直入に言うね」
「……うん」
「もし浅井が嫌じゃなかったらさ、噂通り私と付き合ってる事にしてくれないかな?」
……噂通り——つまり彼氏役か。
寺沢の件があってからの話しだ。何となくそんな予感はしていたし、心の準備もしていた。
なのに……なんだこのドキドキは。口から心臓が飛び出しそうな勢いでドキドキしている。
彼氏役だぞ? ただ彼氏役を頼まれるだけでこんなにもドキドキするものなのか?
告白されたんじゃないんだぞ?
そして……なんだこの高揚感は?
……今村さんに頼られることが嬉しいのだろうか。それとも、役とはいえ、高嶺の花である今村さんの彼氏と思われることへの優越感なのか……秘密を共有することで、俺だけが彼女の特別だと思いたいのだろうか?
——恐らくその全てだ。
「私ね……寺沢に告白されたのってね……実は今日で4回目なんだ」
「よ……4回目?」
寺沢——凄いガッツだな。
「寺沢だけじゃなくてね……私、結構告白されるんだ」
……さすがクラス1番のモテ女子。
「その気がないのに告白されて……断って、変な感じになって……私の高校生活……これの繰り返しよ」
モテるって良い事ばかりだと思っていたけど——結構辛いこともあるんだな。
「ほら、彼氏がいるってなったら告白してくる男子もいなくなるって思うんだよね。あの寺沢ですら諦めてくれたわけだし……だから」
——凄く複雑な気分だ。
彼氏役になれるのは、今村さんの役に立つのは素直に嬉しい。
……でも、これって間接的に振られたってことだよね? 告白もしていないけど。
……でも、今の話しを聞いて断るなんて、今村さんから離れていくなんて……俺には無理だ。
——今村さんは、この学校ではじめて俺に優しくしてくれた
「……いいよ、今村さん。彼氏役引き受けても」
「本当! 助かる!」
「うん……でも、そこにある置いてあるアコギ弾いてくれたらね」
「えっ……何で今アコギ!?」
「だって、部屋に入った時からずっと気になっていたんだもん」
「……そっか、浅井ってギター好きだもんね」
「うん」
「…………」
「笑わない……って約束してくれるなら、弾いてあげてもいいよ」
今村さんの頬がほんのり赤く染まった。——普段の倍増しで可愛い。
「うん、笑わない……聴かせて」
「しっ……仕方ないなあ」
照れながらも今村さんは、俺に弾き語りを披露してくれた。
こ……この曲は?
きっと偶然だろうけど、今村さんが選んだ曲は俺にとって、とても大切な曲だった。
今村さんの透き通るようで儚げな歌声が、心に
「あ……浅井!?」
俺は今村さんの歌に思わず涙を流してしまった。
「……なんで泣いてるの? なんか無理してる?」
「ううん……違うよ、驚かせてごめんね、その曲……その曲で色んなこと思い出しちゃって」
「浅井もこの曲、知ってるの?」
「うん……思い出が沢山詰まった曲なんだ」
「……そうなのね」
今村さんは傍にギターを置き、そっと俺を抱きしめて。
「ごめんね、思い出させちゃって」
頭をくしゃっと撫でてくれた。
「あっ……ごめん、つい……」
「ううん……ありがとう」
びっくりした。衝動的な行動だったのか。
めっちゃドキドキした。
そして、今村さんも顔が真っ赤だ。
「…………」
「ねえ今村さん、俺にその曲弾かせてくれない?」
「いいけど……弾けるの?」
「……うん」
曲のタイトルは『夢を継ぐもの』
俺がリスペクトしていたアーティストが最期に残した曲だ。
俺はこの曲を知っている2人が出逢えた事に——なにか運命めいたものを感じた。
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