クラス1のモテ女子今村さんが俺だけに見せる素顔が可愛過ぎてマジやばい!

逢坂こひる

第1話 隣の席の今村さん

 彼女とはじめて話したのは高校2年の5月、ゴールデンウィーク明けのことだった。


「ねえ浅井あさい、消しゴム貸してくれない?」


 今村いまむら いつき


 髪は毛先がクリンとしたガーリーなセミロング。凛とした顔立ちで笑顔がとても可愛い。


 彼女はうちのクラスの中心的人物で、クラスで1番、いや、恐らく2年女子の中で1番モテる。おまけに成績も優秀で誰にでも分け隔てなく優しい、スクールカースト最上位の存在だ。


「もうひとつあるから、これあげるよ」

「まじで! 助かるわ、ありがとう!」

 

 たまたま席が隣だったから——

 たまたま消しゴムを忘れたから——

 それだけの理由で話しかけられただけなのに、めちゃくちゃ緊張した。——そして胸が躍った。


 こんな事でもない限り、話すことさえ叶わないような高嶺の花——今村いまむら いつきに話しかけられて舞い上がってしまったのた。


 次に今村さんと話せる機会なんて、あるのだろうか——話さないままに席替えやクラス替え、いや、それどころか卒業まである。


 この時はそんなふうに考えていた。


 だが——その『次』は俺が考えているよりもずっと早くに訪れた。


「浅井、これあげる。昨日のお礼よ」


 今村さんは何かのキャラ消しを俺にプレゼントしてくれた。なんでキャラ消しなんだろう。


「え……何これ?」

「今流行ってるアニメの『自滅じめつ八重歯やえば』の『善次郎ぜんじろう』だよ」

「そうなんだ……」セルフ口内炎まっしぐらって感じのタイトルだ。


「で、なんでそれを俺に?」

「えっ、昨日のお礼なんだけど……つーか好きじゃないの?」

「好きというか……俺、アニメとかあんまり見ないから、このキャラ知らないんだ……」

「うそっ! その髪型って『善次郎』意識してたんじゃないの?」

「……違うかな」

「まじかぁ—————っ!」


 真顔で驚かれた。


 ……確かにここのキャラ消し、心なしか髪型は俺に似ているけど。


「じゃぁ、これ要らないよね……私、選択ミスったよね」

「ううん、嬉しい! ありがとう、急激に欲しくなってきちゃった」

「まじで! 良かった! お揃いだね!」

 

 お……お揃い。

 あんまり興味がなかったキャラ消しだけど、今村さんとお揃いと聞いて俄然興味が湧いてきた。


「今村さんって、このキャラのこと……詳しいの?」

「よくぞ聞いてくれたわね……かなり詳しいから!」

「なんか同じ髪型だし興味わいちゃった。よかったら教えてよ」

「任せて!」


 ひょんな事が切っ掛けで、俺は今村さんと急速に距離を縮める事になった。


 しかし……任せてなんて言っておきながら、実は今村さんも、アニメの事はよく分かっていなかった。しっかり者の優等生ってイメージだったけど、案外適当な所があるのが意外だった。——だけど俺と今村さんは音楽の趣味が似ていて、そっちの話題で結構盛り上がった——ちなみに2人とも好きなジャンルはロックだ。


「そっか、音楽が好きだから髪伸ばしてるんだね」

「うん……好きなアーティストが皆んなそんな感じだから」

「そうだよね、でも、なんでそっち界隈の人って髪伸ばすんだろうね」

「……なんでだろ、分かんない」

「つーか浅井、髪ちゃんとセットしてる?」

「俺……朝が苦手で、全然してない」

「ダメじゃん、それじゃ私がしてあげようか?」

「いや、いくらなんでもそれは悪いから……遠慮しておくよ」

「何が悪いのかな? 遠慮なんてしなくて良いのだよ?」

「い、いや……学校で髪いじられるとか、恥ずかしいし」

「その、口ぶりだと学校以外なら良いのかな?」

「が……学校以外……」

「冗談よ、なに赤くなってんのよ」

 

 いたずらっ子のような笑顔で俺をからかう今村さん。いつまでもこんな日々が続けばどれほど幸せだろう……そんなふうに思っていた。


 そしていつの間にか俺と今村さんはクラスで噂になっていた。噂のせいか俺は——少なからず今村さんを意識するようになっていた。


 そんなある日の放課後、部室の鍵を取りに職員室に行くと、いつもの場所に鍵が掛けられていなかった。

 きっと先生が使っているのだろう——前にも同じような事があった。だから俺は、何の疑いもなく部室に向かった。


 思った通り部室の扉は空いていた。


 ……だけど、部室に居たのは先生ではなかった。


「今村……俺、やっぱお前が好きなんだ……俺と付き合ってほしい」


 部室に入った俺の視界に飛び込んで来たのは、同じクラスの寺沢てらさわが、今村さんに告白しているシーンだった。

 なんで2人が部室に……俺は動揺のあまり、手に持っていたカバンをその場に落としてしまった。

 その音で2人は——


「「浅井!?」」


 俺が部室に入ってきたことに気付く。

 動揺してる……激しく動揺している。

 身体も小刻みに震えている。 


 もし、この告白を今村さんが受け入れたら——俺との毎日は無くなってしまう……よね。


 ……怖い。

 

 ……俺は今村さんが寺沢になんて応えるのか怖かった。

 だから——


「……ご、ごめん……なんか邪魔しちゃったね」


 俺はこの場から逃げ出そうとした。


「待って、浅井!」

 

 だけど今村さんは俺が逃げ出すことを許さなかった。これまでの関係のケジメのために、この結末を見守れとでも言うのだろうか。


 今村さんはこちらまで駆け寄って来た。……そして俺の腕に自分の両腕を絡め。


「噂通りなの……私たち付き合ってるの……だから寺沢の気持ちには応えられない」


 え————————————っ!


 今村さんは噂を肯定してしまった。


 ……今村さん本気なの?

 絡みつく今村さん腕に力が入っているのは分かる。でも、その真偽はどこに?

 告白を断るための嘘? それとも本当に?

 つーか、もしここで俺が否定したら今村さん……どうするんだ?


 色々考えたけど……答えは出なかった。

 でも、俺は——嬉しかった。


 例え告白を断るためのダシに使われたのだとしても、俺の事を秘密を共有するパートナーとして——選んでくれた気がしたからだ。


「ま……マジかよ」


 今村さんの発言を受け、寺沢はバツが悪そうに、照れ臭そうに頭をかいていた。

 そして俺としっかり目を合わせ。


「浅井、今村を泣かせたら許さねーからな」と、ひと言残し部室を後にした。


「…………」


「……なんか巻き込んじゃってごめんね」

「ううん……俺は大丈夫だけど……良かったの?」

「良かったって何が?」

「噂……認めちゃって」


 今村さんは小首を傾げて俺を見つめ——


「良いも悪いも、もう噂になってるから同じじゃない?」


 あっけらかんと答えた。


「……嫌じゃないの?」

「何が?」

「……俺と噂になって」

「何で?」

「……だって俺と今村さんとじゃ、釣り合わないっていうか」

「はあ? 何言ってんの? 殴られたいの?」


 な……なんで殴る!?


「殴られたくないです……」

「じゃぁ、そんなくだらない考え捨てなよ」

「あ……うん」

「それより浅井、話しがあるの……今から家に来ない? すぐ近所なの」

「……え」

 

 ……俺が今村さんの家に? 


 わずか数分の間に起こった一連の出来事を俺はすぐに理解する事ができなかった。

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