走り書き(短編集)

赤野工作

根継の藪の狐たち

ああ、そいつかい。そいつはね、妖(アヤカシ)除けの札だよ。この辺はよく出るんだ、長く生きてるアタシらでも肝が冷えるような恐ろしい妖が。良かったらアンタも一枚持っておいきよ。アンタのとこにだって、いつ出たっておかしくはないんだから。まぁ……、気休めっちゃ気休めだけど、こんなものでも無いよりマシと思えば、さ。


===


「根継の藪」の噺をすれば、昔は誰もが泣いて喚いて怖がったもんさ。


猿どもが棒きれを振り回してた頃から化けて出てるんだ、ここいらの狐は妖としての年季が違う。狐の世界には縄張りってもんがある。宇治の狐は高慢ちきで、風流を気取った輩を小馬鹿にするのがお気に入り。灘の狐は下世話なタチで、がめつい輩を素寒貧にするのが何より好み。それと比べりゃ、あれほど怖がられていた根継の狐は優しかったもんさ。化かす化かすと言ったって、たった一晩遊びに付き合わせるだけの可愛い悪戯をしてただけだったんだから。


アタシはずっと思ってたよ。こんな藪を夜中に抜けるような連中なんて、狐に化かされなくとも既に何かに化かされちまってる連中ばかりだって。化かされっぱなしの人生に今更一つ怪談噺が増えたからって、それがなんだってんだ。根継の藪ってのはね、北に向かえば大きな賭場が、南に向かえば大きな色町がって因果な場所にあった。博打に負けて逃げる輩は夜中にコソコソ藪を通るし、博打に勝って逃げる輩も夜中にコソコソ藪を通る。そうでもなけりゃ、ハナから誰も通らない辺鄙な藪なんだ。


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噺のスジはこうさ。


昔々、賽子遊びで負けた男が一人、皆が寝静まった晩にコソコソと根継の藪の中を歩いていた。ああ、故郷に帰ったら真面目に働こう、二度と博打になんか手を出すまい。そうして里へと帰る道すがら、深い藪の中に煌々と光る屋敷を見つけたんだ。豪華な屋敷にどんちゃん騒ぎ、酒の匂いに火の灯り。訝しみながら近づいてみると、そこにはなんとも豪華絢爛な賭場があった。案内に立つ老女に話を聞けば、なにやら街の遊びに厭気がさした御仁達が夜な夜な集まる座敷というじゃないか。


金に煩い胴元もいなきゃ、令に煩い役人もいない。その上、今宵の遊びのタネは男が好きな賽子ときてる。チンチンコロリ、チンコロリ。遊び好きってのは愚かなもんだよ。猫に化かされても狸に化かされても、最後は己が己を化かす。「神仏の思し召し」だなんだと勝手に曰い、神や仏に化けた己の姿にコロッと騙されちまうんだ。あれほどの決意もどこへやら、負けた分はここで取り返せば良いじゃないかと、男は己の姿を神仏に見立てた。あろうことか、故郷に帰るなけなしの駄賃を元手にしてね。


その晩は、男にとっちゃ生涯忘れられない晩になっただろう。初めて遊んだ博打があれほど楽しく、あれほど勝てるだなんて事は生まれてこの方無かっただろうからね。こんなに楽しい博打が世の中にあるものなのか。俺はこの博打で遊ぶために産まれてきたんだ!……だ、なーんて。酔いにあてられガラでもないことを口にして、飲めや歌えの大盤振る舞い。あれよあれよという間に勝ちを重ね、一夜にして大きな財産を拵えた。若い女を両手に侍らして、さぞや天にも昇る気持ちだったコトだろう。


でも残念ながら、それは儚い一夜の夢だった。朝、男が目覚めてみると、そこは一面深い藪の中だったのさ。デカい屋敷もどこにもなけりゃ、麗しの乙女ももちろんいない。代わりに転がっていたのは、苔むした岩に、古ぼけた倒木くらいなもの。昨日あれだけ楽しかったはずの遊びは、数枚の葉っぱや石ころ、毛だらけの泥団子に変わっちまって、すっかり遊び方も忘れちまっていた。鈍い男もそこでようやく気付いたんだ。ああ、俺はこわ〜いこわ〜い化け狐にすっかり化かされちまってたんだってね。


……とまぁ、ここまでならよくある化け狐の話だろう?


しかし根継の藪の狐の根性は、宇治や灘の狐どもよりもうちょっとだけ悪く出来てる。里に帰った男は、自分が狐に化かされたと気付いた後も、あの時遊んだ博打の楽しさが忘れられなくって、それから死ぬまで博打のやり方を思い出そうとしたんだ。札は何枚必要だった、石は何回振れば良かったって、必死に頭抱えてさ。……でもねぇ、結局男の頭の中からは、次から次にあの晩の楽しい思い出ばかりが溢れてきて、肝心要の博打の中身についてだけは全く思い出すことが出来なかった。


それもそのはず。なにせ根継の狐が化けたのは金銀財宝なんかじゃない。男に見せたのは「最高の博打を見つけた」という幻で、そんな博打はハナからこの世に存在してなかったんだから。結局、男は自分が夢の中で見た「最高の博打」を探していただけだった。老いた男は臨終間際まで「また遊びたい、また遊びたい」と呟いて、失意の中で死んだ。根継の狐はそんな哀れな姿を見て、そら見たことかと笑ったんだ。根継の狐ほど上手く猿を騙せる狐はいないと、それはそれは高らかにね。


……どうだい? 恐ろしいだろう? 泣くかい、喚くかい、怖がるかい!?


……はーあ。分かった分かった。もう分かったから、その下手な泣き真似やめておくれよ。アタシら古狐だって分かっちゃいるんだ。千年続いた根継の伝統も、今じゃ古臭すぎて怖くもなんともないってのは、さ。時代に合わせた化かし方ってもんが出来ないかとは考えちゃいるけど、どうにも頭が回らなくてね。長老連中なんて「化かすこと自体を止めようじゃないか」なんて弱音を吐いてる始末。アタシら、化かすと言ったらこれしか出来ないってのは分かってるはずなのに。


今は猿が猿を化かす時代だって、どいつもこいつも知ったような口きいちゃってさ。


===


この間だって、まったく笑い話にもなりゃしなかったよ。


「根継の藪」の噺をもうちょっとばかし今風にするにはどうすればいいかって、いつものお偉方の会議があってね。そこに若い娘が二、三匹呼ばれてさ。そろそろ世代も変わり目だ、ちょっと噺に手を加えさせても良いんじゃないかって話になったんだ。今更噺を変えると言ったって、藪ん中のお屋敷は今じゃデカい古民家、夜中に来るヤツなんてまずいないだろ。そこでやってるのが博打ってのもマズい。化かしてる途中に警察、場合によっちゃ保健所まで呼ばれて目も当てられなくなっちまう。


そしたらどうだい。あの娘達ときたら。アタシらはもう少し「今風」にしようじゃないかって言っただけなのに、こともあろうにあの根継の藪に洒落たボードゲームショップが出来たことにしちまいやがったのさ。最近の娘は里のそういう店で遊ぶのが好きだから、やたらと張り切っちまったんだよ。世界各国から集めたボードゲームの幻に、パズルやカードの幻、果てはTRPGのルールブックの幻だのなんだのかんだの。あの藪で常連になってくれそうな客なんて、コオロギくらいしかいないってのに。


アタシだって鬼じゃない。若い娘達のやろうとすることは極力分かってやろうとしてるつもりさ。いつの世も遊戯があるのは当たり前、遊び遊ばれるうちに人が化かされるのも当たり前ってんで、最初はあの娘達も真面目に考えてくれたんだろって思ってたくらいさ。でもねぇ、なんだって若い娘ってのはああも流行りモノに弱いのか。里ではああだこうだとキャーワーと姦しいこと、「見た目が賭場じゃ猿が集まりませんよ、せっかくの幻ならちゃんとこだわりたい」なんて言い出しちゃってさ。


出来た結果が、小さな森のボードゲームショップだよ。昼間はカフェが併設で営業していて、肌に優しい木製パズルで遊びながら、自慢のチーズケーキが食べれる。夜はバーとしても営業していて、本場ドイツから取り寄せたボードゲームで遊んで、ちょっとしたお酒が楽しめる。果てはInstagramのアカウントまで作って、お狐様のコンコンボードゲームショップです〜ってこ〜んな可愛こぶっちゃって。あんまりにも楽しそうなもんだったから、コッチも叱るに𠮟れなかったくらいなんだから。


考えてもごらんよ。夜中にさ。旅人が街道を一人歩いていたら、突然鬱蒼とした森の中に洒落た感じのボードゲームショップがあらわれるんだ。あれよあれよと入ってみると、中はアットホームな雰囲気でお喋りが楽しめて、ほろ酔い気分で朝までボードゲーム会が行われる。朝目が覚めたらお店が綺麗さっぱりなくなってて、「あれ?なんか良い感じの店だったのに、ちょっと飲み過ぎちゃったかも」だなんて。……まったく、伝統ある妖が聞いて呆れるよ、風情も何もあったもんじゃない。


一応ね、アタシも何度も聞いたんだ。アンタら、どういうつもりさ。こんな藪の中にこんな小洒落た店を拵えて、一体全体どんな高尚な猿を化かそうってんだいって。そしたらあの娘たち、なんて言ったと思う? ああ、思い出すだけでも嘆かわしい。耳の穴かっぽじってよく聞きな。「昨日行った良い感じの店が次の日ネットで探しても全然出てこないと、凄い嫌な気持ちになりません?」だとさ。そんなお寒いオチの怪談噺、これから千年も語り継ぐ噺家の方が気の毒になっちゃうよ!


===


「化かす相手はよーく選ばないと、逆にとって食われちまうよ」

今から思えば、死んだひい婆様も呆ける前はよくそんなこと言ってたよ。

呆けてからの方がしつこく言ってた気もするけど、まぁ言ってたは言ってたさ。


===


それからしばらくした晩だった。一人の男が、根継の藪に迷い込んできたのは。


ハナっから胡散臭い男だと思ってた。アタシらはね、負けて全てを失った猿にかけちゃ、そこいらの犬よりよっぽど鼻が利くんだ。そこへいくとあの男、全身から素寒貧の臭いがプンプンプンプン臭ってて、嗅いでるこっちが蒸せ返るような酷い臭いの男だった。それだってのにソイツときたら、夜中に一人でニヤニヤ作り笑いを浮かべて、暗い藪の中でサングラスなんかして。だーれもいないはずの闇に向かって、なんだか「俺は金を持ってるぞ」とでも言いたげな顔をしててさ。


「故郷に帰ったら真面目に働こう、二度と手慰みの博打になんか手を出すまい」? アンタにゃ悪いけど、そんな殊勝なことは露とも考えてないツラをしてたよ。藪ん中でも「これからは都市で働く時代じゃない」とか「面白きこともなき世を面白く」とか念仏唱えてたくらいだ。こういう手合いは化かしても張り合いがなくて面白くないんだ。……だから、アタシはやめとけって言ったんだけど。古い狐の言うことにゃ、若い娘達はどうにも耳を傾けなくってね。


結局「根継の藪」の筋書き通り、男は深い深い藪の中に煌々と光る屋敷……じゃなかった、温かく光るゲームショップを見つけた。自分で話しててもイヤんなっちまう。小洒落た佇まいに楽しげな声、紙箱の香りにキラキラと光る電飾の灯り。訝しみながら近づいてみると、そこにはなんとも魅惑的なボードゲームショップがあったんだ。案内に立つ老女……まぁつまりはアタシだけど、ここはなにやら街の遊びに厭気がさした御仁達が夜な夜な集まるゲームショップと説明するじゃないか。


本当なら。そこで相手の顔を舐め回すように見てさ。「金に煩い胴元もいなきゃ、令に煩い役人もいない」って、化かしにかかるための決まり文句を言う手筈になってんのさ。でも、アイツはこっちが台詞を喋る前から「繋がりがありそうな店ですね」とか抜かしてきてさ。今宵の遊びがダイスゲームだと知るや否や、今度はこっちが口を開くより前に「ボードゲーム、自信あるんです」って連呼して、それっきりだよ。次からの台詞はもうろくすっぽ聞きやしなかった。


失礼な話じゃないか。化かす側にも化かすなりの愉しみってのがあるんだ。自分から「落とし穴に落ちてみたい」って言ってる奴を落とし穴に落としたって、そんなのおかしくもなんともない。やっぱり今思うと、これまで化かしてきた猿とは最初からちょっと具合が違ったね、アイツは。良い教訓だよ。神や仏に化けた己の姿どころか、己自身の姿しか見てないのに己を神か仏かと勘違いできる。そういう猿も世の中にはいるってことを、アイツは身をもって教えてくれたんだ。


その晩は、アタシにとっちゃ生涯忘れられない晩になった。化かせなかったワケじゃない、根継の狐を侮ってもらっちゃ困る。アタシらはちゃーんとアイツを化かしたし、アイツはそれはそれは楽しくゲームを遊んで酔い潰れ、朝になったら何にもない藪の中から枯葉を握りしめながら帰っていった。でもねぇ。ダメ。てんでダメだったんだ。あんなに化かし甲斐の無い猿もいるんだってくらい手応えがなくて、まるでこっちが藪の中で葉っぱ握らされてるような気分になっちまった。


口では何度も「最高のゲームだ」とか達者なこと言ってたよ。一晩中、何度も何度も言ってた。でもね、その目を見たらどうだい。喜んではいるけど心ここに在らず、化かされてはいるけど話は聞いちゃいない。最高のゲームを遊んでる時間よりも、最高のゲームを遊んでる自分を撮影してる時間の方が長い。たまげたさ。珍しく真剣な目をしてるなと思ったら、板切れ見つめて「最高のメンバーと極秘のゲーム会中、地方から東京へ、これは大変なことが起きるぞ」とか書いてただけだったんだから。


若い女も侍らせた。ちょっとした手土産も握らせた。でも、てーんでダメ。何をやってもダメ、ダメ、ダメ。無欲な猿だったってわけじゃない。朝まで娘の連絡先を聞きまわして、貰ったモノはさっと懐にしまいこんで、むしろ欲は並大抵じゃないとさえ思ったさ。でも、それだけなんだ。それだけ。騙されて何かを失ったとてさほど悔しがりはしないし、自分が化かされたってことをまるで認めようとしない。あまりに浮世で化かされすぎて、化かされることにすっかり麻痺しちまってる。


今思い出しても尾が震えるよ。

朝、目覚めて、藪から歩いて出ていったあの男の第一声。


狐に化かされて全てを失った後に、「繋がりに感謝、だな」なんて念仏を唱えながら藪から出ていったの、後にも先にもアイツしかいやしないんだから。


===


笑ってられないはずなのに、何回見ても笑えちまうもんだね。


ご覧よ。いっぱしの男が、暗い藪の中で一人、葉っぱとどんぐりを楽しそうに転がすザマを。「最高のメンバーと極秘のゲーム会中、地方から東京へ、これは大変なことが起きるぞ」だってさ。ハッシュタグ、#史上最高のゲーム、#精神性、#いまここからはじまる、#ゲーミング・ウィズ・ジ・アース。アタシらに化かされててどんなゲームだったかも覚えてないくせに、夢うつつの中でも本能でこんな写真をSNSにアップしてたんだ。ねぇ、アンタもおかしいったらありゃしないだろ? 


ヤダヤダ。アタシったらバカなこと聞いて。そうだよ。そうに決まってる。狐に化かされてる猿の写真なんて、滑稽に見えるに決まってるじゃないか。そうだよ。そのはずなんだけど、さ。……見てごらんよ。その下に連なる猿どもが、一体どういう返信をコイツにしてるか。「すごい、大自然でのゲームなんて、いったいこれから何が始まるのか楽しみです」「ウオーっ!ついに革命が始まるんすね!どんなメンバーが集まったか、今度は絶対参加します」だって、さ。


なんでも猿には猿なりの交友関係があって、あの男、あんなナリして都じゃ小さなお山の大将やってたらしいんだ。商品の売り買いの元締めやって、小銭稼いで取り巻き作って。新しい商売をやるって吹聴してまわって、信者から詐欺まがいの金集めやってるうちは良かったんだけど、どうも別のお山の大将から「それで、いつになったら新しいビジネスは始まるんですか」って突かれたらしくてさ。あっという間に炎上して、根継の藪通って郷里に逃げ帰る途中だったんだって。


そんな落ち目の男が突然こんな滑稽な写真を公開したんだ。アタシみたいな古狐からすれば、「何が最高のゲームだ馬鹿馬鹿しい、どうせそんなもの存在しないだろう、狐に化かされたんじゃないか?」ってな具合に、ますます信頼を失うのが道理だろうと思うんだけど。どうも猿の理屈ではそういう解釈にはならないらしくてね。周りの猿どもはこの滑稽な写真を見て、これが男の新しいビジネス……本物の「最高のゲーム」を遊んだ写真じゃないかって、馬鹿な思い違いを起こし始めたんだ。


今だって読んでて目眩がしそうなくらいさ。「はやくゲームのルールを教えてください!」「いったいどんなゲームなんですか?」こっちは千年かかってたった一匹の猿化かすのにもヒイヒイ言ってるのに、こんな男がたった一晩で千匹二千匹の猿を化かすだなんて、いくらなんでも妖として沽券に関わる。唯一アタシらの傷ついた鼻先を慰めてくれそうだったのは、そう。周りの猿がどれだけ聞いたって、コイツは「最高のゲーム」についてなーんにも知らないってことだけだった。


傑作じゃないか。コイツもまたいつだかの哀れな男みたいに、一生をかけてありもしない「最高のゲーム」を探し続けるんだって考えたら。他の猿まで巻き添えにして、ありもしないゲームのルールを考え続ける。自分たちがまだ化かされているとも知らずに。ちょっとばかしオチは変わっちまったけど、アタシらの作ってきた「根継の藪」の噺はやっぱり終わりゃしないんだ。これからも千年、そして万年、こうして猿どもを化かし続け、永遠に恐怖のどん底に叩き落とし続けるのさ……!


……って、きっとこんな調子で、これまでアタシらが化かしてきた猿も気持ちよく化かされてたんだろうね。あーあ。ヤダヤダ。ハナっから胡散臭い猿だと思ってたんだ。この分じゃ哀れな死を高笑いするどころか、こっちがアイツに看取られる日もそう遠くないよ。ああいう手合いは絶対座敷に入れるな、婆さまもひい婆さまもひいひい婆さまもそう仰ってた。昔の狐の言うことはよく聞くもんさね。もうちょっとよくご覧よ。この滑稽な写真の下、URLがいくつも載せられてんだろ。


こともあろうにこの猿。藪を出てから都に舞い戻って。知りもしないはずの「最高のゲーム」の遊び方を情報商材として周りの猿どもに売り付けてんだよ。


===


買ったよ。そりゃ買ったさ。月額4500円のサロンにも入会したし、VIP会員用のオプション5500円も払った。その上で、特別記事の代金7500円も出した。サロンの入会費はゲームの購入権の購入権、VIP会員用オプションはゲームの購入権、特別記事の代金がゲームの代金だよ。全部買わなきゃ「最高のゲーム」がどんなもんだか分かんないんだから、そりゃアンタ、買うしかないだろ。バカなこと聞くんじゃないよ、こっちだってこんなもん買いたくて買ってるわけじゃないんだ。


内容? 内容が知りたいのかい? イジワル言うわけじゃないけど、アタシだってコレに17500円も払ってんだからね。もうちょっと感謝の気持ちを込めて、ウヤウヤしくお願いしてもらわないとさ。そうそう、そうだよ、もっと鼻先をひくーくひくーく。やればできるじゃないかアンタも。まぁ、アタシだったらこんなもんの内容聞くためにそんなみっともないマネ絶対にしないけどね。なにせ17500円も払って書いてあることはwikipediaの人狼ゲームの解説のパクリみたいなもんなんだから。


そりゃそうだよ。だってアタシら「最高のゲーム」なんて化けた覚えないし、この猿だって「最高のゲーム」を遊んだ幻を見てその気になってただけなんだから。周りの猿どもから、やれ「出会いをつなぐ、人狼のような会話ベースのゲームでは?」だ、やれ「舞台は森の中、おそらく持続可能なゲーミングがキーワードでしょう」だ言われてさ。藪ん中で枯葉握りしめてた滑稽な有様を、いやいや狐に化かされたんじゃない、本当に最高のゲームを遊んでたんだってルールでっちあげただけなんだ。


分からないのはむしろ、それを見た他の猿どもの反応だよ。何をどうやってんだか知らないが、猿が自分の方から化かされに集まってくるんだ。どこかの研究者がしゃしゃり出てきたかと思えば、「大量生産品から石や木々に立ち返る、他分野における世界的アクションとの並走」とかなんとか喋る。どこかの社会活動家がしゃしゃり出てきたかと思えば、「これってようは、グローバルを成り立たせるのは地方志向という原点回帰なんですよね」とかなんとか宣う。次から次へとキリがない。


最近じゃ「最高のゲームを販売する権利」みたいなのの販売まで初めて、そうやって集まってきた連中に手数料とって売らせてんだ、「最高のゲーム」を。だから、仮に最高のゲームなんてこの世に存在しない、俺は狐にでも化かされてるんじゃないかと気付いた猿がいたとしても、また別の猿を化かすために「最高のゲームはある」ってついつい口から出まかせが出ちまう。「最高のゲーム」が石と泥団子使った人狼の剽窃だってバラしちまったら、下手すりゃ権利侵害で裁判を起こされちまう。


はぁ? アンタ、真面目に聞いてたのかい? 面白いわけないだろこんなもん。ルールは適当、設定は無茶苦茶、まったくもって他人のパクリ。写真の光景に合わせるために、意味もなく枝を振ったり石を転がしたりして、藪の中に集まった猿同士が話を合わせて「最高だな」「最高ですね」って確認しあうだけ。己が化かされたんだと認めたくなくて、己は化かされてないと言い張る内に、己が己を化かしてることまですっかり忘れて、それが本当に良いものだと信じ込んぢまってんだよ。


連中の中でも特に熱心な連中は、フィールドワークと称して夜な夜な藪に集まるんだ。そうしてここで夜通し例の「最高のゲーム」とやらを遊んで親睦を深めあう。せっかくアタシらがゲームショップに化けてみても、そのすぐ近くで猿が大勢石を嚙んだり枝を撫でたりしてんだよ? 目の前で怪談噺の手の内おっぴろげられてるようなもんじゃないか!こんな辱めったらないよ……。千年この土地に君臨してきたアタシら狐が、猿どもの警察風情に泣きつかなきゃならないだなんて。


化かしあいってのは化かしやすいカモの奪い合いだ。猿が猿を化かすのがこの時代ってんなら、アタシらもアタシらでそれに負けじとやってくだけさ。でもね、あいつら妖の癖にちっとも妖らしくないから困ってんだよ。人様の縄張りを荒らすなんざ高貴な狐はやらないし、ましてや人様の怪談噺を乗っ取ろうなんざ恥知らずの狸ですらやらないことだ。何故かって? そりゃアンタ、妖ってのは欲の皮が突っ張った連中を化かして、泣かせ、喚かせ、怖がらせ、恐れられることこそが望みだからさ。


誰かを化かした罪を人様に擦り付けなんざしたら、せっかく化かした相手から自分が恐れられなくなっちゃうじゃないか。それをあの猿ども。言うに事欠いて、そうしてでっちあげたゲームのタイトルが「お狐様のゲーム」とは、笑わせるよ全く。


===


「根継の藪」の怪談噺は、もう、終わったようなもんさ。あの猿どもの一派が自分の都合の良いように、噺のスジをすっかり書き換えてやがるんだ。


嘘じゃない。ちょっとばかし前に連中の公式サイトが出来て、そこにアイツの経歴ページが出来てたんだよ。「すべてがここに至る前、私は一人、静かな夜に鬱蒼とした森の中を歩いていました」……シッ!実際そう書いてあるんだから黙ってお聞き!えーと……「何故だかそこに、呼ばれたような気がしたのです。森の中へと誘われた私は、深い闇に浮かぶ微かな光を見つけました。いったいどういうことだろう。訝しみながら近づいてみると、そこになんとも美しい一軒の屋敷があったのです」


「家の前に立つ女性に話を聞くと」……、これはアタシだね。「そこは都市の喧騒から離れた人々が集まる住処なのだという」……、これはアタシは言ってない。「人々は思い思いに遊戯に興じ、私にいくつかの質問をしました」「あなたは何のために働いているのですか?」……、これは多分ちゃんと働いてるのかってアタシが聞いたやつだ。「貴方の居場所はどこですか?」……、これは藪で野垂れ死なれるのが嫌だったからアタシが聞いた。「あなたは誰ですか?」……、これは誰も言ってない。


「その晩は、私にとって生涯忘れられない夜になりました。初めて遊んだ遊びがあれほど楽しく、あれほど人と心を通い合わせるなど生まれてこの方無かった。こんなに楽しい遊びが世の中にあるものなのか。私はこんな世界に生きるために生まれてきたのだと、心の底からそう感じました。しかし残念ながら、それは儚い一夜の夢。朝、私が目覚めてみると、そこは変わらず鬱蒼とした森の中にありました。小さな家も、善良な人々もおらず、代わりに転がっていたのは、何も語らぬ草木だけでした」


問題は、ここからだよ。えーと、「私はそこで気付いたのです。現代社会を生きる我々人類が耳を傾けなかった草木、獣たち、山そのものの声を、私は聞いたのだと」、と。「それは来るべき理想的社会実現への前段階として、人間と人間、生命と生命のコミュニケーションの稀薄さに対する警鐘でした」「かつてこの根継には多くの狐がいたと言い伝えられています。それらの精霊は時に獣の姿を借りて人々に警鐘を鳴らし、畏れ、敬われていました」、であるぞ、と。


「『お狐様のゲーム』は、公開以来3000万アクセス以上を記録しているルールブック「お狐様のゲーム」を一つにまとめた決定版です。人と人、生命と生命のコミュニケーションをゲームを通して学ぶことで、これより訪れる理想的社会建設を事前体験するために作られました。誠実さ、同化、精神的共鳴、交換、統一など、新世界形成に必要なすべての要素をイニシエーションされるよう設計されています。ゲームを遊び、人生を知る。私という翻訳者を通した大自然の声をお聞きください」


……分かったかい? アタシらはアイツの守り神サマで、アイツは化かされたんじゃなくアタシらによってありがたーい啓示を受けたんだとさ。存在しないゲームはうまいこと伝わってないご神託か何かで、その意味を知ろうと足掻くことこそが精神修行、アタシらはそれを通してアイツらに信心とやらを伝えたんだとさ。アンタ、知ってた? アタシは知らなかったよ。藪の脇んとこに立派な社が建てられて、でっかいお狐様の像とこの解説が書かれた石碑が納められるまではね。


これで分かっただろ。あの猿、本気で神か仏になろうとしてんだ。そんな妖相手に己が姿を神仏に見えるよう化かしたところで、ハナから意味はなかったってことさ。


===


アンタも十分気をつけるこったね。最近じゃあいつら、他所の狐の座敷にも姿をあらわしてるってもっぱらの噂だよ。最初は胡坐かいてオホホアハハとコッチを高笑いしてやがった癖に、今じゃどこも戦々恐々さ。


宇治の狐は高慢ちきで、風流を気取った輩を小馬鹿にするのがお気に入りって言ったろ? 今は自分を賢いと思ってる猿向けのセミナー開いて化かす方向でやってたのに、あいつらが入り込んできてからはすっかり居場所を乗っ取られちまったらしい。灘の狐は下世話なタチで、がめつい輩を素寒貧にするのが何より好みとも言っただろ? 今は芸能事務所で興業取り仕切って演者の給料ピンハネしてたのに、観客席にあいつらが紛れ込んできてからピンハネも出来ないくらい金に困ってるらしい。


そこへ行きゃウチはまだ賭場荒らされただけなんだから良い方さ。こんな札一枚貼っただけで被害は防げてるんだから、まったく己が身分に感謝しなきゃいけないよ。……ほら、何度も言わせるんじゃない。持っていきなよ。老婆心ってやつじゃないか。古狐に自分から「老婆心」なんて言葉遣わせるだなんてアンタもまぁ強情な娘だねぇ。そんなに怖がらなくてもいいよ。この札にはね、アタシらみたいな狐の妖に効果があるような呪いはなーんにもかかっちゃいないんだから。


まぁ、だからこそ、アイツら相手にもたいして効きゃしない札なんだけどさ。


===


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