エピソードⅡ 開戦

2月14日 五十嵐家―― 05:30時


 早朝、静流は妹の美千留に叩き起こされた。


「しず兄、起きて!」

「うみゅう? 何だよ美千留、まだ5時30分じゃないか」

「イイから起きて、早く」グイ

「わかったわかった、起きるから。ひぃ、さぶぅ」

 

 美千留に首根っこを掴まれ、ベッドから引きずり出される静流。

 パジャマ姿で小刻みに震えている静流の前に、ドサッと何か置かれた。


「何? 制服?」

「イイ? しず兄。この制服には、【幻滅】が付与されているの」

「うん、確かにちょっとイヤなオーラが見えるな」

「今日一日、これを着るの。わかった?」

「わかったけど、何の意味があるの?」

「しず兄だってイヤでしょ? 知らない子がいっぱい追いかけて来るの」

「そうか、今日だったな。わかった。そうするよ」

「わかれば、よろしい」


 美千留は制服だけではなく、身に着けるすべての物に【幻滅】を付与させた。

 これにより、兄の【魅了】を中和させる目論見であろう。


「行って来まーす」

「はーい、いってらっしゃい」


 母親に送り出され、静流が玄関を出ると、当たり前のように、真琴が待っていた。


「見上げた心がけね? いつもより30分は早いわ」

「美千留に叩き起こされたんだよ。全く。こんなのまで用意してるとはね」


 静流は真琴に制服を見せた。


「なるほど。よく考えたわね? グッジョブよ、美千留ちゃん」


 すると玄関のドアがバァンと勢いよく開く。


「真琴ちゃん! しず兄の事頼んだよ?」

「任せて。約束は守るわ」


 妹と幼馴染は、共同戦線を張ったようだ。


「三中の子たちは大丈夫なの?」

「問題無い。手は打ってある。ほら」


 美千留が顎を向けた先に、美千留と同じ三中の制服を着た女生徒が数人立っていた。


「ちょっとぉ、情報合ってんの? いないじゃん」

「おかしいな? 確かにココなんだけどなぁ?」

「尾行して突き止めたんでしょ? 何がバッチリよ、全くぅ」


 そう言って学校の方に歩いていく女生徒たち。


「美千留ちゃん、この【結界】って、まさか」

「そう。頼んだの。『静流派総長』にね」


 美千留はしてやったりという顔で帰って行く女生徒を見ながらそう言った。


「接触したの? あの人たちに」

「背に腹は代えられないよ。しず兄のトランクスで手を打っといた」

「くっ、変態め、とにかくそっちはぬかり無いみたいね? ちょっと安心したわ」



校門前―― 07:45時



 美千留のお陰?でいつもより30分早く学校に到着した静流たち。


「今のところ異常なし、か」


 真琴はココに着くまでの間、注意深く静流の周囲を観察していた。

 中には登校中にさりげなくを装い、ブツを渡してくる者がいると踏んだのだ。

 しかし、その予想は外れたようだ。


「なぁ真琴、いつもより殺気というか見られてる感があまり無いんだけど、この制服のお陰かなぁ?」

「そうなんでしょ。さあ、中に入るわよ?」

(これからHRまでが第一ラウンドね? 上等よ)


 真琴は不敵な笑みを浮かべて、静流に引かれている。


「真琴さん? ご機嫌斜め、みたいですね?」

「そ、そんな事、無いよ」ニコ

(誰のためにこんな思いしてるのか、わかってんのか!)


 静流には真琴の作り笑いが、よほど怖かったらしい。




1-B教室――08:00時 


 

 教室に入り、挨拶を済ませ、席に着く二人。


「よう静流、いつもより早いじゃんか」

「いろいろあってね。達也は? もうもらった?」ビシ

「グフッ、イタいとこ突くな! もらえるわけ、ねーだろ?」


 静流に脇腹を突かれた事より、言葉の方が刺さった達也。


「だってさ。良かったね、伊藤さん」ニパ

「うぇ? さあ、何の事、かなぁ」ヒュー


 静流に図星を指され、朋子は吹けない口笛を吹く仕草をして、自分の席に帰って行った。


「伊藤さんって、わかりやすいよね?」

「超鈍感のアンタにもわかるくらいにね」


 自分より友達の心配をしている静流に、真琴はすこしイラついた。

 やがて時間になり、先生がパタパタとやって来た。


「はぁい、おはようございます。みなさん」


「「「おはようございます」」」


「えー、今日は巷では想い人にチョコレートを渡すなどと言う、いかがわしい行為が流行っているようですが、学校に関係無い物、さらにお菓子を持って来る事など、言語道断です!」

「ムムちゃん先生、コワ~い」

「いくらあげるチョコ無いからって、チョコを悪者にするのは、どぉかな?」


 ムムちゃん先生と呼ばれた先生は、独身であり、今日のようなイベントを、良く思っていないようだ。


「だまらっしゃい! 出席をとります! あとちゃん付けすなっ!」



1-B教室――12:00時 


 昼休みに突入した。静流は購買部にパンを買いに行こうとした。その時、


「五十嵐静流クン、でイイのよね?」

「は、はい。そうですけど?」

「やったぁ、ビンゴですわ!」


 二人組の女生徒に名前を聞かれ、静流が素直に応じると、女生徒たちはハイタッチをして喜んだ。


「すいません、急いでるんですけど、購買部に行きたいんで」

「行く必要はありませんよ。お昼ご飯はココにありますから」バッ!


 二人は風呂敷包みを静流の前に置いた。


「コレをアタシたちの部室で食べようよ、静流クン」ニコ

「ちょっとすいません、いきなりどちら様、ですか?」

 

 二人の強引さにたまらず前に出る真琴。


「オカルト研究部部長の岡本ケイトですわ。仁科真琴、さん?」

「オカ研が何の用?」


「歩く都市伝説である静流様を、我が部室に招待するだけですわ」

「どうしてあの【結界】を破れたの?」

「造作もない事でしたわよ? この『式神くんZ』を使えば、ね」


 見せたものは、折り紙の鶴であった。


「古式魔法と科学の融合。ああ……素晴らしい響き」



某部室―― 12:10時 

 

 静流派総長は、部室から1-B教室を望遠鏡で監視していた。


「うっ!」


 総長はいきなり額を押さえた。


「何、だと? 【結界】が破られた……のか?」


 己の感覚で【結界】が破られた事を察知する総長。すると、


「大変です総長、オカ研に【結界】を破られました」

「むう、わかっている。あやつら一体何を考えているのだ?」

「どうします? 総長?」

「むう、しばらく泳がすぞ」



オカルト研究部部室―― 12:20時 


 強引に押し切られて、静流はオカ研の部室に通された。

 真琴を同行させる事を条件に、静流はしぶしぶOKしたようだ。

 オカ研の部室は、静流派たちがいる旧校舎である。


「さあ、ズズズイッと入って下さいませ、静流様」

「すいません、その『様』って呼ぶの、何とかなりませんか?」

「お気に召しませんか? 静流様?」

「何を企んでいるんです? 岡本部長?」

「企むなんて人聞きの悪い。何もありませんよ仁科さん?」


 物腰の柔らかそうな、一見善良な生徒に見えるオカ研部長。

 部員は部長を含め、部が維持できるボーダーの5人だった。


「アタシたちだって、キミを取って食おうとか、思ってないし」

「ウチの顧問の先生、木ノ実ネネ先生なんだよ?」

「ああ、図書室の。あの先生なら信用できるな」


 静流は手をポンとやり、やっと安堵したようだ。

 重箱からダシ巻き卵を掴み、口に入れた。


「頂きます。うん、美味しいです」ニパァ


「ふぁう、そ、それは良かったわ」


「確かに、味はイイ。しかし……」


 真琴は弁当のダシ巻き卵を食べ、意味深な事をつぶやいた。


「な、何です? 何か問題でも?」

「どうも解せません。よりによって、なんで今日なんです?」


 部長はうつむき、やがて高らかにこう言った。


「今日は私の、誕生日なのですわ!」

「部長、おめでとう!」

「よかったですね部長! 念願の『静流様』が来てくれたんですよ?」

「これでオカ研が死力を尽くした甲斐があった、と言うものです」


 部長を真ん中に、周りを部員たちが囲んで、わいのわいの始めた。


「丁度イイ。部長、静流様に乾杯の音頭をお願いしたら?」

「どうでしょうか静流様、お願い出来ますか?」


 部員たちがズイッと静流に接近する。


「僕で良かったら。おめでたい事ですし、お昼をご馳走になったお礼です」

「何とお優しい。ああ。女神様」

「女神? 僕、一応男、なんですけど?」

「ウチの部員に、人のオーラが形で見える者がおりまして。ちょっと板倉さん?」

「はい。部長」

「部員の板倉こずえですわ。私共は『イタコ』と呼んでいますが。静流様に説明を」

「はい。静流様はこの先、女神様の寵愛を受ける事になると出ています」

「そうなんですか? 女神召喚とか出来たり?」

「そこまでは。ですが、女神の恩恵を授かる事になると、そう出ています」

「驚いたな、まあ、悪い事じゃ無さそうですね。よかった」パァ


「「「くふぅ、眩しい」」」


 部長と部員たちは、静流の『ハニカミフラッシュ』を浴び、恍惚の表情を浮かべる。

 部員たちが飲み物を配り、静流が乾杯の音頭をとる。


「それでは岡本部長、お誕生日、おめでとうございます、乾杯!」


「「「「乾杯!」」」」パチパチパチ


 グラスに口を付けた静流は、飲み物が普段飲む物と違う事に違和感を感じた。


「岡本部長? この飲み物、何ですか? コーラに似てる感じですが」

「よくぞ聞いて下さいました。ロストテクノロジーが生んだ、奇跡の知的飲料、『ドクター・ポッパー』です!」

「カフェインはコーラの3倍、12種類のフレーバーの絶妙な配合。どれをとってもこの味にはならない」


 部長と部員たちの、この飲み物にそそぐ情熱はわかるが、いかんせん味が、今一つであった。


「何とも個性的な味ですね?」

「うぇ、子供の頃飲まされた、ジュースに混ぜてある薬みたい」


 真琴の率直な感想が、静流の当たり障りのないレポを台無しにした。


「ま、まあ味に関しては個人差がありますからね」


 昼休みが終わりそうな時間だったので、お開きになった。


「お越し頂いて、ありがとうございました」

「いえ。美味しかったですよ? お弁当」ニパァ


「「「ふぁうぅぅん」」」


 静流の度重なるニパを食らい、ヘロヘロになっている部長と部員に頭を下げ、真琴と部室を出る静流。


「ちょっと、拍子抜けだったわね」

「タダ飯にありつけたんだ。良しとしようよ真琴。飲み物はちょっとイマイチだったけど、慣れるとクセになりそうだな」

「やめてよ、思い出しただけで吐きそうだわ」

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