聖戦士バレンタイン ~モブ乙女たちの長~い1日~

殿馬 莢

エピソードⅠ 開戦前

「私は、『あの方』の意志を継ぐ者、影ながら静流様をお守りします」


 日本の首都である東京。その郊外にある都市、国分尼寺市。

 都心へ通勤する人の住宅地を中心に発達した、大都市周辺の郊外化した衛星都市、いわゆるベッドタウンである。


 『都立国分尼寺魔導高校』は都心に近い割には緑豊かな台地にあり、恵まれた環境と言える。

 

 比較的新しくい本校舎の脇に、木造の旧校舎がある。取り壊されずに残っているのは、歴史的に貴重な建築物であり、

 文化財的な扱いを受けている為である。現在は科学実験室がある他、各部室として利用されている。


2月13日 某部室――


 とある部室で、何やら話し声が聞こえる。


「総長、ついに始まってしまいますね?」

「ああ。楽しみだ」


 部屋の奥の席に座り、両肘を突き顔の前で手を組んで、「あのポーズ」をしているのが、どうもボスらしい。


「今年は『あの方』が入学されてから初の『Vデー』でありますからね」

「三中OGの私からすれば、去年は最悪でありましたから……」

「ああ、『血のバレンタインデー』の事ですか?」


 何やら物騒なワードが出て来た。


「あの件は私も、後輩たちには済まなかった、としか言えないな」

「総長は悪くありません! 私共が不甲斐ないばかりに……」


 総長と呼ばれている女生徒は、ゆるくパーマが掛かった黒髪をフードで隠し、あのポーズをとり、丸メガネが照明の光を反射している。

 数人の女生徒が立ち上がった。


「して総長? 勝算はあるのですか?」

「『あの方』の周囲に【結界】を張る」

「しかし、それでは以前と変わらぬのでは?」

「安心しろ。私の術も修行の成果で、以前の比ではない位にレベルUPしている」

「は。出過ぎた事を申し上げました」

「構わん。実はもうとっくに準備は出来ておるのだ」

「いつ頃からですか?」

「当然、『あの方』が入学された日、からだ」

「え? そんなに前からですか?」

「私共には全然わかりませんが」

「物は試しだ。そこを覗いてみろ」


 総長は顎で天体望遠鏡を差した。


「先ほど登校された所だ。面白いものが見られるかもな」




1-B教室―― 


「おす、達也」

「おう、静流か。またギリギリか?」


 静流と呼ばれた男子生徒は名を五十嵐静流と言い、髪の色は地毛を疑う桃色、もはや天然パーマに近い癖っ毛に、分厚いレンズの丸メガネ、いわゆる瓶底メガネを掛けている。

 実は彼、静流は、『常時発動型魔法【魅了】LV.0』が幼少期から発現しており、その能力を封じる為に、人前に出るときは常に瓶底メガネ型魔道具を装着していなければならない。

 このメガネのせいで、イケメンレベルの整った顔を見せる機会は皆無である。

 また、最近では本人に許可なく、静流を一部のいかがわしい本に、『静流様』と実名で登場させる等の余りにもむごい行為のせいで、静流は『歩く都市伝説』化しつつある。


 一緒に入って来たのは、幼馴染の仁科真琴である。髪の色は深緑、絵の具で言う「ビリジアン」である。均整のとれた容姿に映える白い肌は「森の住人」を連想させる。


「妹の奴が、『明日は休め』とか言うし、別に休む理由なんか無いって言ったら、『じゃあ休む理由を作ればイイの?』なんておっかない事を言うんだぜ?」

「そうか……明日だったな。例のやつ」

「バレンタインデーなんて、どうせ僕には関係無いし、アイツの言ってる意味わかんないよ」

「静流、三中から一緒の俺から言わせてもらうが、お前はもっと、危機感を持った方がイイと思うぜ?」

「ああ、上級生たちが僕の知らないところで何かやってるってやつ? ほんと何考えてるんだか……」

「確かにな。たかがチョコぐらい、イイじゃんかよな? 世の中には一個ももらえないヤツがいるのに。例えば俺とか俺とか俺、とか?」


 達也はうなだれた。とそこに、


「真琴、おはよう」

「朋子、おはよう」


 真琴が席が近い上に、中学からの知り合いである女生徒と、朝の挨拶を交わしている。


「真琴、明日の準備、出来てるの?」

「え? イイよ、どうせ邪魔が入るでしょ? 家で渡すよ」

「だよねぇ。真琴は『アルティメット幼馴染』だもんね?」

「そういう事。つまらないイザコザに巻き込まれたくないし」

「でもさぁ、真琴的にはどぉなの? あたしだったら耐えられないわよね?」

「そりゃあ、気にならないって言ったら、うそになるけど」

「どうか、去年の三中みたいな事にはならないように、とお祈りしたいね」

「同感」


 二人が話している内容が、よくわからない静流。


「あのさぁ真琴、この時期になると、なんかおかしくなるよな、周りが。何か知らない?」

「さ、さぁ? あたしはにはさっぱり」

「五十嵐クン、よく今まで無傷でいられたね?」

「へ? 何があったの伊藤さん?」

「乙女たちの、壮絶なバトルよ」

「ふぅん。女子にもいろいろあるんだね、事情が」

「フフ。そう言う事」



某部室――


「ムハァ。静流様は今日もご機嫌麗しそうでありますなぁ」

「何? 私にも見せろ!」

「たわけ、そこでは無い、入口付近にいる女どもだ。おい、【聴力強化】であやつらの会話を聞いてみろ」


 手下が望遠鏡で覗いている先に、数人の女子が1-Bの教室に近づいて来ていた。




1-B教室付近―― 


「ねえ、本当にココに『彼』がいるの?」

「間違いないわよ、名簿で確認したんだから」

「いきなり行って、嫌われるんじゃないかな?」

「何を弱気な事言ってんの? これは『戦争』よ?」

「明日、『彼』を体育館裏に呼び出して、アレを渡すのよ!」

「だけど、私みたいのがいきなり出て行ったら、びっくりしちゃうよね? あの子」

「あの子が通ってた国尼三中のOGに聞いたんだけど、毎年修羅場みたいよ?」

「血の雨が降るってヤツね? どうする? 諦める?」

「私は、渡したいな。三年の私は、今年が最初で最後のチャンス……だから」

「よく言った! もう時間無い、突入するよ!」

 

 上級生たちは、意を決して1-B教室に入った。


「ここに、〇〇〇〇クンは、いますか?」


 一歩前に出た女生徒は、勇気を振り絞り、そう言った。


「はい? 誰ですって? よく聞き取れないんですけど?」


 応対している女子に上級生は必死に説明するが、肝心な名前の所で口をパクパクさせているだけだった。その内、


「あれ? ココだったかしら? 『彼』のクラス」

「つうか、『彼』って 誰だっけ?」


 付いて来た上級生たちは、静流の存在を忘れてしまっているようだ。


「すいません、お騒がせしましたぁー!」


 キョトンとしている上級生を、他の上級生たちが抱えて、全速力で去って行った。


「おい、またかよ。今日これで何件目だ?」

「もう、数えるのも面倒になっちゃったわ」


 達也と朋子が呆れながら話している。


「これは【結界】よ。それもかなり強力なやつね」

「って事は真琴、いるのね、あの人たちが」

「うん。いる。結界自体は入学当初から張ってあったわ」

「そんなに前から?」

「うん。でも明日の対策で多分強化されてる」

「でも、私らはそんなの感じないし、五十嵐クンの存在だって、はっきり認識してるよ?」

「その辺りが上手いのよ。みんながこうなっちゃったら、悲しむのは静流、でしょ?」

「さすがは『静流派』の方たちね。これなら今年は安泰じゃないかな?」

「そうだと、イイんだけどね」

 

 真琴は、腕を組み、奥歯をギリッと噛んだ。



某部室――


「総長、効果は抜群ですね! 素晴らしい!」

「【結界】に『人払い』と『忘却』を織り込むとは。さすがは総長」


 手下に賞賛され、少しドヤ顔になっている総長。


「私の【結界術】を破れる者は、ここいらでは木ノ実先生ぐらいであろう」

「『図書室の魔女』ですか。確かにあの方は底知れぬ何かを持っていらっしゃるようですね」


「さあ、明日に備えて、養分補給じゃぁ」ガバ


 そう言って総長は、手下から望遠鏡を奪い、静流をガン見している。


「総長、HR始まっちゃいますよ? 早く戻らないと」

「ええい、今イイ所なのに、仕方ない、退くぞ」

「御意!」

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