第32話

眠気眼で蓮が目を覚ます。

 ふらふらと体が揺れている。

 頭はまだ、起きてないようだ。 

 私は優しく、名前を呼ぶ。


「蓮」

 

 すると、

 

「!っ」

 

 蓮の目は一気に見開く。

 その表情は、驚きと嬉しさと、思いやりが滲み出ていた。

 

「莉菜……っ。莉菜!」

 

 ただ私の名前を呼ぶ蓮。

 何が起こったのか、理解できてない様子だ。

 私はもう一度、名前を呼ぶ。

 私はちゃんと生きている。と。

 

「蓮。おはよう」

 

 蓮の瞳から、雫が一滴、零れる。

 そして、私を抱きしめた。


「莉菜……っ。良かった……本当に、良かった……」


 蓮の両眼から、涙が次から次へと溢れ出てくる。耳元では時折、鼻をすする音が聞こえる。

 あの日以来。私から蓮に別れを告げた日から、こんなにも蓮を身近に感じた事はなかった。

 だから、私の事を思い、泣きじゃくる姿が、私を抱きしめる温もりが、全てが幸せに感じる。 


「泣きすぎ……」

 

 私は、今にもこぼれ落ちそうになる涙を、堪えながら、使える方の右手で、蓮の頭を撫でたのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る