第29話
莉菜が飲み物を買いに行ってすぐ、見知らぬ女性が話しかけてきた。
「あの……」
「はい?」
「須屋……蓮さんですよね? キッド・ファクターの」
「そう……ですけど」
見た目は普通の女性。
しかし、何か内に隠している、狂気みたいなものがあった。
蓮は、女性から漂ってくる不穏な香りに、何か嫌な予感を覚えた。
あまり、長く関わると、良くない事が起きそうな、そんな予感を。
「やっぱり! 私、ファンなんですっ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
蓮はなるべく、女性の反感を買わないように気を配る。
「握手してもらっていいですか?」
「全然、かまいませんよ」
「うわ〜!。ほんと、嬉しい。私、インディーズの2枚目のシングルの時から好きで……」
「そんな昔から? ありがとうございます!」
「こんな所で遭遇するなんて、ほんと、感激です」
「僕も、ファンに遭遇できて、良かったです」
「そんなぁ、言葉、上手いなぁ、もう」
「本心ですよ」
二人の間に笑みが零れる。
場に和気あいあいとした空気が流れる。
このまま、丁寧に対応して、この雰囲気のまま帰ってもらおう、そう決意した瞬間だった。
「ところで——」
女性の雰囲気が変わったのは。
「なん……ですか?」
蓮に動揺が走る。
「つかぬ事をお聞きしますが——」
女性の目は、何かを疑うような視線になっていた。
今までこちらに寄せてくれていた好意が、まるで嘘だったかのような、どす黒い敵意を向けられる。
この女性は何か、とんでも無い事を言おうとしている。
そんな予感が蓮の脳内を埋め尽くす。
そして——
「——先ほど、隣にいらっしゃった女の方って、どういった関係ですか?」
この女性に、一番訊かれたくない質問を、投げかけられた。
女性の言葉使いはおかしく、冷静にしゃべってない事がよくわかる。
蓮の目には、彼女が怒りに震えてるように見えていた。
女性をなだめる為の台詞を必死に探す。
嘘をつくか? 本当の事を言うか?
答えは二つに一つ。
しかし、
全く選ぶ事が出来なかった。
「……」
結果、無言になる。
「蓮さん?」
女性の疑いの視線はさらに鋭さを増す。
蓮の鼓動が早くなる。
「……」
蓮は、何も返す事が出来ない。
「もしかして、彼女さん——とかじゃないですよねぇ?」
「……」
女性の表情は、おかしな事になっていた。
口元は笑っているのに、目元は、瞳孔が開き、鬼のようにつり上がっている。
そのアンバランスな表情をみただけで、これ以上、この人に関わるのは本当に危険だと察する。
何か、決定的な出来事が起きる前に早く、莉菜を連れてこの場から立ち去ろう、そう思うが先に——
「そうですか。何も喋らないと言う事は、肯定と受け取りますね」
女性の雰囲気が一瞬、落ち着く。
まるで、嵐の前の静けさみたいに。
女性は、雰囲気そのままに、鞄から何かを取り出す。
街灯に照らされ、光輝く何かを——。
そして——
「——さようなら」
振り下ろしたのだった——。
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