第18話 セフェク ⑦

「日常と何が異なったのか分かるだろう?」


 ベゼブは再度セフェクへと問う。


「っは! 無花果いちじくか」


「そう、この樹が機能しなくなってから何百年も、僕たちはそれはそれは待ちわびててさぁ。気でも違えてしまうかと思ったほどだよ」


「すでに気は違っているように思えるけどね …… 」


 トトは辺りを警戒しながらも、突然の出来事に臆する事なく冷静さを装う。


「 …… それ、貰うよ?」


 ベゼブは眼光鋭く、セフェクの方へとゆっくりと歩み始める。


「そんなに大事か? これがよ」


「ああ、君の理解の範疇はんちゅうを軽く超えてしまうくらいにね」


「それは悪かったな、先に謝るわ」


 ベゼブは歩みをピタリと止めた。


「ギャハ、何だよぉ、セフェクぅ、お前意外と常識人じゃねぇかよぉ」


 ディーヴが相変わらずの高い軽い声で、無邪気に話しかける。


「待て …… なぜなのだ …… ? まさか!」


 —— BuJyouブジュォゥッ


 その弾けた飛沫から、空間は瞬間的に、幻想的な優しさをまとった芳醇ほうじゅんな甘い香りと、ほのかながら新鮮さを感じさせる潤いある酸味が、この殺意的な空間に、ひとときの爽やさを漂わせた。


「ワリぃ、切断された右腕がまだ上手く動かせなくてよぉ、力加減間違えて潰しちまったよ」


「貴様ぁぁぁ! お前の理解の範疇を超えるものだと伝えただろうがぁぁぁ!! 何をしたか分かっているのかぁぁぁ!!!」




 ……………………

 …………

 ……




 その天井は高く、人工的というよりはほとんどが有機的であり、直線というよりは曲線が多用された大広間は、かつては美しく、その者の力を誇示するに充分な場所であったのだろうという事は、容易に想像がついた。


 ここは国王の玉座の間である。


 かつての荘厳華麗そうごんかれいな装飾は殆どが崩れ落ち、シンボルの象徴である旗は無残にも破れ、石柱は垂直を保てず、天井の一部は崩壊し、外が覗いている。


「かっ …… ひゅ …… 」


 すでに声にはならない、気道からかすかな空気の漏れる音が出るだけで、目は虚ろ、四肢はほぼ欠損しており、意識も定まらないこの者は、この終界ティアレスおさめるアテン王である。今は見る影もなく、その王の座も間も無く終えることになるであろう事は想像に容易たやすい。


 アテン王は、ベゼブ配下である異形いぎょうに拾われるように、頭蓋ずがいごとすくい上げられた。


「爺ぃ!!!」


 セフェクの周りには大量の異形たちが肉片をボコボコと増やしながら、かわるがわる押し寄せており、思うように身動きが取れないでいる。


 セフェクはその異形たちのことで、ベゼブの支配権を止めているが、数が多すぎて間に合っていない。


「クソッ! キリがねぇ!」


「クックック。君、無様ぶざまだなぁ」


 崩れ落ちた玉座近くにいるベゼブの体には、至る所に長いチューブが繋がれている。その先を辿たどると、どれもが液体で満たされた楕円状の巨大な容器タンクに繋がっている。


「テメぇ …… 」


「サペティス、の頭を食え」


「は …… はい …… ベゼブ様」


 アテン王を掬い上げたサペティスは、腰から下には足はなく、冷たい鱗に覆われたヘビのような体をしている。また腰から上はそれまでとはガラリと代わり、装束も少なく女性としての柔らかさが見て取れる。これまでのセフェク達との戦いでの負傷から、かなりの出血が目立ち、息は荒い。


「はぁ …… はぁ …… 」


「やめろぉぉお!!!」


 セフェクは力を振り絞り、最大法式にてまさに命をかけた攻撃へと転じる瞬間に、スッと脱力に見舞われた。


 —— BaRuNバルンッ


 サペティスの口が、顔の許容範囲を超え、あごを醜く歪め広がると、アテン王の頭蓋を食い崩した。


「オヤジィィぃぃぃ!!!」


「クックック、ハーッハッハー! その顔だよ、貴様のその顔が、僕の脳髄のうずいから生殖器に至る細胞全てを、この上なく喜ばせてくれるよぉ!」


「許さねぇ! 許さねぇぞ、ベゼブがぁぁァ!!!」


「ふぅ …… 相変わらず君は分かってないねぇ。もう何をしても私には届かないのだよ。戻れサペティス」


「 …… はい、ベゼブ様」


 —— GaJyulu Gujyu Guchaガジュル グジュ グチャ


 アテン王の頭蓋を全て食したサペティスは、残りはボトリと地へ放り捨て、ズルズルとベゼブの元へと向かい、ベゼブの背中のマントの中へと潜り込むと、不思議と尻尾の先まで全ての姿が消えた。


「手に入れた …… ついに …… 。アテン、お前は一人でこの全てを見ていたのか」


「ベゼブ! 必ずブチのめしてやるからなぁ!!!」


「しつこいねぇ、君も …… 言っただろう? もう僕にはこの世界の何もかもが届かないのだよ」

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