第16話 セフェク ⑤

 辺りの景色は転移前と変わらず、生気せいきなく光のない光景が広がっている。ただ紺鼠色こんねずいろに枯れ果てた巨樹きょじゅは、ボロボロと剥がれ落ちてはいるが、全体像は一本の大木として、そこに堂々とそびえ立っていた。


「変わらずデケぇーなぁ!」


「こんな状況でなければ、更に成長していたんでしょうねー」


 『アン スバッハTHE GATEの扉』から転移されてきたセフェクとトトは、目的の無花果いちじくの巨樹の下にいた。樹頭じゅとうまでは、ゆうに千数百メートルはあろうかという高さである。


 —— GuJyuLuグジュル …… Jyuluジュル


 先ほどの左眼は、セフェクの本来の位置へと戻っていった。同時にまとっていた装束しょうぞくや銃は、どこかへと消えた。


「こんだけデカイとよ、吸い上げる水や消費エネルギーとかよ、維持するのもヤバそうで周りもやられちまうと思うだろ?」


「そうですねぇ、夢のない話をするのであれば、日照にっしょうさえぎりや枝葉の落下なども加わって、下は相当な被害でしょうねぇ」


「だろ? こいつは、そんな細かい事は気にしねぇ奴らが作り出した人工樹じんこうじゅなんだよ」


「よくご存知ですね」


「昔、じじぃが色々話していたからな」


 セフェクは手を伸ばし、巨樹に触れる。


「そんな中、500mあたりを超えた頃、こいつは突然、一種の法式のようなものを発現したんだとよ」


「樹が法式ですか?」


「ああ、この樹は実が完全に熟すと、その実は落下せずに法式が施され、その場で破裂する」


無花果いちじくが破裂 …… ですか 」


「その破裂した実は細かく霧散むさんされ、辺りの自然の『濃縮されたジャム気』と融合しながら、霧状の高エネルギー場を形成しだしたんだよ」


「へぇ、その高エネルギー場で樹の下が守られたと」


「要するに、破裂しちまうから次の世代が残せねぇ。しゅの繁栄という、本能からくる遺伝子の最たる条件にあらがい、機能を一時的に停止させ、その代償に周りを救う方に自らを作り変えた訳だ」


「樹がそこまでとは、考え難いですねぇ …… 」


「ああ …… でも、こいつはそれをやってのけた」


 セフェクは手で樹に触れながら、上を見上げ続けている。


「…… 樹でさえ、周りを救ったんだぜ 」


 セフェクの口角が少し緩む。それを見てトトの口角も必然的に緩んだ。しばしの間、この世界ではもはや流れる事もない、春先にも似た暖かい空気が流れた。


 —— RiPaRiPaRiPaリパリパリパ ……


 セフェクはスッと手を樹から離すと、腕の周りがパリパリと音を立て始め、空気がピリピリと緊張し始めた。


「セフェク様 …… まさか!」


民衆みんしゅうみちび自由じゆう弾丸Bullet!<第壱層Mode First>」


「えぇ?! ここで何を!」


「おう、かさねる! 第弍層Mode Second!」


「突然! 弐枚にまいですか!」


「はーっはー!」


 セフェクがもう片方の手も前へ突き出す。


「まだだ!」


「え! えぇ?! だって、その先は!!!」


第参層Mode Thanatos!」


 もはやトトは、その場に立っていられない程の、暴れ狂う風圧に襲われている。何本もの蒼白いプラズマは、耳をつん裂くようなキリキリと凄まじい音を伴いながら駆け巡り、地はベリベリと剥がれながら、頭上へ巻き上げられていく。


「き …… 禁術ですよ! 参枚さんまい …… 信じられない! 寿命削って、命がけで遊ぶんですか!」


「最大法式じゃねぇと、こいつは戻せねぇだろよ! 」


 法式は三層に重なり激しい輝きを放っている。セフェクの体には、どこからともなく出現した装束を、ふわりとまといい、体の周りは、空間が正解を保てず、ゆがんで見える。手にはではなく、最早それは大型のとして出現していた。


「いけぇぇぇええええい!!!!!」


 —— Doドッ ……………… KyuNキュンッ!!!!!


 セフェクを包み込んでいた光は、砲撃へと充填され、しばしの沈黙の後に、一直線に無花果いちじくの樹木へと照射された。


 辺りの轟音やプラズマなどの様相はお構い無しに、光を照射された無花果いちじくの木は、特に何かダメージを負うような衝撃を受けてはいない。光は綺麗に樹木に伝播されると、巨樹もろとも包み込み、眩い光と共に再び爆心地かのような暴風があたりを容赦無く襲った。

 

「す …… っご …… 」


 トトはギリギリ踏みとどまっている。


 やがて、光は瞳孔の許容に戻り、風は産毛を揺らす程となり、空気は落ち着きを取り戻した。


「ほぇー、とんでもねぇ樹だな! 効果あったか分っかんねぇぞ? 足りなかったか?」


 セフェクがそう呟くと、頭上からゆっくりと時間をかけ、フワリと一つの果実が足元に降りた。果実は特異な形をしており、あかみを帯び、瑞々みずみずしく、光り輝いている。


「ギリギリでこれだけしか戻らねぇのか!」


 足元からその実を拾い上げる。


 —— ZuMuズムッ


「うぉっ! めちゃくちゃ重いぞコレ …… 」


「い …… やぁ …… 、何ですかそれ、ヤバみが過ぎますね。計り知れない濃縮されたジャム気を放ってますし、ちょっと気持ち悪 …… 」


「ああ、異常なうつわだな。なんの目的で爺ぃはこんなものを …… 」


 —— Gi …… GiGiギギ


 セフェクとトトが無花果いちじくの実に気を取られていたその時、その巨樹の横手にあるほとんど瓦礫となり、気にも止めていなかった研究施設のような入り口扉が開いた。


「なんダァ?」


 —— UuGoウゴ …… BoBoBooボボボォ


 は、この世界に溢れる見慣れた異形の成れの果て達であった。入り口から、次から次へと止めどなく、推し重なるように押し寄せてくる。


 —— BoBoBoLuGuBuFuuボボボルグブフゥ


「おいおいおい、何だ何だ何ダァァァ!」


 —— GuUuPaaグゥパァァ! JyuBuジュブ BoKoボコ BuChuBuChuヴチュヴチュ


 異形達は折り重なりながら歩み寄ってくる。重なりの下の者達は体が圧迫され、異形の形すらも崩し、穴という穴からは体液を吹き漏らし、破裂していく。


 —— Buchuブチュ Buchuブチュ


「うぇ、気持ち悪 …… 」


 トトは、あからさまな嫌悪感をき出しにしてつぶやく。


 その者たちの、体液混じりの吐き気をもよおにごった音とは別に、クリアな声が2人の鼓膜へ届いた。


『 アン スバッハTHE GATEの扉』


「あぁっ!?  GATEゲートだと!」

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