第8話 百万 一与 ⑧

「どういう事ですか、ヤチホコ宮司ぐうじ!」


 イチは驚きを隠せないでいるようだ。


「トーレよ、あの時お主はどこにおったかの」


 八千矛ヤチホコは落ち着いた声で、トーレの方へ質問を投げかける。


「ハレヒメの隣だ。ヤツが突然イチとオレの間に割って入ってきた」


 トーレは単調に、淡々たんたんと答えている。


「お主はすでにジンを発現させているな?」


久々能智くくのち家の特性だからな、一族の者は生まれてすぐにジンを操れる」

 

「ふむ …… 能力が発現していないハレヒメと、生まれながら能力が発現しているトーレを比べてみると …… イチ、分かるな?」


「そんな …… 」


「ハレヒメはなんらかの偶発性トラブルにより、アラウザル能力者であるトーレの代わりに連れ去られたと考えられる」


 八千矛ヤチホコは、机の前を左右に行き来しながら話を進める。


「問題なのは、ハレヒメがアラウザル能力者でない事に、一つ国ひとつくにがいつ気がつくかという事じゃ。これが必然的に我々のタイムリミットであると見て良いじゃろう」


「タイムリミット …… 」


「先ほども話したように、一つ国ひとつくには優秀なアラウザル能力者を収監しておる。ハレヒメがアラウザル能力者ではないと分かれば、どのように扱われるかは想像にがたく無い。間違いなく何かしらの労働力としてつらい扱いを受ける事になるであろう」


「そんな! すぐに連れ戻しに!」


 イチは立ち上がり、八千矛ヤチホコの方へ少し歩み寄る。最早その場ではじっとしていられない様子だ。


「気持ちは分かる。だが、状況はそこまでやさしくはないのだ。一つ国はその特性上、法を犯した者への処罰は、他の国と比べて厳しく異質じゃ。さらに厄介な事に、一つ国の内部では、アラウザル能力者を集める事は国民も認めており、法に触れない。分かるな? ハレヒメを一つ国から連れ戻すには誰にも知られず、何も残さずに、ここ八つ国へと戻らねばならん。見つかろうものなら、一つ国への反逆罪として、侵入者およびハレヒメまでも極刑はまぬがれんじゃろうな」


 八千矛ヤチホコは、歩み寄ってきたイチへ向かって、落ち着かせるように、現状を分かりやすくイチへと伝える。


「ハレヒメを連れ戻せないという事ですか!」


「慌てるでない。ゲイトを使い、国交もなく半ば強行的に人を連れ去るなど、決して許されて良いはずがない。そこはワシもイチと同じ気持ちじゃ。だが、事は慎重に進めなければならないという事じゃ。相手はアラウザル能力者達を従えた、言わば世界最高峰の軍事力を要する国じゃ。そこへ八つ国やつくにの主力である神職しんしょくを束ねて、一つ国へとハレヒメの救出へ向かわす事はできん。それは他国との拮抗きっこうした軍事力の歪みともなり、八つ国そのものが危険となる。また同時に、何万という八つ国の民を、化物どもからの危険へもさらすす事ともなる」


「ハレヒメも八つ国の民です!」


「そう決断を思い込むな。神職を救出へ向かわせられないとは言ったが、それはという意味じゃ。すなわち必要な時間、必要な場所に、必要な人数だけを割く事で、リスクは最小限に回避できる。そのタイミング、戦略を図る為にも、まずはハレヒメの状況を把握する必要があるのじゃ」


「 …… 誰かが向かってくれるのですか?」

 

 イチは、はやる気持ちを抑えながら言葉を選ぶ。


「ここからが更に重要な話となる。決して他言せず聞いてほしい。ハチモンが見せたが、先ほどのゲイトというのは誰しもが簡単に、何処へでも開けるものではない。出現させる空間を自らが細部まで認識しており、己のイメージと現実の座標をピタリと一致させる事が前提条件となる。この条件は他の条件で相殺する事も可能じゃが、禁術が多い。質量被害がなかった事から今回は正規の方法でゲイトを開いてきたとみて間違いないじゃろう。言っている意味がわかるか? 世界中で国交が途絶えてる時代に、生魂いくたま神社の内部構造に精通するものは関係者しかありえん。残念な話じゃが、我々の中に内通者ないつうしゃがいるという事じゃ …… 」


 八千矛ヤチホコは再び超低空電動立ち乗りスカイボード(電スカ)に腰掛け、話し方こそ一定だが、内通者がいると断言し伝えた。


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