第6話 大川晴

居間にピリピリとした空気が流れている。ダイニングテーブルの片側には姉ちゃん、向かい側には敏くん、そして俺は二人の間、大相撲でいう行司的なポジションにいる。どうしてこうなった?俺が一番不思議に感じているが、こうなってしまった以上はしょうがない。覚悟を決めて俺もこの場にいるのだが、沈黙が重くて唾を飲み込むことすらままならない。頼むからどっちか話を切り出してくれ…



「…手紙」


 敏くんが口を開いた。敏くんは今日仕事の後にそのままうちに来ている、茨城から車で4時間かけていてこうして謝りにきている。もういいじゃないか、姉ちゃん許してあげていいじゃないかと思う。


「手紙?これのこと?」


 バサッと姉ちゃんが例のラブレターをテーブルの上に放り出した。そしてその書き出しを読み始める…


「おはよう。今日も愛してるよ。」

「なんともまぁ、恥ずかしいと思わないの、いい大人がこんなこと書いてさ。あんた無口なのに手紙だとこんなに饒舌なのね。」

「読んだのか?」

「えぇ」

「どうだった?」

「はぁ?」


 姉ちゃんの顔がどんどん赤くなっていく…日本一の山、富士山は活火山だという、富士山が噴火したら関東地方を中心とした日本全土に相当な被害が出るだろう。マグマが地下から噴火口まで駆け上がっていく、そんな恐ろしい気持ちで俺は青ざめていた。



「いや、自分で言うのもなんだけど、よく書けたかなと思って…」

「へぇ、もうすぐ結婚記念日なのに、よくそんなこと言えるわね。」



 怒りを通り越して呆れかえっているのか、それとも嵐の前の静けさか…恐怖しかない。どうして敏くんは日に油を注ぐようなことばかり聞くんだ…!



「…これ」



 不意に敏くんが小さな小箱をテーブルの上に置いた。



「えっ?」

「欲しいって言ってただろ、この指輪」

「まぁそうだけど、物でつるんじゃなくてさ、ちゃんと謝ってくんない!?」

「…どうして?」

「どうしてってねぇ!あんた自分が何したかわかってるでしょ!?」



 やってしまった。姉ちゃんはこういうときに筋を通さない態度が一番気に食わない、敏くん早く謝ってくれ…お願いだぁ。



「手紙、読んだんだろ?」

「えぇ読んだわよ」

「俺の気持ち書いてあっただろ?」

「えぇ、熱烈にね!」

「喜んでくれてないのか?」

「…はぁ?」



 …はぁ?と俺も思った。でもその疑問が解けた。頬を赤くしていた姉ちゃんを見て喜んでくれていると思っていた、敏くんはド天然だったんだ。



「姉ちゃん、その手紙さぁ…敏くんが姉ちゃんに書いたものなんじゃない?」



 つまるところはこうだ。敏くんは姉ちゃんに向けて結婚記念日のプレゼントを渡そうと思っていた。それをファミレスで女性の後輩に相談しているところを近所のおばちゃんに目撃され、相談の結果サプライズで手紙と一緒にプレゼントを渡すことにした。しかし、その手紙に宛名を書くのを忘れていたのだ。あとは、ご覧の通り姉ちゃんの恐ろしい早とちりが起こってしまったということだ。

 浮気の誤解が解けて大川家の家族は安堵している、敏くんはまだ何が起こったのか理解できていないようだ、そして姉ちゃんは敏くんのお腹でわんわん泣いている、不安だったんだろうな。いつも勝ち気で頼れる姉ちゃんだけど、信じていた人に裏切られるってのは相当辛い気持ちになるんだろうな。二人を見ていてなんだか俺も泣きたくなった、大切な人がいるっていいもんだなぁ。

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