第5話 棋聖の実力

「今日はタイトルホルダーの胸を借りるをお送りいたします」


 テレビの画面に西園遙佳棋聖が映る。

 

「西園棋聖、池神くんの印象はいかがですか?」

「弟子入りしてから六年目になる彼ですが、プロに成って、私と対等に付き合いたいといつも生意気言っていますね。今日は本気で勝ちに行きます。あ、勝った方が負けた方の頼みを何でも聞くというルールでしたね。では、私が勝ったら、彼は破門ということで。いや、冗談じゃないですよ」

 

 画面が切り替わる。


「池神慶輝さん、西園棋聖の印象はいかがですか?」

「いつもプロ一歩手前のところで三段リーグを抜けれない僕ですが、正直彼女だけは負ける気がしないんですよね。勝ったら?当然プロ入りを認めてもらいますよ。棋聖が負けるのだから、誰もが納得でしょう」 

 

 こうしてタイトルホルダー棋聖西園遙佳と池神慶輝の対局は始まった。

 僕は結果を知った今不思議な気持ちでこの番組を見ている。

 結局のところ僕は対局に勝つことができた。

 

 勝負には負けていた。ただ、最後西園がはなった手は反則であった。将棋では対局相手が反則をしたとき、勝ちとなる。

 

 僕の八倉が教えてくれた秘策は見事に発動したが、棋聖は攻防手を上回る手を用意していた。感想戦によると、その手は読み筋だったらしい。難しい変化になるが、力が強い方が勝つ展開だろう、という見解だった。確かに僕は西園遙佳の強手に押され、寄せ損ない、攻めが切れてしまった。攻めを切らすために打った底歩が二歩の反則にあたり、僕は勝つことができた。だが、歩の代わりに香車を打てばやはり自分の攻めは切れていて、負けだろうと指摘された。

 

「反則でも勝ちは勝ちプロにしてもらいますよね?池神さん?」

 と司会者に尋ねられたのだが、

「いや、ひどい将棋でした。精進します」

 と暗に断った。


「生意気な後輩を破門にしてやれなかった今の気持ちは?」

「大事なところで、反則してしまったので。私も精進します」

 

 実は対局中僕は鬼神ととんでもない約束をさせられていた。


「汝の師匠はおまえを確実にいま破門にしようとしている。おまえは悔しくないのか?」

「それでも師匠との思い出を僕は捨て去ることはできない」

「違う!それはお前の自己満足だ。我を満足させよ!汝はプロになるためならなんでもすると我に誓ったではないか?あれは偽りだったのか?」

「なんでもするよ?ただ師匠を憎むことはできない」

「ほお、お前は師匠を愛しているのではなかったのか?ならそのうち憎むことになるだろう、愛憎は同種の感情と聞く。愛の反対は無関心。すなわち憎むことができないというのも無関心。お前は分かっているのだ。あの女のことなどどうでも良いと」

「ゆさぶっても無駄だ鬼神よ」

「とりあえずは……合格だ」

「なんのことだ?」

「実はお前が見ている数字は我が見せた幻影のようなものよ。お前はとうに勝つ力を身につけている。対局が終わったら、八十という数字を遙佳がどこで見知ったものなのかを彼女に聞くと良いだろう。青年よ。釘を刺しておくが、彼女への気持ちが揺らぐことがあれば末代まで祟るからな、覚えておけ」

 

 棋神に言われた通り遙佳に訊ねる。

「鬼神といわれた賭け将棋の天才が昔いたのを知らないの?」

 と彼女は事もなげにいった。

「棋神、藤原一歩先生と鬼神は親友だった。そして、鬼神はわたしのお爺ちゃんだったの」

 懐かしそうに彼女は笑った。

「藤原先生に言われたんでしょ?お前の実力は一にすぎないとか?」

「いや鬼神にいわれたんだけど?」

「お爺ちゃんはずっと昔に亡くなっているよ?」

 遙佳は寂しげに笑う。

「私も一にすぎないって言われた。それが死ぬ直前にお前は八十になったなって笑って、それで、盤のマスは九かける九で八十一マスあるでしょ?まだ一足りないな?って」

 僕を優しく彼女はみつめて

「ずっとなんのことだかわからなかったんだ。君のことだったのかもね?いやいや考えすぎか。君は弱すぎるし。私最強だから」

 そんな彼女の姿がはじめて儚く見え、僕はただ抱きしめたくなった。

 

 鬼神は西園のお爺ちゃんの霊だったのだろうか?

 満足して成仏したのだろうか?

 一歩先生の親友であれば煮ても焼いても喰えないジジイであったことは事実だろう。

 この程度で成仏なんてカワイイ真似をするとはとても思えないのであった。


 彼女は別れ際に僕に詰め将棋を渡した。それを僕はまた一瞬で解く。あ、あれ?ハート型じゃない?ってこれは。

「H」の文字。

「なにドギマギしてんのよ?」

「い、いや。だってそりゃないだろう僕は何もしてないぞ」

「だからムッツリだっていいたいのよ」

「紳士と言ってくれ」

「うるさい変態紳士。どうせ頭のなかでは色々シテる癖に」

「……」

「ほら?否定しないでしょ」

 僕は結局のところ三段リーグを抜けプロ入りを決めることができた。それ以来、彼女はHの文字の詰め将棋しか送らなくなった。

「思わせぶりな割には何もしてくれないんだよなぁ」

 とぼやくと

「ケーキの分際でそれ言う?」

 と返されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天才女子高生棋士の弟子になった僕は今日も攻められています。 広田こお @hirota_koo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ