第3話 師匠の恋のライバル

 

 「将来弟子を採るとしたら?」

 将棋命って感じの子。私と同類ってことかな?年上の弟子ですか?年齢にこだわりはないです。ただ、将棋の才能があるかどうか、将棋を愛しているか。それだけが問題です。

 

 と、師匠は紙面でのインタビューに応えていた。今から6年前だろうか?女子高校生の西園遙佳はまだ小学六年生。史上初の女子小学生棋士の誕生で将棋界はわいた。

 実は、内々で僕を弟子に採ることがそのときには決まっていたわけだが。

 二つ年上、中学二年の僕を一瞥すると、今も全く背が変わらない彼女は、


「私の質問は一つだけ。私に勝つ気はある?師匠超えられる?」

 と可愛らしい顔で睨めつけるように僕の顔を下から覗き込み言った。

 

「勝ちます」

 と短く応える。

 

「おめでとう。今から慶輝くんは私の弟子だよ。将棋好きなんだね」

 一転満面の笑みで僕を遙佳さんは迎え入れてくれた。


「はい、大好きです。師匠」

 

「馬鹿!ならキスぐらいしなさいよ?」

 え、ええ、いや。そ、それは。そのぉ。もじもじする僕。

 小学生と中学生なら犯罪にはなりませんか?

  

「犯罪!ビシッ」

 と彼女の平手打ちが決まった。

 あ、あれ?

 

「起きた……?」 

「し、師匠。失礼しました」

「特製扇子ではたいたら、やっと起きたね。かわいい寝言だったよ?」

「そのぉ、僕は。将棋を好きです。必ずプロになります」

と夢をおぼろげに覚えている僕はドキマギしながら先手を打って言い訳する。

 

「ははぁん?将棋じゃなくて、師匠ときこえたけど?」

「……。!」

「しかも、大好きと」

「い、いえ」

「いいんだ。弟子が将棋を愛してくれていてうれしい」

「……」 

「ちなみに女子高生と成人。立派な犯罪だが、犯罪じゃない時期になんとかしようともしなかったふがいない君を一生私はなじるだろう」

 師匠は楽しげに僕を今もなじっていた。

「まぁいい、二年間のオアズケというのもオツなもんだ。ケーキくん。地獄のような二年になるから覚悟するように。君を詰ます自信はある、とだけ言っておこう」

 師匠は僕の手を取り

「さ、起きた起きた。まずは私の詰め将棋を目覚まし代わりに解いたらどうだ」 

「詰め上がり図は大体想像つきます」

「いつまでも同じだと思うなよ?」

「そうですね、プロになるまで待ってくださいね」

 寝ぼけていた僕は、あっさり本心を明かしてしまう。それを愛の告白の承諾と遙佳は受け取ったのだろうか。

「チェックメイト」

 と言って

「ありがとうございました」

 と対局後の挨拶のように礼の言葉を投げかけた。

「じゃ、私は帰るね?」

 西園遙佳が帰ったあと、僕は彼女の詰め将棋を一瞬で解き終えた。僕の頭に特大のハート型の詰めあがり図が浮かぶ。ほっと安心する僕なのであった。

 

 今日の対戦相手にはいつも勝っている。だから、僕は勝手に白星とカウントしていた。

 それがいかに甘い考えであったのかを僕は思い知らされることになる。

 

 八倉香里という女性が僕の相手だった。将棋の純文学といわれる矢倉戦法を得意戦法にする正当派の将棋指し。矢倉さえはずせば、さして怖い相手ではない。眼鏡をかけた長髪の地味なおとなしい年上の彼女に盤上盤外ともに圧倒される理由などない。

 さて相手の顔には

 「二億……」

 なぜだ、いつも僕は八倉には勝っている。僕の方が実力が下ということか?そういえば

僕はいつも真っ向勝負を避けて、矢倉戦法を彼女とは指してない。くそ、実力を見せつけてやる。

 その対局で僕が選んだのは矢倉戦法だった。相手の得意系であえて戦い、実力差を証明してやる!

 先手の僕の矢倉に対して、彼女は急戦を挑んできた。

 あっという間に嘘のように堅陣のはずの僕の矢倉囲いが崩壊する。

 感想戦で彼女は。

「今日は得意系だったので……。その、ありがとうございました」

 とすまなそうに謝辞を述べた。

「何か心境の変化でもあったんですか?いつも矢倉を指さないあなたが、私の得意戦法を指すなんて……」

「いえ、矢倉を勉強したくて」

「あ、なるほど。志が高いのですね!」

 彼女は心底感心したのか、ハスキーな声で楽しげに応えた。


「それでは、私と練習試合でも今度しましょうか?明日のうちの門下の研究会にいらっしゃいませんか?」

 あまりに率直に誘われたので、僕は負けた悔しさも忘れ快諾した。


「はい、よろこんで」

 まさか、師匠の詰め将棋の詰めあがり図が変わるきっかけになるとも知らずに。     

   

「しまった……。ダブルブッキングだ」

 思えば明日は僕の師匠の師匠である大棋士の命日であった。

「藤原一歩先生を偲ぶ会」

 と予定表にある。幸い八倉の研究会は夕方以降なので、ダブルブッキングではあるが、時間は重なっていない。一歩先生を偲ぶ会が終わったらすぐに研究会に向かえば大丈夫なはずだ。

 問題は、確実に師匠がいろいろ理由をつけて僕をマンションまで送っていくであろうことぐらいか。大問題だけど。どうやってそれをはぐらかすのか?だが。

 あらかじめ断っておくか。

 僕は師匠にメッセージを送ることにした。

「明日はよろしくお願いします。会のあと、将棋の研究会に出席するのでいつものようなお見送りは大丈夫です。お気遣いいつもありがとうございます」

 返事がすぐにくる。

「わかりました」

 と短い。怒らせちゃっただろうか?気になって、フォローしておく。

「あさっての師匠の対局、楽しみにしています」

 と。

「ありがとう。がんばる」

 そして、ハートとかわいいキャラクターのスタンプが送られてきた。

 僕もスタンプで応える。

 

 僕は一年前に他界した藤原一歩先生の遺言状の驚愕の内容にそれどころでなくなることを今は知らない。

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